第43話「泣かない優しさ」
久しぶりの学校。
白い息を吐き出して、俺は松葉杖をついて校門をくぐった。
足や肋骨の骨折はまだ完治していないが、それでも、いつまでも入院なんかしていられない。
リュシアたちとの時間をかき集めるような気持ちで、今日から通学を再開することになった。
「よっ、おかえり」
昇降口で俺に駆け寄ってきたケンゴが、俺のカバンを持ってくれる。
靴までそろえてもらうと、なんだか少し申し訳ないような気持ちになった。
「わりぃ、なんか介護されてるみてぇだな」
「きにすんな! いつか倍にして返してもらうからさ」
「そうだな、老後はまかせとけ」
「言っとくけど、おれの老後には、ユウリも老人だかんな?」
笑いながら階段を上る。
不意にケンゴが真面目な顔になった。
「なあユウリ、ちょっと聞いてくれ」
「なんだよ」
「おれさ……ティアナちゃんに……告白しようと思ってる」
「……は?」
理解が追いつかず、思わず間抜けな声を上げる。
踊り場で松葉杖のまま壁にもたれて、俺は一息ついた。
「おれさ……ティアナちゃんに……告白しようと思ってる」
「いや繰り返さなくても聞こえてる。その上での『は?』なんだが」
「いや、病院で見ただろ? ティアナちゃん、俺が美人ナースとサクラさんに見とれてたら、めっちゃキレてたじゃん。あの姿見てさ……なんかこう、改めて……かわいいなって」
確かに、いつもとはちょっと違う、マジなやきもちっぽい。
それに、夏祭り以降の二人は、俺から見てもいい雰囲気だなとは感じていた。
「うん、まぁ……がんばれ」
「応援してくれるか! あ……ありがとなユウリ」
少し照れたような笑顔で、ケンゴは俺の肩をぽんと叩く。
マジなんだな、こいつ。
「でさ、さっそく倍にして返してほしいんだけど……放課後、ティアナちゃんを体育館裏に呼び出してくんない?」
「は? 自分で呼び出せよ」
「いや、おれが呼び出したって絶対来ないって!」
「それ撃沈目に見えてねぇか?」
「頼む! 一生のお願いだ!」
何度も頭を下げられ、結局、放課後にティアナを呼び出す役を引き受けることになった。
そして――放課後。
体育館裏の夕日の差す場所に、ティアナがやってきた。
「何? こんなとこに呼び出して」
なんか……うっすら期待してる顔だ。
頬も赤いし、目を逸らしたまま、前髪をいじってる。
これもしかして、俺の告白だと思ってる?
慌てて訂正しかけたその瞬間、物陰からケンゴが姿を現した。
「……ティアナちゃん!」
「え?」
「ごめん、おれ……どうしても伝えたいことがあって……ユウリに頼んで、ここに来てもらったんだ」
ティアナの顔から、すうっと血の気が引いていくのがわかった。
でもケンゴはまっすぐに、ティアナだけを見ていた。
「ティアナちゃん……いや、ティアナ。おれ、お前のことが……大好きだ」
言っちまった。
堂々と、力強く、ほんとあきれるくらいまっすぐに。
「ずっと、おもしろい子だなって思っててさ。でも、泣いたときも、笑ったときも、怒ったときだって、どんどん目が離せなくなった」
ティアナは何も言わず、立ち尽くしている。
頬はますます赤く、潤んだ瞳は夕日を反射して、キラキラと輝いた。
一瞬笑顔になりかけて――その顔に、ふっと陰が差した。
「……ダメ」
「え?」
「ケンゴ……ありがとう。とっても、ほんとに、すっごく……嬉しい。でも――ダメなの」
震える声で、でも涙をこらえて、必死に言葉をつなぐ。
「ティアナは“使命”でここに来たの。優秀な遺伝子を手に入れるために……ね。だから、感情で相手を選ぶことは……許されない」
「……優秀な……あ、そっか……うん」
ケンゴは、引きつったように笑う。
「だよな! おれじゃ、ティアナちゃんに釣り合わないもんな! おれじゃ――」
何か言葉を続けようとして、ぶるるっと身を震わせたケンゴは背を向けた。
「きにしないでティアナちゃん! いつもの……冗談だ……から」
鼻をすすり、歩き出す。
「……ケンゴ」
「ユウリも、付き合わせて悪かったな。じゃ、おれ……先帰るわ」
夕日に向かって歩き去る。
その背中は、声もなく震えていた。
取り残されたティアナは、いつまでもケンゴを見つめている。
俺が松葉杖で一歩踏み出すと、彼女の肩がぴくりと震えた。
「……あいつ、本気だぜ?」
なんとか、それだけを伝える。
ティアナの目は、去って行ったケンゴの背中をいつまでも追っていた。
「……知ってる」
夕日を背に、ティアナはゆっくりと振り帰る。
その目はまっすぐに、おれを射貫いた。
「でも……ユウリが言わないで! そんなの……残酷すぎるよ……!」
今までこらえていた涙があふれだし、ぽろぽろとほほを流れ落ちた。
いつのまにか背後にいたリュシアが、無言のまま、ティアナに寄り添う。
声をかけようとした俺へと、リュシアは首を横に振った。
――また、ティアナを泣かせてしまった。
左頬の傷がうずく。
何も言えずに見送った二人の向こうに、二つの月が浮かんでいる。
俺はただぼんやりと、それを見上げていた。




