第07話「ヒロインはチート持ち」
「おっはよ〜☆」
「うぐっ⁉︎」
土曜の朝。
いきなり腹の上にどかんと乗っかったのは、ティアナだった。
ソファで惰眠をむさぼっていた俺は、全力ダイブの勢いで、身体がくの字に曲がる。
「ぐぇぇっ! おまっ! ……ふざけんなっ!」
上半身を起こして、腹を押さえる。
足下に転がったティアナを見ると、スカートの中が見えそうになっていた。
怒る気力も失せ、あわてて視線を外す。
外した視線の先には、リュシアのダサT生足姿があった。
なんだこの目のやり場に困る世界は……。
「ねぇおにぃちゃん、せっかくの休日なんだから早く起きて遊びに行こっ!」
「せめて起こし方くらい配慮しろよ……」
とはいえ、朝からこんなに賑やかなのは久しぶりだ。
意外と悪くない気分で、凝り固まった身体を伸ばした。
首をゴキゴキとならして、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
リュシアたちの期待の視線を無視しながら、俺は普通にトーストを焼き、目玉焼きだけ添えた。
――午前十一時。
俺たちは地下鉄に乗って隣町のショッピングモールに向かっていた。
リュシアは、今日も俺の服を着ている。
キャップで銀髪を隠してはいたが、それでも素材の良さは隠しきれず、人目についた。
ティアナは、平成のギャルくらいの量のアクセサリーを身に着けていて、全身でカワイイを満喫しているようだった。
モールに向かってアーケードを歩いていると、すれ違う男たちの視線が妙に痛い。
「おいあれ見ろよ、銀髪の子、腰の位置高けー! モデルかなんかじゃね?」
「すげー。でも、俺ぶっちゃけちっちゃい方が好みだわ」
誰もみな、同じようなことを口にしている。
誇らしいような、ちょっとむかつくような、なんとも言えない感情が胸に渦巻いて、俺は少しだけ歩くスピードを上げてモールに入った。
モールでは、まず無印的なところで、リュシアのパジャマと日用品を購入する。
リュシアが見たことのない黒いカードで支払いするのを待っていると、いつの間にかティアナが消えていた。
「ユウリ〜☆」
ちょっと離れたところから、大きな声で俺を呼ぶティアナ。
周りの視線がまた痛くて、俺は小走りにティアナのところへ向かった。
「ねぇ、これどうかな?」
その手に握られていたのは、誰がどう見ても女子向けの下着。
周りを見ると、もろランジェリーショップだった。
「いや、聞くなよ! わかんねぇよ。今つけてるのと同じようなのでいいだろ」
「えー、でもこれあんまり可愛くないんだよねー」
デニムのスカートを片手でつまみ、おなかの上までまくり上げる。
「ちょっ、おまっ!︎」
「もっとさぁ、カワイイ! って感じのがほしいんだー☆」
「見せるなっ! 下げろっ! 即下げろ!!」
「ティアナ。地球では公共の場で下着を見せると、軽犯罪法違反で逮捕される可能性がありますよ」
リュシアのお説教も、なんだかずれている。
二人とも、まるで悪気ゼロの天然爆弾だ。
早く“文化的交流”の極意をつかんで、地球の常識を覚えてくれればいいのに。
そう願いながら俺は、なんとか買い物を終えた。
「さすがに……ちょっと……多すぎないかコレ」
両腕に抱えた荷物は頭の高さを超え、コレを持って地下鉄に乗るのもはばかられる量になっていた。
あと単純に重い。
「ご安心を。少し軽くしますね」
リュシアがそっと指をかざすと、俺が持っていた買い物袋がふわりと浮いたように感じた。
「……なあ、前から気になってたんだけど、教室でモノ浮かせてたのも、昨日のトランクケースも……あれって超能力?」
「いいえ。私たちも、あなた方と同じ祖先を持つ人類ですから、そんな便利な能力はありません」
「でも、浮いてんじゃん」
「これは“重力制御サポート・モジュール”です。今回の地球訪問のために開発された、重力下における生活負荷を軽減するための機器です」
「重力……?」
「はい。火星の重力は地球の約38%ほどしかありませんので、そのままでは肉体にかかる負荷が大きすぎます」
「つまりなに、重力チートってこと?」
「……ご存知だったのですね」
「え?」
「いま“Q.E.E.T.”と……量子もつれエネルギー変換技術(Quantum Entanglement Energy Transduction)のことですよね。地球にもすでにこの技術が?」
「あ……いや、違う。なんかごめん」
真顔でなんかSFみたいな説明を聞かされそうになり、慌てて話を打ち切った。
そうだ、このちょっと天然な女の子と、そのメスガキみたいな妹は、こう見えてやっぱり宇宙人なんだ。
俺は買い物袋を持ち直しながら、二人の背中を追いかける。
リュシアは優しく微笑み、ティアナは大きく手を振って、俺の歩調に合わせてくれた。
宇宙人で、同居人。
きっとこれからも、彼女たちは俺の想像なんか軽く超えてくるだろう。
そんな確信ともいえる予感に、俺は心が重力から解放されたような浮遊感を感じた。