第6話 スローライフと膝枕。魔導洗濯機を作ったら、旦那様が氷魔法で冷蔵庫を作ってくれました
森の生活にも慣れてきましたが、一つだけ不満がありました。
洗濯です。
ログハウスの近くに小川はありますが、冷たい水でシーツを手洗いするのは非効率の極み。
私の指先が荒れてしまいます。
「……作りましょう」
私は朝食後、庭に大きな木桶を出して腕組みをしました。
前世の記憶にある「全自動洗濯機」。
あれを魔法で再現するのです。
まず、木桶に水を張り、洗濯物を投入。
ここに『水流操作』の魔法陣を底面に刻み込みます。
さらに『風魔法』で脱水用の高速回転機構を付与。
「起動」
グルグルグルグル……!
水流が渦を巻き、シーツが勢いよく回ります。
汚れが落ちたら排水、注水、すすぎ。
最後に風魔法で遠心力をかけて脱水。
「完璧です」
私は眼鏡を押し上げ、満足げに頷きました。
これで家事の時間が三十分短縮されました。浮いた時間で読書ができます。
「……ルチア、何をしているんだ?」
背後から、呆れたような声が聞こえました。
薪割りを終えたアレクセイ様が、目を丸くして木桶を覗き込んでいます。
「洗濯です。手洗いは面倒でしたので、自動化しました」
「自動化……? この魔力構成は、水と風の複合属性か。しかも、回転のベクトル制御が精密すぎる。要塞の防御壁に使われるレベルの術式を、まさか下着を洗うために?」
「下着も洗いますが、シーツです。清潔な寝具は安眠の基本ですから」
私が涼しい顔で答えると、彼は額に手を当てて天を仰ぎました。
「君という人は……。帝国魔導院の連中が見たら泡を吹いて倒れるぞ」
「技術は生活を豊かにするためにあるのです。アレクセイ様こそ、その手に持っているのは?」
彼の手には、四角い金属の箱がありました。
収納魔法で出しっぱなしにしていた廃材を加工したようです。
「……対抗したわけではないが、私も作ってみた」
彼が箱を開けると、冷気がふわりと漂いました。
中は二段構造になっており、霜が降りています。
「『永久氷結』の魔石を組み込んだ。庫内の温度を常に氷点下、あるいは五度に保つことができる。魔力充填は不要、私の魔力を定着させてあるから半永久的に動く」
「まあ……!」
私は思わず感嘆の声を上げました。
冷蔵庫です。しかも、電気代(魔力コスト)ゼロの永久機関。
氷の魔術師の本気を見ました。
「素晴らしいです、アレクセイ様! これがあれば、肉や魚を大量に保存できますし、夏には冷たいデザートも作れます!」
「そ、そうか? 君が喜ぶなら、作った甲斐があった」
私が手放しで褒め称えると、彼は照れくさそうに視線を逸らし、鼻の下を擦りました。
可愛いところがありますね。
「では、今日のお昼は冷たい果物のコンポートにしましょうか」
「……楽しみにしている」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
魔法を、誰かを傷つけるためではなく、互いの生活を良くするために使う。
それがこんなに楽しいことだとは、知りませんでした。
◇
その日の夜。
夕食の片付けを終え、リビングの暖炉の前でくつろいでいた時のことです。
アレクセイ様はソファに深く沈み込み、ぐったりとしていました。
日中、帝国の本国と長時間通信し、強硬派の貴族たちを黙らせていたようです。
「お疲れのようですね」
「……ああ。老害どもの説得は、ドラゴン退治より骨が折れる」
彼は重たい溜息を吐き、天井を見上げました。
そして、ちらりと隣に座る私を見ます。
「……ルチア」
「はい」
「少しだけ、充電させてもらえないか」
「充電? 魔力ならポーションがありますが」
「そうじゃない。……ここだ」
彼は言い終わる前に、ずるりと体を横に倒しました。
そして。
私の太腿の上に、その頭を乗せてきたのです。
「……っ!?」
私は驚いて本を取り落としそうになりました。
ひ、膝枕ですか?
この、氷の宰相様が?
「あ、あの……アレクセイ様?」
「……五分だけでいい。この場所が、一番静かだから」
彼は私の腹部に顔を埋めるようにして、目を閉じてしまいました。
拒絶しようにも、その表情があまりに安らいでいて、突き放すことができません。
彼の黒髪が、私のエプロンドレスに散らばります。
ドクン、ドクン、と心臓がうるさく鳴りました。
彼に聞こえていないか心配です。
私は諦めて、ためらいがちに彼に触れました。
黒髪に指を梳き入れると、さらりとしていて、驚くほど柔らかい感触がします。
「……ん……」
彼が心地よさそうに喉を鳴らしました。
まるで、心を許した大型の猫です。
「……ルチアの手は、温かいな」
「……そうですか? 冷え性なのですが」
「いや、温かい。……ずっと、こうしていたくなる」
その言葉は、熱を帯びていました。
単なる同居人への感謝以上の、何かが含まれているような。
私は何と答えていいか分からず、ただ無言で彼の髪を撫で続けました。
パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音だけが響きます。
ああ、癒やされているのは彼だけではないのかもしれません。
誰かに必要とされ、触れ合い、体温を感じる。
そんな当たり前の幸せが、私の凍っていた心を溶かしていくようでした。
このまま時間が止まればいい。
柄にもなく、そんなことを思った瞬間です。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
不快な警報音が、リビングに鳴り響きました。
部屋の隅にある水晶玉が、赤く明滅しています。
これは、結界への侵入者を知らせるアラート。
「……チッ」
アレクセイ様が目を開け、舌打ちをしました。
先程までの甘い雰囲気は霧散し、その瞳には絶対零度の殺気が宿っています。
「……いい度胸だ。私の『充電時間』を邪魔する愚か者は」
彼がのっそりと起き上がります。
その背中からは、黒いオーラのような怒りが立ち上っていました。
「確認します。『遠見の魔法』……映像出力」
私が空中に映像を投影すると、そこには見覚えのある、けれど随分と薄汚れた集団が映し出されました。
泥だらけの礼服を着たカイル殿下。
髪がボサボサになったミラ様。
そして、疲労困憊の騎士たち。
彼らは私の家の前の結界を、剣でガンガンと叩いていました。
『おい! いるのは分かっているぞ! 開けろ! ルチア、開けんか!』
映像からでも分かる、必死の形相。
どうやら、地獄の王城から逃げ出して、ここまで辿り着いたようです。
「……しぶといですね。ゴキブリ並みの生命力です」
「害虫駆除の時間だな」
アレクセイ様がボキボキと指を鳴らしました。
その顔は、魔王のように笑っています。
「行こうか、ルチア。彼らに『現実』というものを教えてやろう」
私のスローライフ、一時中断です。
ですが、不思議と不安はありませんでした。
隣に、最強の味方がいてくれるのですから。




