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婚約破棄ですね、承知しました。城のインフラは私の私物なので、即時回収いたします  作者: 秋月 もみじ


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7/10

第7話 「泥棒女出てこい!」と元婚約者が家を破壊しようとしたので、旦那様が世界ごと凍らせて黙らせました


「……アレクセイ様、まずは私が対応します。貴方は奥で待機していてください」


 私は立ち上がろうとするアレクセイ様を手で制しました。

 彼が出ていくと、話し合いの前に殲滅戦が始まってしまいそうです。

 帝国の宰相が、王国の王子を殺害したとなれば、戦争は避けられません。

 私のスローライフが戦火で焼かれるのは御免です。


「……チッ。分かった。だが、もし君に指一本でも触れようとしたら、その瞬間に氷像に変える」

「善処します」


 私は彼をリビングに残し、玄関へと向かいました。

 ドアノブに手をかけ、深呼吸。

 外からは、まだドンドンと結界を叩く音と、汚い罵声が聞こえています。


「開けろ! ルチア! 聞こえているんだぞ!」

「寒い……もう嫌ぁ……!」


 私は表情筋を「営業用(無表情)」にセットし、ドアを開けました。


          ◇


 夜の森の闇に、松明の明かりが揺れています。

 私の家の敷地(結界)の境界線に、十数人の人影が群がっていました。


 一目見て、私は眉をひそめました。

 汚い、の一言に尽きます。


 先頭に立っているのはカイル殿下ですが、かつての煌びやかな姿はどこにもありません。

 金髪は泥と葉っぱまみれ。

 白い礼服はあちこちが破れ、すすで黒ずんでいます。

 隣のミラ様に至っては、ドレスの裾が泥水で重くなり、片方の靴をなくして裸足で震えていました。

 護衛の騎士たちも鎧が凹み、剣も欠けています。


 森の魔獣や、私が設置した「強制転送罠(踏むと入り口に戻される)」に散々遊ばれたようですね。


「……何のご用でしょうか、カイル殿下。不法侵入ですよ」


 私が冷静に声をかけると、殿下は血走った目で私を睨みつけました。


「不法侵入だと!? ふざけるな! ここは王国の領土だ! 王族である私がどこに行こうと勝手だろうが!」

「ここは『帰らずの森』。王家の統治が及ばない危険地帯と定めたのは、曾祖父様ではありませんか?」

「うるさい、うるさい! それよりルチア! 貴様、よくも城の物を盗んで逃げたな!」


 殿下は唾を飛ばしながら叫びました。

 結界があるので私には届きませんが、不潔です。


「盗んだのではありません。私物を回収しただけだと申し上げたはずです」

「嘘をつくな! 城の壁紙も、絨毯も、食料も、すべて消えたではないか! おかげで城はめちゃくちゃだ! 今すぐ返せ! そして戻ってきて元通りにしろ!」

「お断りします。私は既に貴方との契約を解除いたしました」


 私がきっぱりと拒絶すると、後ろでミラ様が金切り声を上げました。


「ずるい! ずるいずるい! ルチア様だけ、こんないい家に住んで!」


 ミラ様は私の背後に見えるログハウス――温かい光が漏れ、煙突から煙が上る快適な我が家――を見て、羨望と憎悪に顔を歪めています。


「私たちは野宿で、泥水を飲んだのよ!? なのに貴方は、お風呂に入って、いい匂いのする服を着て……許せない! その家、私たちのよ! 王家の別荘なんでしょう!?」

「代金未払いでキャンセルされた物件ですので、私が買い取りました。所有権は私にあります」

「屁理屈なんてどうでもいいのよ! カイル様ぁ、あいつを追い出して、私たちがここに入りましょうよぉ! お風呂入りたいぃ!」


 ミラ様が殿下の腕を揺さぶります。

 殿下もまた、暖かそうな室内を見て、強欲な光を目に宿しました。


「そうだ……その通りだ。ルチア、貴様のような地味な女に、この豪邸は過ぎた玩具だ。これは没収する!」

「……強盗の発言ですね」

「黙れ! 騎士たちよ、やれ! 結界を破壊して、その女を引きずり出せ!」


 殿下の命令に、騎士たちが躊躇いがちに剣を抜きました。

 しかし、彼らは疲弊しきっており、私の強固な結界を破れるとは思えません。


「ええい、役立たずどもめ! 私がやる!」


 業を煮やした殿下が、懐から赤い魔石を取り出しました。

 王家に伝わる攻撃魔法のスクロールです。


「消え失せろ! 『爆炎エクスプロージョン』!」


 殿下が魔石を投げつけました。

 紅蓮の炎が膨れ上がり、私の愛しい我が家を飲み込もうと迫ります。


 ――させません。

 私が『収納魔法』で炎ごと空間収納しようと手を上げた、その時でした。


 パキィィィィンッ……!


 耳をつんざくような、硬質な音が響き渡りました。


 爆発するはずだった炎が、空中で静止しています。

 いいえ、違います。

 炎の形のまま、青白い「氷」に変わっているのです。

 燃え盛る火炎が、熱を奪われ、芸術的な氷の彫刻となってそこにありました。


「……は?」


 殿下が間の抜けた声を上げます。

 次の瞬間、猛烈な冷気が森を支配しました。

 先程までの夜風とは次元が違う、魂まで凍りつくような絶対零度のプレッシャー。


 コツ、コツ、コツ。


 私の背後から、靴音が響きます。

 私は安堵のため息をつき、一歩横に退きました。


「……私の『家』に、随分と派手な手土産を持ってきてくれたものだな」


 低く、地を這うような声。

 アレクセイ様が、ゆっくりと姿を現しました。

 今はリラックスウェアではなく、漆黒の軍服に身を包んでいます。

 そのアイスブルーの瞳は、ゴミを見るような冷たさで殿下たちを見下ろしていました。


「だ、誰だ貴様は! ルチアの新しい男か!?」


 殿下はまだ状況が理解できていないようです。

 震える足で虚勢を張っています。


「男、か。……そうだな。私は彼女の同居人であり、この家の番犬だ」


 アレクセイ様が軽く指を振りました。

 それだけで、騎士たちの足元の地面が瞬時に凍結し、彼らの足を拘束しました。


「うわぁっ!?」

「動けない!?」


「さて、ルマニアの第二王子カイル殿下。我が国の領土……ではないが、私の保護下にある領域への武力攻撃。これは帝国への宣戦布告と受け取って構わないな?」


 アレクセイ様が静かに告げると、殿下の顔色がさっと変わりました。

 黒髪、赤眼、圧倒的な氷魔法。

 そして「帝国」という単語。

 鈍い殿下でも、ようやく思い当たったようです。


「て、帝国……? その氷……まさか……」

「ひっ、ひぃっ……!」


 先に気づいたのは騎士団長でした。

 彼はガタガタと震え、剣を取り落としました。


「あ、ありえない……なぜこんな所に……! 『氷の悪魔』……アレクセイ・ヴォルグ宰相閣下!?」


 その名を聞いた瞬間、殿下の喉がヒュッと鳴りました。


「さ、宰相……? 帝国の、あの化け物が……?」

「人聞きの悪い。私はただ、平和な夜を過ごしたかっただけだ。それを貴様らが、汚い足と騒音で台無しにした」


 アレクセイ様が一歩踏み出すと、殿下たちは悲鳴を上げて後ずさりました。

 ですが、背後はすでに氷の壁で塞がれています。


「ルチア、こいつらはどうする? 氷漬けにしてコレクションにするか? それとも、粉々に砕いて肥料にするか?」


 彼は私に優しく問いかけました。

 内容は物騒極まりないですが。


「肥料にするには質が悪すぎます。土が汚れますわ」

「違いない」


 私たちが平然と会話をしていると、殿下は腰を抜かしてへたり込みました。

 ミラ様は既に白目を剥いて気絶しています。


「ま、待ってくれ! 知らなかったんだ! まさか貴殿がいるとは!」

「知らなかったで済むなら、法律はいらない。……だが、殺す前に一つ、精算してもらおうか」


 アレクセイ様は私の方を向き、にやりと笑いました。


「ルチア、例の『書類』を持ってきてくれ。監査の時間だ」


 私は眼鏡の位置を直し、深く頷きました。


「承知いたしました。請求書と証拠書類一式、すぐに『取り出し』ます」


 暴力による解決は野蛮です。

 ここからは、もっと残酷で逃げ場のない、数字と法律による断罪(お仕置き)の時間です。

 私は収納から、分厚いファイルを召喚しました。

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