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婚約破棄ですね、承知しました。城のインフラは私の私物なので、即時回収いたします  作者: 秋月 もみじ


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2/10

第2話 実家を追い出されたので、森の中で快適スローライフを始めます


 ガタガタと揺れる王家の馬車が、アルカディア伯爵邸の門をくぐりました。

 時刻は深夜。

 通常なら皆寝静まっている時間ですが、屋敷中の明かりが煌々とついています。

 どうやら、城での騒ぎはすでに早馬で伝わっているようですね。


 玄関ホールに入った瞬間でした。


「ルチア! 貴様、何をしでかしたか分かっているのか!」


 父、アルカディア伯爵の怒号が飛んできました。

 顔を真っ赤にして、血管が切れそうです。

 その背後には、継母と異母妹が不安そうに……いえ、ニヤニヤと笑いを堪えるような顔で立っています。


「王城の夜会を台無しにし、カイル殿下に恥をかかせるとは! 我が家の面汚しめ!」

「お父様、事実確認を。私は婚約破棄を言い渡され、それに同意しただけです」

「黙れ! 殿下が怒り狂っておられるのだぞ! 『すぐにルチアを連れ戻して元に戻せ』との仰せだ!」


 元に戻せ、ですか。

 破壊された会場を直せという意味か、私の機嫌を取れという意味か。

 どちらにせよ、お断りですが。


「それで、お父様はどうされるおつもりですか?」

「決まっている! 貴様など勘当だ! 今すぐ出ていけ! 二度とアルカディアの名を名乗るな!」


 父は扇子でバシバシと私の肩を叩きました。

 痛くはありませんが、不快です。

 それにしても、予想通りすぎて欠伸が出そうです。

 父は、私を切り捨てれば王家の怒りが鎮まるとでも思っているのでしょう。


「勘当、承知いたしました。では、これにて」


 私は淡々と頭を下げ、踵を返しました。


「ま、待て! どこへ行く気だ! 身一つで放り出されて、泣いて謝るのが筋だろう!」

「いえ、出ていけと仰ったのはお父様ですので。ああ、そうです」


 私は眼鏡の位置を直し、振り返りました。


「ここからも『回収』させていただきますね」

「は?」

「私が稼いだ資金で改築したこの屋敷の東棟、および私が購入した美術品、宝石、備蓄食料、そして父上の借金の肩代わり証書。すべて私個人の資産ですので」


 パチン。


 本日二度目の指鳴らし。

 シュンッ!


 屋敷の空気が震えました。

 玄関ホールに飾られていた高価な壺、絵画、そしてシャンデリアが一瞬で消えます。

 それだけではありません。

 ズズズ……と地響きがして、屋敷の東側――継母たちが贅沢に使っていた居住区画――が、ごっそりと消滅しました。

 正確には、建材として綺麗に解体し、私の収納に収めました。


 後に残ったのは、吹きさらしの基礎土台と、呆然と立ち尽くす家族の姿だけ。


「な、な、な……っ!?」

「では、お元気で」


 私はパクパクと口を開閉させている父を放置し、夜の闇へと歩き出しました。

 これですっきりしました。

 私の人生における「不要なデータ」の削除完了です。


          ◇


 王都を出て、北へ歩くこと数時間。

 私は「帰らずの森」の入り口に立っていました。

 鬱蒼とした木々が生い茂り、不気味な魔力の気配が漂っています。

 普通の人間なら恐怖で足がすくむ場所でしょう。


 ですが、私には関係ありません。


「『索敵サーチ』。……ふむ、半径一キロ以内に脅威レベル高の魔獣反応なし」


 私は眼鏡のブリッジに触れ、魔力視を切り替えました。

 そして森の中へ足を踏み入れます。


 襲いかかってくるツタ植物があれば、収納魔法で「根こそぎ収納」してまきにします。

 牙を剥く狼がいれば、それも「収納」して、別の場所へ「放出リリース」します。

 戦う必要はありません。

 私の前では、あらゆる物理的存在は「しまえるか、しまえないか」でしかないのですから。


 森の奥深く、開けた平地に到着しました。

 近くには清らかな小川が流れ、日当たりも良さそうです。


「ここを新居としましょう」


 私はまず、直径五十メートルの範囲に『認識阻害』と『物理結界』を張ります。

 これで外敵からは見えなくなりました。

 次に、地面の草や石を「収納」し、綺麗な更地を作ります。


展開オープン


 私が空間を開くと、巨大な物体が音もなく地上に現れました。

 それは、二階建ての立派なログハウスです。

 以前、王家の別荘として発注されたものの、「予算がないから半額にしろ」と言われて納品を拒否していた特注品です。

 最高級の断熱材と、乾燥魔法のかかった木材を使用しており、耐久性は城壁並み。


 さらに、家具を展開。

 フカフカのソファ、キングサイズのベッド、猫足のバスタブ。

 魔導コンロ付きのシステムキッチン。

 あっという間に、森の中に最高ランクのスイートルームが完成しました。


「……完璧です」


 家に入り、ランプに魔力を灯します。

 温かい光が部屋を満たしました。

 私は靴を脱ぎ、ふかふかのラグの上に足を下ろします。


 静かです。

 罵声も、嫌味も、無理難題を押し付ける命令も聞こえません。

 聞こえるのは、風が木々を揺らす音と、小川のせせらぎだけ。


「これが……私の城」


 キッチンでお湯を沸かし、とっておきのハーブティーを淹れました。

 一口飲むと、香りが鼻に抜けていきます。

 美味しい。

 誰にも邪魔されずに飲む紅茶が、こんなに美味しいなんて。


 私はソファに深く身を沈めました。

 張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れます。

 今まで、どれだけ気を張っていたのでしょう。

 これからは、好きな時に起き、好きなものを食べ、好きな本を読んで暮らすのです。


 その日は、泥のように眠りました。


          ◇


 翌朝。

 小鳥のさえずりで目が覚めました。

 なんて素晴らしい朝でしょう。

 王城では毎朝五時に叩き起こされて、カイル殿下の衣装選びから始めなければならなかったのに。


「いい天気」


 私は伸びをして、テラスに出ました。

 森の空気は澄んでいて、昨夜の疲れが嘘のように体が軽いです。


 朝食の準備をする前に、庭(結界内)の点検をしておきましょうか。

 私はサンダルを履いて、芝生の上を歩きました。


 すると。


「……おや?」


 庭の端、結界の境界線ギリギリのところに、何かが落ちています。

 黒い塊です。

 昨夜の整地では、ゴミ一つ残さず片付けたはずですが。


 近づいて見て、私は足を止めました。


 それはゴミではありませんでした。

 人です。

 黒い軍服のような服を着た、大柄な男性が倒れています。


「…………」


 私は眼鏡の位置を直しました。

 面倒ごとの予感がします。

 見なかったことにして「収納」して、森の外へ捨ててくるべきでしょうか?


 いいえ、さすがに死体を遺棄するのは目覚めが悪すぎます。

 まだ息があるかもしれません。


 私はしゃがみ込み、その男性の顔を覗き込みました。

 黒髪に、整った顔立ち。

 血の気はなく真っ白ですが、微かに胸が上下しています。

 衣服には雪の結晶の意匠。

 この国の騎士の制服ではありません。


「……遭難者、でしょうか」


 私の静かなスローライフ、開始一日目にして最大の危機(異物混入)です。

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