第14話 千早、大地に立つ
――都市空母、格納庫(ハンガー横)
装甲が破裂し、暴露した右舷。
最初に満ちたのは、熱でも風でもない――重さだった。
見えない山がそのまま艦内へ落ちてきたような、途方もない質量の圧迫。格納庫の床が低く唸り、照明が明滅し、鋼の梁が悲鳴のような軋みをあげる。
『――防壁、コンクリート隔壁展開』
アンジュの頭の中に鳴り響く声。
次の瞬間、アンジュの足元から、鈍い煉瓦色の構造物がせり上がった。
石と煉瓦、その奥にのぞく、分厚いコンクリート。
ただの壁ではない――その昔、守るためだけに積み上げられ、撃たれることを前提に厚みを与えられた、防衛の塊だった。
(なにこれ、なにこれ!?)
『砲門設置――エラー』
『トーチカ設置――エラー』
『対空迎撃設置――エラー』
千早が目を見開いたまま、ぽつりと呟く。
「煉瓦に石にコンクリて。
えっらい古風な格好やな、アンジュちゃん」
古風――たしかに見た目はそうだった――どことなく、要塞というより城に近い。
「なにこれ、どうなってるんですか!?
これ、どうしたらいいんですか!?」
当然である。
自分の身体の周囲から、こんな膨大な質量が無尽蔵に生み出される様を、誰が冷静に眺めていられるだろうか。
ましてアンジュは、まだこの世界に来て日が浅い。
兵器少女が艤装を展開する瞬間を、こうして目の前でまともに見るのは、これが初めてだった。
「いや、落ち着きて。
大丈夫、大丈夫。
そのまま、感覚に身を任せるんや」
混乱するアンジュを、千早が笑ながらなだめる。
『防衛拠点――設定開始』
壁が伸び、柱が割り込み、床が盛り上がる。
展開そのものは乱暴ですらあった。鋼板を押しのけ、隔壁を突き破り、格納庫の設備を軋ませながら、要塞は自分の形をこの艦の中へ押し通していく。
なのに、悲鳴は上がらない。
吹き飛ばされた整備台のすぐ脇にいた整備員は、気づけば数歩外へ押し出されているだけだった。
崩れた足場の下にいたはずの兵員も、瓦礫に触れられる寸前で、まるで見えない手に弾かれたように安全圏へ転がされている。
工具箱は潰れ、通路標識はへし折れ、固定具は千切れ飛ぶ。
だが、人間だけはひとりも巻き込まれない。
『防衛拠点――設定完了』
『防衛陣地、格納庫エリアを展開』
要塞とは守り抱くものだ。
戦争の道具としての、兵器の英霊としての、その本能だけは、アンジュの顕現した力の芯に、はじめから刻まれていた。
そして壁だけでは終わらない。
『陸上エリアを指定――展開開始』
外板の裂け目の向こう、夜の海へ向かって、灰色の六角形のセルが静かに、だが圧倒的な力で這い出していく――ちょうど空母の脇から生えるように、海の上に陸が広がっていた。
アンジュがこの場に立ち続ける限り、その領域は海でありながら陸でもある。
相反する性質を、要塞は力づくでひとつにしてしまう――超常の力。
そして、防衛拠点として彼女が根を下した場所は、彼女が破壊されない限りどんなことがあっても損傷を受けない。
今、この都市空母そのものが、アンジュの守るべき拠点へと組み込まれていた――それが、あまりにも単純で明快な、要塞ユニットの特性。
『陸上エリア展開完了』
『戦術データリンク・戦闘システム・FPS、オンライン』
『――オール・レディ』
――ここに、要塞アンジュが、完璧に顕現した。
千早の口元が、待ちわびたように、にやりと吊り上がる
「よっしゃ、きたでぇ!!陸や!!陸地や!!
これで、うちは闘えるッ!!!」
アンジュが作り出した陸地が、格納庫と繋がり、防衛陣地を形成している。
要塞の防衛圏内――戦車が立てる地面。
その条件が、いま整った。
千早の両足の裏から、まるでコンセントを差し込んだように、不可視の力が流れ込む。
緑色の淡い光の粒子が、ショートパンツからむき出しの生足に、まるで血管が這うように回路を形成していく――そこから無限の動力を得ているかのように。
やがて光の粒子は、輪郭を描き、内部構造を満たし、装甲、砲塔、履帯、車体を順に現実へ引きずり出していく。
少女の小柄な身体を核にして、その背後へ鋼鉄の巨体が出現した。
低く押し潰したような砲塔。
厚い前面装甲。
地を噛む履帯。
アンジュの要塞が陸を与えたことで、千早はようやく本来の姿を取ることができる。
彼女の目の前に、半透明の戦術パネルが幾重にも展開した。
『武装選択モード』
『戦況解析――遠距離支援砲撃を推奨』
『装備を選択してください』
千早は迷わず武装を選択する。
「45口径120mm砲」
即座に機構が応じる。
『了解』
『45口径120mm砲、装着開始』
『砲身延長ユニット展開』
『長距離射撃用制退機構、接続』
『駆動系出力を砲撃姿勢優先へ再配分』
展開された装甲艤装の内部で、重い金属音が幾重にも噛み合った。
砲塔前面から、長大な砲身がせり出していく。近接戦のための武器ではない。味方の防衛拠点に根を下ろし、はるか先の敵を射抜く機構。
動きは鈍り、旋回も遅くなる。
だが、その代わりに得るのは圧倒的な射程と威力。
『換装完了』
「アンジュちゃん、ごめん、肩借りるで!!!」
千早は、城壁の中でいちばん高そうな円筒を見つけると、外壁の凹凸を足場に、ぴょんぴょん駆け上がっていく。塔の頂上にどかっと腰を下ろした。
重い艤装が、ガシャンと重い音をたてる。
「はは!!見晴らし最強や!!」
「そこ、肩じゃないです、頭です…
あと、乱暴にしないでください…」
(頭の先に何か触れたみたいでむずむずする…)
「ははっ!細かいことは気にしな!!
いくでぇ!長距離固定砲撃モード起動!!」
『長距離固定砲撃モードへ移行』
『直接照準、予測命中精度23.4%――…………………』
『観測照準機、起動。
味方、航空母艦信濃のターゲットリンク確立。
照準データ受信------------------予測命中精度84.2%
初撃後、着弾補正を行います』
千早の左目の前に、ターゲットスコープがせり出す――視界が変わる。
肉眼ではない。測遠器と照準器、演算盤を通した、戦車の視界だ。
『外部観測、データ受信
目標情報、スキャン開始』
複数の照準枠が展開し、格納庫の外、アンジュの防衛圏、そのさらに先の海上へと伸びていく。
『全システム起動確認』
『間接射撃モード、使用可能』
『砲撃準備完了――いつでもどうぞ』
千早は深く息を吸った。
ごうごうと音をたてて、重々しく砲塔が旋回する。
長大な砲身が、裂けた外板の向こう――夜の海へ向いた。
「ええやん、アンジュちゃん」
声から、さっきまでの焦りはほとんど消えていた。
「――ヒーローはな、いつでも遅れて登場すんやで
なんせうちは、主人公機体やからな」
狙撃体制に入った千早が上唇をぺろりと嘗め、不敵に笑った。
――同時刻、都市空母、側面ウェルドック内
「医療班!」
都市空母のウェルドックに滑り込んだグローウォームは、ほとんど減速もせぬまま声を張った。
赤色灯の下、待機していたスタッフたちが一斉に駆け寄る。
担架が広げられ、酸素マスクのような医療器具が横に並べられる。
その中でようやく、グローウォームは腕の中のコメットをそっと差し出した。
コメットの身体が担架へ移される。
軽い。
あれほど空を暴れ回っていた少女が、今は抱え上げれば壊れてしまいそうなほど軽い。砕けた艤装の残骸、煤、血の匂い。頬は青白く、唇からはかすかに色が抜けている。
医療班が手早く装甲の破片を外し、担架が走り出す。
グローウォームは一歩だけそれを追い、それから即座に身を翻した。
「あとは頼みますわ」
ウェルドック要員のひとりが、ぎょっとして声を上げる。
「も、戻る気ですか、今から」
「ええ」
そのまま出口へ向かおうとしたグローウォームの前へ、別のスタッフが半歩だけ出る。
「危険です!!」
そんな事は分かっている――だが、だからと足を止める理由にはならない。
――必ず戻ると約束したのだ。
(たとえ亡骸だったとしても、お姉さまを見つけてみせる)
裂けた右舷の損傷部が、ウェルドックの開口からも確認できた。
鋼材は内側から押し広げられたように歪み、格納庫脇の外周区画が外気に曝されていた。明らかに敵弾で穿たれた穴ではない。
(千早――
それと、アンジュさん…?)
裂け目の奥から二人の気配が伝わってくる。
(きっと、千早ならあの子を守ってくれる)
そう確信して、金の縦ロールを夜風に翻した。
一瞬の逡巡の後、意を決して水面に飛び込む――そう、水上ではなく水中に。
ウェルドック内の残されたスタッフ達は、ただ茫然と静かで暗い水面を見つめるしかなかった。
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