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事故から始まる物語


 月刀つきかたな村雨むらさめと聞けば、夜の町で生活している者は歓喜の声を上げ、一部の者は恐怖の声を上げる。村雨は夜の町で何でも屋を営む四十代の男である。長身で筋肉質、世間は彼をおっさんと言うが、彼の身のこなしは若いアスリートの身体能力と変わりない。だが、そんな村雨にも弱点はある。この男、救いようのないほどの女好き、ドスケベである。


 その日、村雨は仕事を終えて馴染みの居酒屋に立ち寄っていた。店主は村雨に日本酒を渡し、笑いながらこう聞いた。


「なぁ村雨、今回の仕事はどうだったんだよ?」


「いつもと変わりないよ。簡単な護衛の仕事だったぜ」


「誰を守ってたんだ?」


「政治家のおっさんだ。裏の世界で大活躍している俺の話を聞いて、優秀だって思って雇ったんだとさ」


 そう答え、村雨は日本酒を一気に飲み干した。店主は笑いを止めず、村雨にこう聞いた。


「政治家の子守りか。どうしてそんな依頼を受けたんだ?」


「報酬金がよかったからなー」


「で、いくらもらったよ?」


「一千万は超えてると思う」


「マジか⁉」


「だから、今日は皆におごりだ! じゃんじゃん飲んでくれ!」


 村雨はバックの中に入っていた一万円札の束をばらまきながらこう言った。店内の客は歓喜の声を上げながら、一万円札を拾っていた。村雨は笑顔で客の様子を見る中、ふと店の外を見た。少し離れた先にある歩道に、グラビアアイドルのようなスタイルの美人がいたのだ。


「うっほー! いい子みーつけた!」


 美人を見て、興奮しながら村雨は店から飛び出た。その様子を見た店主は、笑いながら呟いた。


「あーあ、まーた村雨の悪い癖が始まったよ」


 店主の呟きを聞き流しつつ、村雨は美人を探すために周囲を見回した。


「どこだ? どこだどこだカワイ子ちゃん!」


 目を血走らせながら周囲を見回すと、道路を挟んだ少し先に美人の姿を見つけた。その姿を見た村雨は興奮しつつ、猛ダッシュを始めた。


「へーい! そこのカワイ子ちゃーん! 俺と一緒にホテルへ行きませんかー⁉」


 ナンパをしようとしたその直後、いきなり大きなクラクションの音が響いた。音に気付いた村雨は横を振り向くと、そこには巨大なトラックがいた。その直後、村雨の目の前が真っ暗になった。




 しばらくして、村雨は目を開けた。だが、そこは道路の上はなかった。見上げると薄紫色の空が広がり、足元には白い煙がうっすらと発している不思議な空間だった。


「あり? 俺は外にいたはずじゃ……」


「あなたは死にました」


 いきなり、女性の声が聞こえた。周囲を見回すと、少し離れた所に背中に翼のようなものを付けた美人がいた。村雨は再び興奮し、その女性に近付いた。


「わお! こんな変なところに美しいお姉ちゃんがいるなんて! ねぇ、俺と寝ない?」


「今は仕事中ですので。それより、さっきの言葉を聞いていませんでしたの?」


「俺が死んだってことでしょ? ジョークを言うならもうちょっとまともなジョークを言ってよー」


 村雨は笑いながら女性に近付いたが、興奮する村雨を見下すような目で見ながら、女性は話を続けた。


「これは冗談ではありません。あなたはナンパ中にトラックに激突し、即死しました」


「そんなぁ。俺がそう簡単に死ぬわけが……」


「服が変わったことに気付いていないのね」


 女性の言葉を聞き、村雨は服を見た。上半身は愛用している茶色のジャケットではなく天使のような白い服、下半身は長年履いていた濃い青のジーンズではなく、白くてぶかぶかなチノパンだった。


「あれ? 俺の愛用品が……」


「だから言ったでしょ? あなたは死んだ。ここはあの世。命を落とした者が最初に向かう場所。私は魂の行方を判断する審判、エリラ」


 エリラはため息を吐きながら、手にしていた分厚い本を開いた。その本が気になった村雨は覗き見ようとしたが、エリラは村雨を睨んで本を隠した。


「この本が気になるんですか?」


「そりゃーねぇ。で、これは何? エロ本?」


「エロ本ではありません。これはあなたの歴史をまとめたもの。私はそれを見て、あなたの行方を決めます」


「それって、まさか天国か地獄へ行くってこと?」


「他にも道はあります。まぁそれは後々お話しします」


 村雨の質問に答えながら、エリラは村雨の歴史の本を読み終え、本を閉じた。そしてしばらく考えごとをし、手にしている杖を村雨に向けた。


「月刀村雨。あなたの魂の行方を伝えます」


 この言葉を聞き、村雨の中に緊張感が生まれた。今から、天国か地獄かのどちらか決まるのだ。エリラはしばらく間を置き、口を開いた。


「あなたは転生。生前いた世界とは別の世界に転生してもらいます」


「は……はぁ?」


 転生と言う言葉を聞き、村雨は驚いて声を漏らした。


「転生って、どうしてよ?」


「あなたはまだそれなりに若いし、死ぬには早すぎたのです。それと、ただ転生するだけではありません。あなたは生前……エロいことはたくさんしてきましたが、それほど悪いことはしていません。善人ボーナスで、次の人生で少しだけ有利に生活できるよう、いろいろとボーナスを付けて転生させます」


 この言葉を聞き、村雨はゲームかよと思った。


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