第04話「ようこそ!スクール水着の惑星へ」
六月の晴れ間。
空は抜けるように青い。
高等部のプール開き。
水面は鏡のように、青空と二つの月を映していた。
「……これが、娯楽目的の水の量……ですか?」
リュシア・セレナが目を瞬かせながら、プールサイドに立ち尽くしていた。
その深くて透き通ったライラック色の瞳が、水面をじっと見つめている。
俺はなんと言っていいのかわからずに、小さくうなずいた。
「地球には、こんなにも大量の水が……使用可能な状態で存在しているのですね」
「まぁ日本は地球の中でも珍しい『水と安全が無料の国』だからなぁ」
「お、ユウリ、なんか物知りっぽいアピールしてんな」
「してねぇよ」
「リュシアちゃんの故郷では、水は貴重だったりするわけ?」
俺の反論は無視して、ケンゴはリュシアに話しかける。
キラキラと輝く水面をうっとりと眺めていたリュシアは、小さく「そうです……ね」とつぶやいた。
「そうなん――おっ?! なんだあれ?!」
突然、ケンゴが叫んだ。
視線の先には、全力疾走する小柄な女の子。
銀髪をツインテールに結び、たくさんの髪留めが飾られている。
ここが学校とは思えないパステルカラーのビキニには、フリルがこれでもかと盛られている。
さらにはシュノーケルと水中メガネ、ラメの入った浮き輪まで装備して、女の子はプールへと向かっていた。
「はーい、ティアナちゃん登場だよ~!」
「……誰だよ?」
「小学生……いや中等部の生徒か?」
「ってかあの髪の色」
「宇宙人か」
「やっほ~! おねぇちゃーん!」
ざわつくプールサイドにビーチサンダルで突入した少女は、まっすぐにリュシアに向かって手を振った。
クラス中の視線が面白いようにぐるりと反対へ向かう。
プールサイドでしゃがみ込み、水に手を浸していたリュシアは、驚いたように立ち上がった。
「ティ、ティアナ!?」
「は? おねぇちゃんってことは妹? なんで?」
「えへへ、リュシアお姉ちゃんと同じプールに入りたくて、先生にお願いしちゃいました。あははっ☆ 地球人ちょろ!」
マジかよ、担任。それでいいのか?
あと最後、心の声ダダ漏れだぞ。
「リュシアさんの妹? 中等部? かわいい~!」
「え~! 妹さんの水着めっちゃかわいくない?」
女子たちから声が上がった。
確かに、かなり幼く見えるものの、リュシアと同じく整った顔立ちは、美少女と言う呼び名にふさわしい。
男子たちは、リュシアの凹凸のはっきりしたスク水姿とは違った、フルフラットなビキニ姿に、うんうんとうなずいた。
「でしょ?! あたし、ず~っと地球の“カワイイ”って文化に興味があって、地球に着いた瞬間から買いまくったんだ~!」
「ティアナ! そんな無駄遣いする資源や予算がどこにあるというのです?!」
「え~? 地球文化の調査のためって言ったら、地球人の政府が買ってくれたよ~? ね! ちょろいでしょ?」
堂々と言い切るその姿勢は、むしろ清々しい。
しかし、マジかよ日本政府。それでいいのか?
「そんなことよりおねぇちゃん、プール入ろ!」
ぱたぱたとビーサンを鳴らして、プールサイドを駆け抜ける。
しかし次の瞬間――ティアナは足を滑らせ、宙を舞った。
「きゃっ!」
転びかけた彼女を、咄嗟に両腕で抱き止める。
「……っと、大丈夫か?」
そのまま軽く抱きかかえる形になると、ティアナの顔はみるみるうちに赤く染まった。
「え~! おにぃちゃん、いきなりお姫様抱っことか、マジやばなんですけど!?」
「いや、転びそうだったから――」
「ユウリ! お前さすがにその年齢は犯罪だぞ! ……すぐおれと代わりなさい!」
後ろからケンゴが飛んでくる。
「ティアナ! ユウリさんにご迷惑をかけては――」
リュシアも飛んできた。
ティアナだけならともかく、そこにリュシアとケンゴも加わっては支えきれない。
「あっ! バカお前ら、そんなにいっぺんに――」
――ざぱぁん
気づいたときには、もう遅かった。
俺たちはバランスを崩し、ひとかたまりになってプールに落ちる。
「ぷぁ!」
水面に顔を出したリュシアが、感慨深そうに水の中の自分を見つめた。
「……すごい。重力が、和らいでいます」
「それ、浮力な。無重力とはまた違うだろ」
「あはは☆ 冷たっ! やっば! くすぐったい! なにこれ!」
「楽しそうで何よりだよ」
びしょ濡れになった二人の美少女に、視線が集まる。
水のしみた水着のシワが、ちょっとだけエロく見えて、俺は髪をかき上げるふりをして、なんとなく視線を外した。
「ちょっと男子! 特にケンゴ! リュシアさんたちをエロい目で見るのやめてくれる!?」
「なんで特におれなんだよぉ」
「てかお前たちばっかりずるいぞ!」
一人が飛び込むと、後はもうカオスだった。
クラスメイトが次々とプールに飛び込む。
そのたびに盛大に上がる水しぶきに、リュシアもティアナも楽しそうに声をあげた。
先生もあきらめた様子で「あー、今日は文化交流プログラムの一環として、自由に泳いでよし」と宣言だけして日陰へ向かう。
6月の梅雨の晴れ間。
地球のプールは今日も平和だった。