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婚約破棄ですね、承知しました。城のインフラは私の私物なので、即時回収いたします  作者: 秋月 もみじ


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8/10

第8話 請求書は山のように。元婚約者の不正を数字とレシートで殴るだけの簡単なお仕事です


「さむっ……! 冷たい……お尻が冷たい……!」


 深夜のテラスに、情けない声が響いています。

 カイル殿下と騎士団長、そして目を覚ましたミラ様は、一列に並んで座らされていました。

 アレクセイ様が魔法で作った『氷の椅子』の上に。

 拷問のようですが、泥だらけの彼らを私の清潔なリビングに入れるわけにはいきませんので、妥当な処置です。


 私とアレクセイ様は、暖かいお茶を用意したテーブルにつき、彼らと対峙しています。


「さて、カイル殿下。先ほど『盗んだものを返せ』と仰いましたね?」


 私は眼鏡を直し、テーブルの上に積み上げた書類の山――高さ三十センチほど――を軽く叩きました。


「これが、その回答です」

「な、なんだそれは……」

「貴方が『盗まれた』と主張する物品の、購入履歴、領収書、および王家との賃貸契約書です」


 私は一番上の書類を手に取り、殿下の目の前に突き出しました。


「まず、大広間のシャンデリア。価格は金貨五百枚。購入者は私、ルチア・アルカディア。ここにサインがありますね」

「そ、それは……お前が勝手に買ったんだろう! 城に飾った時点で王家のものだ!」

「いいえ。ここに『物品貸与契約書』がございます。『所有権はルチア・アルカディアに帰属し、王家はこれを使用する権利のみを有する』。殿下、このサインは貴方の筆跡ですね?」


 殿下は書類を引ったくり、食い入るように見つめました。

 そして、ぐぬぬと呻きます。


「読んだ覚えがないぞ……!」

「でしょうね。貴方は面倒な書類をすべて私に丸投げし、『適当に処理しておけ』とサインだけしていましたから。それが『同意』とみなされます」


 私は次々と書類をめくりました。


「最高級ペルシャ絨毯、貸与契約済み。銀食器セット、貸与契約済み。城壁補修費、これは『貸付金』として処理されています。利子は年五パーセント」

「り、利子だと!?」

「当然です。銀行よりも低い利率ですよ? 感謝していただきたいくらいです」


 殿下はパクパクと口を開閉させています。

 反論できないようですので、次に行きましょう。

 ここからが本番です。


「次に、こちらのファイルをご覧ください。タイトルは『カイル殿下の個人的浪費および横領の記録』です」


 その言葉に、殿下だけでなく、横で震えていたミラ様も反応しました。


「お、横領なんてしてないもん! 人聞きが悪いわ!」

「そうですか? では、この明細を」


 私は一枚のレシートを提示しました。


「先月、ミラ様に贈られた『虹色ダイヤモンドのネックレス』。金貨八十枚。代金は『城壁修繕費』の名目で計上されていましたが、私が却下し、私の個人資産から立て替えました」

「えっ……?」

「それから、先々月の『愛の逃避行旅行(という名の温泉旅行)』。旅費、宿泊費、カジノでの負け分。すべて『外交機密費』として請求が来ましたが、これも私が立て替えました」


 私は冷徹に、事実を読み上げていきます。


「ドレス代、宝石代、高級スイーツ代……合計すると、殿下がミラ様に貢いだ金額は、国家予算の約一割に相当します。これらを王家の財布から抜こうとしていたのですから、立派な業務上横領ですね」


 シーン、と場が静まり返りました。

 騎士団長が、信じられないものを見る目で殿下を見ています。

 部下たちの冷たい視線に気づいた殿下は、慌てて叫びました。


「ち、違う! ルチアが勝手に払ったんだろう! 俺は知らん!」

「ええ、私が立て替えなければ、今頃貴方は横領罪で牢獄の中でしたよ。婚約者としての最後の情けで、私が個人的な『借金』として処理しておいて差し上げたのです」


 私は分厚いファイルの最終ページを開きました。

 そこには、赤いインクで書かれた衝撃的な数字が並んでいます。


「というわけで、これらが殿下の私に対する『個人的債務』の総額です。城の備品代とは別ですよ」


 私が金額を読み上げると、殿下の顔から血の気が引いていきました。

 その額は、小国の城が一つ買えるほど。


「そ、そんな……払えるわけがない……」

「払えないのであれば、法的な手続きを取らせていただきます。王位継承権の剥奪、および鉱山での強制労働で返済していただくことになりますが」

「嫌だ! 俺は王子だぞ! そんなこと許されるか!」


 殿下が錯乱し、テーブルの上の書類を薙ぎ払おうと手を伸ばしました。

 暴力で証拠を消すつもりでしょうか。

 浅はかです。


 ガツッ!


 鈍い音がして、殿下の腕が空中で止まりました。

 アレクセイ様が、飲みかけのティーカップを置くついでに、氷のつるで殿下の腕を拘束したのです。


「……見苦しいな」


 アレクセイ様が、絶対零度の視線を向けました。

 その一言で、場の温度がさらに五度は下がります。


「証拠隠滅未遂まで追加されるとは。ルマニアの王族教育はどうなっている?」

「ひぃっ……!」

「ルチア殿の提示した書類は、帝国法に照らし合わせても完璧だ。不備は一つもない。あるのは貴様の強欲と無能だけだ」


 アレクセイ様は優雅に足を組み、冷たく宣告しました。


「カイル・ディ・ルマニア。貴様はルチア殿に対し、不当な婚約破棄、名誉毀損、殺人未遂、そして莫大な債務不履行を行った。……帝国宰相の名において、これらを国際問題として処理する」

「こ、国際問題……?」

「そうだ。我が国の保護下にあるルチア殿への加害行為だ。我が皇帝陛下にも報告済みだぞ?」


 皇帝陛下。

 その単語が出た瞬間、殿下は白目を剥いて、椅子から転げ落ちました。

 大陸最強の軍事国家を敵に回したと理解したのでしょう。


「あ、あわわ……」

「ちなみに、このログハウスへの放火未遂も加わる。賠償額はさらに跳ね上がるぞ。身体で払うなら、百年ほど地下牢で暮らすことになるな」


 アレクセイ様の脅し――いいえ、事実の提示に、ミラ様が悲鳴を上げて殿下から離れました。


「いやぁ! 私関係ない! カイル様が勝手にやったことよ!」

「なっ、ミラ!? お前も散々ねだっただろう!」

「知らない! 私は騙されたの! 家に帰してぇ!」


 醜い内輪揉めが始まりました。

 真実の愛とやらは、請求書の重みの前では紙切れより軽いようですね。


「……はぁ。非効率ですね」


 私は呆れてため息をつきました。

 もう十分でしょう。

 これ以上彼らを見ていても、私の精神衛生に良くありません。


「アレクセイ様、もう結構です。彼らをこの森から排除リリースしてください」

「いいのか? 借金の回収は」

「彼ら個人からは無理でしょう。支払いは、もっと責任ある立場の方――国王陛下に請求いたしますので」


 私が告げると、アレクセイ様はニヤリと悪魔的な笑みを浮かべました。


「賢明な判断だ。では、送迎してやろう」


 彼が指を鳴らしました。

 ドオン! という音と共に、突風が巻き起こります。

 殿下、ミラ様、騎士たちが一塊になって宙に浮きました。


「うわぁぁぁぁ!?」

「きゃぁぁぁぁ!」


「森の入り口まで直通だ。二度と来るな」


 アレクセイ様が手を振ると、彼らは夜空の彼方へと、流れ星のように飛んでいきました。

 キラーン、と光ったかどうかは定かではありませんが、静寂が戻ってきたことは確かです。


「……片付きましたね」

「ああ。だが、本当の戦いはこれからだぞ、ルチア」


 アレクセイ様が、散らばった書類を魔法で整えながら言いました。


「王家は、国が傾くほどの請求書を突きつけられることになる。彼らが素直に払うと思うか?」

「いいえ。間違いなく、権力でもみ消そうとするか、私を無理やり連れ戻そうとするでしょう」

「だろうな。……だからこそ、私がいる」


 彼は私の手を取り、真剣な眼差しで見つめました。


「明日、ルマニア国王との会談をセッティングした。私も同席する。……そこで、全てを終わらせよう」

「会談、ですか?」

「ああ。君を完全に自由にするための、最後の手続きだ」


 彼の手の温もりに、私は強く頷き返しました。

 借金の取り立てではありません。

 これは、私の新しい人生を公的に認めさせるための、最後の大仕事です。


「承知いたしました。完璧な資料を用意して挑みましょう」


 私は眼鏡を押し上げました。

 さあ、最後の「お片付け」の時間です。

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