第12話 信濃という空母
信濃という空母がいた。
航空母艦 信濃。
大和型戦艦三番艦として建造され、のちに空母へと姿を変えた、異形の経歴を持つ艦である。
舷側装甲四十センチ――分厚い装甲甲板。
さらに120門の砲と、336発ものロケットを内包するその艦容は、もはや航空母艦というより、航空部隊を運ぶための海上要塞と呼ぶべきものだった。
大和型戦艦由来の重防御と過剰ともいえる対空火力。そこに、空母としての航空運用能力までも無理やり継ぎ合わせた、あまりにも異質な存在。
だがその艦は、ついに本来の姿を世に示すことなく終わった。
未完のまま戦場へ送り出され、十分に力を振るうことなく海底へ沈んだのである。
誰一人として、その本当の力を知るものは、いなかった。
少なくとも、今この瞬間までは。
―――数分前、戦闘海域東
「え…?」
エセックスは洋上で、間抜けな声を漏らした。
「…お姉ちゃん」
レキシントンは不安げに姉の表情を窺う。
無理もない。ドーントレスたちの援護へ向かわせた攻撃隊が、反応ごとまとめて消失したのだ。
最初はセンサーかレーダーの異常かと思った。が、どうやら違う。
自分たちの攻撃部隊は消えたが、ニューポート=ニューズとヘルキャットの反応は生きている。
逆にドーントレスとサンダーボルトの反応は、海に落ちたか、撃墜されたか――完全に途絶えていた。
敵は――相手空母と、少し距離を置いて退却していく駆逐艦のみ。
だが、もしこれが探知機器の不調ではないとしたら、それはその結果そのものが異常事態である。
エセックスとレキシントンが送り出した攻撃隊は、余力を残したそれぞれ50。
合わせておよそ100機。
見たところ、自分たちの凡そ半数くらいしか艦載機を持たない、貧弱な敵空母が、それを一息で呑み込めるとは、到底思えない。
――何かが起きている。
ひやりとした予感が、背筋を撫でた。
「お姉ちゃん」
レキシントンが、意志の強い瞳でこちらを見る。
「うん。行こ」
短く応える。
杞憂なら、それでいい――だがもし違うのなら、まずいことになる。
いずれにしても、より短いタイミングで間断なく航空攻撃を叩きこむ――そのために前線に寄る。
それは空母にとって、言うまでもなく両刃の判断だった。
こちらの刃が届く距離は同時に、相手の刃も届く距離だ。
覚悟を決めた、その時だった。
聞き慣れた友の声が、通信越しに割り込んできた。
―――
「バカげてるわね」
ニューポート=ニューズは、高みから見下ろすようにため息をつく。
驚きも恐れも敬意もない――篝火に飛び込む羽虫を眺めるような、退屈そうな目だった。
この数秒のあいだに起きた事。
そして、あの信濃とかいう敵空母がどういう性質の空母なのか。
彼女はその両方を、ほとんど正確に理解していた。
味方空母の攻撃隊が落とされた。
逃げ遅れたドーントレスとサンダーボルトも、落ちた。
辛うじて、危険を最初に察したヘルキャットだけが生き残った。
あの戦闘機を抱えた敵の駆逐艦は、その混乱に乗じて退却した。
それ自体は一瞬の出来事だった。
――信濃の周囲に、夥しい数の対空砲火が立ち上がったのだ。
まばゆい閃光が明滅し、砲火が空そのものを埋め尽くす。
その数は、到底空母一隻が抱える火力ではない。
しかも、異常なのは数だけではなかった。
そのすべてが、対艦ではなく対空に振り切られている。
同時に上がった五十機ほどの迎撃機。
そこへ、過剰としか言いようのない対空砲火が重なる。
ドーントレスたちは、その空の檻ともいえる、攻撃の網に捕われ、落ちていった。
「そうかしら」
暗い海の上、わずか47機の心許ない護衛機を背負った信濃が、静かに応じる。
「ばかげているわよ」
ニューポート=ニューズは鼻を鳴らし、軽蔑を隠そうともせず吐き捨てた
「あなた本当に、生きて帰る気がないのね――最初っから」
その言葉の意味は、明白だった。
――だって、あなた。
およそまともな対艦兵装を、一つも持っていないじゃない。
そう――空に上がったのはすべて戦闘機。
信濃に備わった火力も、ほとんどすべてが対空に偏っている。
敵航空機さえ叩き落とせればいい。
そのあと敵艦にどう向き合うかなど、はなから考えていない。
体当たりでも何でもして、自分が沈むその瞬間まで時間を稼げれば、それでいい。
そんな思想が透けて見える。
自由を愛し、自らの意志に寄って立つことを誇りとし、何より個人の人格と、生命の価値を重んじる――そんなニューポート=ニューズには、信濃の今の在り方は唾棄すべきものとしか思えなかった。
「ヘルキャット!!」
「はいニャ」
「そこにぷかぷか浮いてるドーントレスとサンダーボルトを回収して、後ろへ下がりなさい」
≪今からヘルキャットが二人を連れていくわ。レキシントンは、マスタングと二人の修理を優先。
エセックスは五十前進して≫
端的で、迷いのない指示――後方への伝達は通信で済ませ、ヘルキャットには直接声をかける。
「ニャスタング、生きてるにゃ!?」
ヘルキャットの声に、ぱっと喜色が差した。
「当たり前よ。さっさと行って。
マスタングが回復したら、すぐに戦線復帰するように伝えて」
「はいにャ!」
≪――その必要は――ない…!!≫
通信――それと同時に、ニューポート=ニューズのもとに、エンジン音とプロペラが風を切る音が乱暴に飛び込んでくる。
海面すれすれを飛行し、戦場に舞い戻る――空気抵抗に備えた流線形は、空を自由に舞うことに特化した戦闘機の構造。
後方でレキシントンにより、応急修理を受けたマスタングが、戦線復帰したのである。
もちろん万全ではない――ひしゃげて砕けた装甲をなんとか補修し、傷ついた躯を引きり、満身創痍の状態だ。
「ニャスタング!!」
その一声で、マスタングは、今まさに死地から舞い戻った者だけが纏えるはずの気迫を、ごっそりと削がれたような疲労感を感じた。
「いつも言ってる、ニャスタングじゃない、マスタング…」
無口なマスタングが、心底納得いかない、といった様子で唇を尖らせた。
「絶体絶命ね」
ニューポート=ニューズが、静かに砲門を信濃へ向ける。
「あら、このまま黙って逃がすとでも思っているのかしら」
信濃は意に介した様子もなく、全砲門をヘルキャットとマスタングに向け直した。
最早その意志を隠そうともしない――自分の命など、はなから捨てている。変わりにそこの二機の命はいただく、と。
「わたしが世界最強の重巡と言われる所以を、今こそ教えてあげるわ」
「――望むところよ。
大和型三番艦の対空砲火を、その目に焼き付けるといいわ」
――力は尽くした。すべての力を出し切り、万全の状態で戦った。ならば今度こそ悔いはない。
信濃の中に眠る、兵器として、英霊としての記憶が、どこか満足気に呟いた気がした。
信濃の命運が、今まさに尽きようとしていた。
―――十数分前、都市空母・格納庫
「――コメットちゃん!!!」
アンジュの喉から、ほとんど悲鳴のような声が上がった
格納庫では整備員たちが怒号を飛ばし、何人もの人影がせわしなく行き交っている――その雑踏が聞こえる。
アンジュは、格納庫脇の小さな待機室の隅で膝を抱えていた。
あの場所に子供を一人置いておくのは危ないと判断したのだろう。その場から動きたがらないアンジュに、艦長が気を回し、隔壁一枚隔てたこの部屋へ通してくれたのだった。
――居場所がない。
みんなが戦っている時に、自分だけがうずくまってこんな場所にいる。
何かしなきゃいけないと思うのに、怖くてたまらない。
――守られている。
その現実が、胸の奥を鋭く抉る。
コメットも、信濃も、グローウォームも、千早も、みんな、自分よりずっと小さな身体で、自分よりずっと細い肩で、戦場に立っている。
なのに、自分は何をしている?
この世界に来る前、自分は、大人だったはずだ――思い出せるわけでもないのに、アンジュの中にはその感覚だけが残っていた。
自分だけがこんなところで膝を抱えているだけなんて、許されるはずかが無い。
だが、その叫びとは裏腹に、鏡を見れば、そこには庇護されるべき幼子の姿――内側の自分と、外側の自分が、ひどく噛み合わない。
しかし今、その葛藤の奥で、何かが目を覚まそうとしていた。
兵器少女としての、高度な戦術データリンクが、強制的に味方の暗号通信を拾い上げ、現実を無理やり直視させる――頭の中へ、映像と音が、容赦なく流れ込んでくる。
コメットの咆哮。
グローウォームの慟哭。
千早の悔しさ。
信濃の、あまりにも静かな、悲しい覚悟。
(たった半日だ)
出会って、まだ半日しか経っていない。
それでも、あれほど優しくしてくれた。
怖がる自分に手を差し伸べ、居場所を与え、守ると言ってくれた。
その人たちが今、傷ついている。
アンジュは、しっかりとその目で目撃した――撃たれ墜ちていくコメットの姿を。
頭の奥で何かが弾けた。
恐怖に凍っていたはずの身体の芯、背骨の奥を得体もしれない灼熱が、駆け上がっていく。
怒り、悔しさ、慟哭。
いろんなものを内包して、どうしようもないほど、激しい闘争心が噴き出した。
それに呼応するように、アンジュの内側で、未知のシステムが、起動を始める。
知らないはずの機構。
なぜか手慣れた手順。
理解する――自分に内包された力の正体を。
なぜかずっと前から知っていたような懐かしさ。兵器として、英霊としての、自分の意識をついにアンジュは自覚した。
行かなければならない。
今すぐ。
あそこへ。
「アンジュちゃん!!」
飛び込んできたのは千早だった。
額に冷や汗を滲ませ、息を切らし、まっすぐアンジュへ駆け寄ってくる。次の瞬間には、その小さな身体ごとアンジュを抱きしめていた。
止めに来たのだ。
同じ兵器少女だから分かるのだろう。
アンジュの中で何かが目覚めようとしていることを。
そして、それをこのまま戦場へ出してはいけないことを。
「大丈夫や、うちが守ったるから、落ち着き!」
その声は必死だった。
本気で、自分を守ろうとしている。
だからこそ、アンジュの胸の奥で別の怒りが噴き上がる。
(まただ…)
また守られる――自分だけが。
また子供に、自分を庇わせるのか。
「いやだ!!」
「あ、アンジュちゃ――、
あかんで、勝手なこと言うたらあかん。
子供は大人の言うこ―――」
「うるさい!!
ガキは黙ってろ!!!
そっちだって十五かそこらの小娘でしょ!!」
「え?…は?」
一瞬、千早が呆気にとられた。
自分は子供じゃない――少なくとも、中身は違う。
その自分と、そして“兵器”としての自分が、これ以上ここに留まることを拒んでいた。
「……私を、あそこに連れてって」
掠れた声で、それでもアンジュは言う。
戸惑い、一瞬の躊躇いをみせる千早――しかし、その一瞬で十分だった。
「あ、あかん!!展開してまう、アンジュちゃん、待ってってば!!」
膨大な質量が、格納庫の空間を歪ませた。
空気が震え、床が軋む。
鋼鉄の隔壁が悲鳴を上げて、やがて。
轟音。
それは都市空母の格納庫の内壁を突き破り、装甲を砕き、圧倒的な質量と存在感をもって顕現する。
ここに、要塞アンジュが起動した。
……………え?
なんと…?この文字が読めるのか…?
まさか、選ばれし者の目にしか映らないと言われている、神の力を宿すこの文字を…
現代にもその読み手がいたとは…驚きだ。
選ばれし、そなたに、これより使命を与える。
もう、時間がない。
今すぐ★5評価をしてブックマークをするのだ。
そうしなければ、この世は…――くっ!?
奴らに見つかった。
すまぬ、これ以上は!
勇者よ、西の祠を目指せ、合言葉は★5つとブックマーク!
忘れるでないぞ、★5つとブックマーク!
ここはワシがなんとかする。
先に行け、勇者よ!!




