第09話「放課後の歌声と、胸の高鳴り」
――期末試験、終了。
チャイムが鳴ると同時に、誰より早く「よっしゃ! おわったーっ!」と叫んだのはケンゴだった。
その叫びが合図だったかのように、教室中が拍手とため息と叫び声に包まれる。
「よし、打ち上げだーっ!」
「カラオケ行くやつ-!」
「駅前のカラオケ、予約するぞ?」
「リュシアちゃんも来るよね!? ティアナちゃんもさそってさー!」
放課後、俺たちはクラスの有志でカラオケに繰り出していた。
総勢十人。
俺、ケンゴ、リュシア、ティアナに、いつものノリのいい連中が集まってる。
ケンゴの熱唱する特撮の主題歌に、ティアナはマラカスを振り回して、ステージで踊っていた。
みんなテンションが高い。
「ユウリも歌えよ!」
「えっ、いいよ俺は」
「おにぃちゃん、歌へたくそなの〜? 大丈夫! ティアナが一緒に踊って盛り上げてあげるから☆」
「それ逆にハードル上がるわ!」
爆笑とともにリモコンが手渡され、結局一曲だけ歌うハメになった。
選んだのは何年か前に流行ったバンド曲。
意外と上手く歌えたと思ったが、ケンゴからの評価は「普通か!」だった。
「リュシアちゃんもなんか歌ってよー!」
「え……私……」
戸惑いながらも受け取ったマイク。
そして、緊張した面持ちで始まったリュシアの歌は――美しかった。
細くて、透き通るような声が、バラードの旋律に乗って流れ出す。
教室で聞く声とはまるで違う。
感情の込められた、よく通る、けれど繊細な声だった。
曲が終わると、部屋が静まり返る。
みんなの反応に、リュシアははずかしそうにマイクを置いた。
「……すご……」
誰かがつぶやく。
マイクを置いたリュシアがソファに座り直すと同時に、拍手と歓声が起こった。
「リュシア、すっげぇ!」
「アイドルになれるレベルだよ!」
困ったように微笑んで、「そんなことは……」と視線を伏せるリュシア。
でもその瞳の奥に、かすかにうれしそうな色が見えて、俺はなんとなく誇らしかった。
カラオケは盛り上がり、何曲も先まで予約でいっぱいになっている。
「ドリンク切れてるじゃん。ちょっと全員分取ってくるわ。コーラでいい?」
そう言って立ち上がると、すかさずリュシアも続いた。
「私も……お手伝いします」
「いや、いいって。みんな盛り上がってるし――」
「手伝わせてください。少し、空気に酔ってしまって……」
その言葉に、俺はうなずいた。
カラオケの廊下は、部屋の中とはまるで別の世界みたいに静かだった。
でも、扉の奥からは爆音の歌声と笑い声がこぼれてくる。
そのにぎやかさが、逆にこの場所を現実から遠ざけているように感じた。
ドリンクバーでコーラとオレンジジュースを注ぎながら、俺はなんとなく口を開く。
「さっきの歌、英語? すげーよかった」
「ありがとうございます。でも……少し、感情が入りすぎてしまったかもしれません」
「別にいいだろ。そういう歌だったし」
リュシアはコップをトレーに並べながら、ぽつりとつぶやいた。
「……歌って、不思議ですね。心の中の、言葉にできないものが、自然と形になるような……」
「そうかもな」
沈黙がひとつ。
そして、リュシアが、ふいに口を開いた。
「さっき……ほんの一瞬ですが、エリオのことを、思い出してしまいました」
俺は返事ができなかった。
あのエリオと言う先輩とリュシアの間には、確かに何かがある。
図書室で、俺が2人の間に割って入ったあと、エリオは「どうやら驚かせてしまったようだね」なんて、さっさといなくなってしまった。
その後、リュシアから過去の話を聞くことはできないまま、いまに至っている。
「地球に来てからずっと、すべてが新しくて、楽しくて。でも、エリオの姿を見た瞬間に、セレーネの空気を思い出しました。ドームの中の、静かで、冷たくて、そして……何も選べない世界を」
言葉は丁寧で、感情を押し殺しているような声だった。
でも、リュシアの表情は確かに暗く――いや、迷いを含んでいる。
俺は、気がつくと手に持っていたコップをカチャリと置いて、リュシアの方を向いていた。
「俺が守るよ」
「……え?」
「お前がその顔、しないで済むように。俺が、守るから。セレーネとか、ドームとか、過去のこととか、全部からさ」
言いながら、ちょっと自分でも驚いた。
普段なら絶対にこんなはずかしいセリフを言える俺じゃない。
でも今は、それがただの言葉じゃなく、心の底から湧き上がる本当の気持ち。
言わずにはいられなかった――それだけのことだった。
リュシアは大きく目を見開いたまま、息をのんで、俺を見ている。
そして、ほんの少しだけ、口元がゆるんだ。
「……ありがとうございます。ユウリさんは、本当に不思議な……人ですね」
「おかしいか?」
「いいえ。地球は、まだ知らないことだらけです。ユウリさんのことも――」
その先を言いかけて、リュシアは一つうなずいた。
「――戻りましょう。ティアナが寂しがっているかもしれません」
「そうだな」
照れ隠しにそう言って笑いながら、俺たちはトレーを手に、扉の向こうへと戻る。
友だちが待つ、にぎやかな世界へ。