第39話「影の中の神殿」
午後3時。
人気のカフェチェーン店の片隅。
リュシア、ティアナ、そしてレネの三人は、飲み物に手をつけることなく、タブレット端末を囲んでいた。
周囲は穏やかな午後を楽しむ客ばかり。
けれどこの席だけ、空気がひりついていた。
「……やっぱり、“新たなる月の神話”の関係者で間違いないわ」
そう言いながら、レネが拡大した衛星画像を指差す。
それは、廃船置き場。
数年前に運用を終了したものの、解体費用のめども立たずに放置された豪華客船――今は朽ちかけ、誰も寄り付かないはずの場所だった。
「数日前から、人の出入りが記録されてるわ。通信データも遮断されてる。何かを“隠している”というには十分な証拠よ」
「ユウリさんが、そこに……」
リュシアの声は、祈りにも似ていた。
レネは静かにうなずく。
「この情報はね、ついさっき、私の……別の仕事の方のアドレスに、暗号化されて届いたものよ。ちょっと復号化に時間がかかったけど……過激派……つまりエリオからの情報。信じるか信じないかは、あなたたち次第よ」
「エリオから……」
「まぁ直接介入はできないけど、あの遺伝子を放ってもおけない……って感じかしら」
「信じます」
「エリオはきらいだけど、信用はできるもん」
即座に答える二人へ、レネはうなずいた。
「そう。でもね、さっきも言ったとおり、私たちだけでやるしかないの。わかる?」
ティアナが手元のコップを握りしめた。
「Q.E.E.T.だけじゃ無理だって、さっき言ってたじゃん……」
「事実よ。あなたたちは戦闘の訓練も受けてないんでしょう?」
「セレーネは戦争や戦闘行為のすべてを否定し、戦時転用可能な技術の開発にも制限を設けています」
「そうね。ほんと、おめでたい世界だわ」
レネがシニカルな笑いを浮かべる。
日本という平和憲法のある国に生まれ、世界に飛び出したとき、それがどれほど危ういバランスの上に成り立っているのかを思い知った過去が、その表情をさせていた。
「でも、行かないという選択肢もない。……でしょ?」
リュシアとティアナが、視線を合わせる。
答えは一つしかなかった。
その時、リュシアのスマホが震えた。
画面には「サクラさん」の名前。
彼女は一言だけ、メッセージを送って来た。
『ユウリのこと、何か進展あった?』
リュシアはすぐに返信する。
『今夜、向かいます』
その一言を見たサクラが、どこで何をしていたかはわからない。
けれど、わずか3分後。
カフェの自動ドアが開くと、黒いキャップにサングラス、マスクで身を固めた女が店内に現れた。
どこからどう見ても“目立つ”その格好で、サクラは一直線に三人に向かってくる。
そして――突然叫んだ。
「アンタたちっ、なにユウリに色目使ってんのよ! すぐにあいつを返しなさいっ!」
腹式呼吸で良く通る、応援団のような大声。
店内の客もスタッフも一斉に振り返り、数人がスマホを構えた。
「え、なんですか?! やめてくださいっ!」
「こわっ! なに?!」
リュシアもティアナもすぐに芝居に乗る。
レネは表情ひとつ変えずにバッグを手に取り、裏口への動線を確認した。
「……あれがユウリくんの姉?」
「うん☆ サクラちゃんたのもしいでしょ!」
「本当に血がつながってるのかしら」
ざわめきと混乱の中、三人はカフェの裏手から逃げ出す。
数台の警備車両が店の前を監視していたが、その注意が完全にサクラに向いた隙に、誰にも気づかれず路地に滑り込んだ。
カーシェアの一台に乗り込み、すぐにカードでエンジンを始動する。
動き出そうとした瞬間、助手席にサクラが飛び込んだ。
「あっはは! 大成功!」
サクラが帽子を脱ぎながら、悪戯っぽく笑う。
「お姉さま、あのメールの文章だけでここまで読めたんでしょうか?」
リュシアが後部座席から問いかけると、サクラは「当然」と鼻を鳴らした。
「“今夜向かう”ってことは、あんたたちだけで行くってことでしょ? ユウリをほっとけるわけないじゃん」
「……ありがとうございます、お姉さま」
「サクラでいいって言ってるでしょ。……それで、場所は?」
その問いに、レネが運転席から答えた。
「港。廃船置き場よ。夜までに到着しないといけないから、時間はないわ」
サクラは左の手のひらに右の拳を打ち付け、窓の外を睨んだ。
「よし。ぶっ飛ばしに行こうか。うちの弟に手ぇ出したらどうなるか、身体に教えてやらないとね!」
「サクラちゃん最高っ☆」
ティアナの声に応えるように、エンジンが唸りを上げる。
車は都心を離れ、夕暮れに染まりつつある海の方角へと走り出した。
豪華客船“サンクチュアリ”――神の名を語る狂信者たちが潜む、闇の神殿へと。




