第9話 「国が滅びるから戻ってくれ」と泣きつかれましたが、私の時給は高いですよ? 慰謝料代わりに領地をもらって独立します
国境沿いにある砦の会議室。
長机を挟んで向かい合っているのは、ルマニア王国の国王陛下です。
ですが、その姿に往時の威厳はありません。
分厚い毛皮のコートを着込み、それでもガタガタと震えています。
頬はこけ、目の下には隈。
私の淹れた熱い紅茶を、震える手で啜っておられました。
「……あたたかい……」
国王陛下が涙ぐんでいます。
ただの紅茶に感動するほど、今の王城は過酷なのでしょう。
噂によれば、備蓄食料が尽き、高級家具も薪として燃やしてしまったとか。
自業自得とはいえ、哀れな末路です。
「単刀直入に申し上げます」
私は眼鏡を直し、国王陛下を見据えました。
私の隣には、帝国宰相の軍服を完璧に着こなしたアレクセイ様が、氷の彫像のように座っています。
後ろには、縄で縛られたカイル殿下とミラ様が、床に正座させられていました。
「陛下。今回の会談の目的は、カイル殿下が私に負わせた債務の返済計画、および婚約破棄に伴う諸手続きの完了です」
「ル、ルチアよ……」
陛下が縋るような目を向けてきました。
「金の話は後でいい。頼む、城に戻ってきてくれ! 余が悪かった! カイルの愚行は詫びる! だから……城を、暖かくしてくれ……!」
悲痛な叫びです。
どうやら、私の『収納魔法』と『環境維持スキル』が失われた影響を、骨の髄まで理解されたようですね。
「お言葉ですが陛下。私は既にアルカディア家を勘当され、平民となっております。王城に出入りする資格はございません」
「身分なら戻す! いや、公爵位を与えてもいい! カイルとは復縁させよう、いや、第一王子と結婚させてもいい!」
後ろでカイル殿下が「父上!?」と叫びましたが、無視されています。
それにしても、呆れました。
まだ私を「便利な道具」として使い潰す気満々ではありませんか。
「お断りいたします」
私はきっぱりと告げました。
「私は今の生活に満足しております。それに、一度壊れた信頼関係(契約)は修復不可能です。……魔法で壊れたカップを直すようにはいきませんので」
「そ、そんな……」
「それより、こちらをご覧ください」
私は昨日カイル殿下に突きつけたファイルを、陛下の前に滑らせました。
「請求書の総額です。城の備品代、修繕費の未払い分、カイル殿下の横領・浪費の補填分。しめて金貨八千枚になります」
「はっ……はっせん……!?」
陛下が白目を剥きかけました。
王国の国家予算の三年分に相当します。
今のスカスカの国庫に、払えるはずがありません。
「は、払えるわけがない! これは何かの間違いだ!」
「すべて法的根拠のある数字です。監査が必要なら、帝国の会計士を派遣しますが?」
アレクセイ様が口を挟むと、陛下はヒッと息を呑んで縮こまりました。
大陸最強の帝国に睨まれては、踏み倒しも不可能です。
「ど、どうすれば……国を売れと言うのか……」
「その通り」
アレクセイ様が、獲物を狙う猛禽の目で微笑みました。
「ルマニア国王。貴国には支払い能力がない。それは明白だ。ならば、現物で支払ってもらおう」
「げ、現物……?」
「この国境地帯にある『帰らずの森』、およびその周辺地域の領有権だ。これを帝国に割譲せよ」
陛下が目を見開きました。
私も驚いてアレクセイ様を見ました。
そんな話、聞いていませんが。
「あ、あんな魔物の出る不毛の地を? それで借金がチャラになるのか?」
「そうだ。ただし条件がある」
アレクセイ様は私の肩を引き寄せました。
「その土地の所有権は、帝国直轄領ではなく、ルチア・アルカディア個人の『自治領』とする。そして、彼女を帝国の『国賓級技術顧問』として迎えることを承認せよ」
陛下はパクパクと口を動かし、計算しているようです。
不毛の森と、厄介な借金。
天秤にかけるまでもないでしょう。
「わ、分かった! 認めよう! 森でも何でもくれてやる! その代わり、借金は帳消しだ!」
「商談成立だな」
アレクセイ様が用意していた羊皮紙を取り出し、陛下にサインをさせました。
魔法印が押され、契約が確定します。
これで、私は自由です。
しかも、あの森が正式に「私の庭」になりました。
「では、カイル殿下の処遇ですが」
私が後ろを振り返ると、殿下は真っ青な顔で首を振っていました。
「陛下は『カイルの愚行』と仰いました。全責任は彼にあると。……帝国の法に照らし合わせれば、国家反逆罪および詐欺罪で極刑ですが」
「ひぃぃぃっ! 父上、助けて!」
「……ええい、黙れ愚か者!」
陛下は苦渋の決断を下しました。
「カイルは廃嫡とする! 王籍を剥奪し、北の果ての修道院へ送る! 一生、祈りと畑仕事をして償わせる!」
「そ、そんなぁ……ミラは? ミラはどうなるの!?」
「その娘も同罪だ! 共犯として連れて行け!」
衛兵が入室し、泣き叫ぶ二人を引きずり出していきます。
「ルチア! 嘘だろ! やり直そう! 俺が悪かった!」
「ルチア様ぁ! ドレス返すから許してぇ!」
断末魔のような声が遠ざかっていきました。
私は冷めた紅茶を一口飲み、小さく息を吐きました。
少しも心が痛みません。
むしろ、長い間滞っていた便秘が解消したような、清々しい気分です。
「……ルチアよ」
全てを失った顔で、陛下が私を見ました。
「本当に、戻ってはくれないのか? 余はどうすれば……」
「ご自身で何とかしてください。それが『統治者』というものです」
私は席を立ちました。
これ以上、かける言葉はありません。
「行きましょう、アレクセイ様。……家に」
「ああ。帰ろう、私たちの家に」
アレクセイ様が私の腰に手を回し、エスコートしてくれます。
砦を出ると、外は晴れ渡っていました。
国境の向こう側、王国の空には暗い雲が立ち込めていますが、私の進む道は光に満ちています。
「……驚きました。まさか、森ごとくださるなんて」
「君への結納品のつもりだが、不足だったか?」
「結納品!?」
馬車の中で、私は素っ頓狂な声を上げました。
アレクセイ様は悪戯っぽく笑っています。
「言っただろう? 君を一生離さないと。……帝国に戻れば、正式な手続きが待っている」
「ま、待ってください。私は静かに暮らしたいだけで……」
「安心してくれ。宰相の権限で、あの森は聖域指定する。誰も君の邪魔はさせない。……私以外はな」
彼は私の手を握り、指先に口づけました。
その瞳は、凍てつく氷などではなく、溶けるような熱を帯びていて。
どうやら、私の「お片付け」人生は終わりましたが、今度はもっと大変な「甘い生活」の管理が始まりそうです。
まあ、悪い気分ではありませんが。
私は眼鏡の位置を直し、隠しきれない微笑みを浮かべて、彼の肩に頭を預けました。
次の予定は、森の家の増築ですね。
二人で住むには、もう少し広い方がいいかもしれませんから。




