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第03話「ワレワレハ、焼きそばパンに恋をした」

 全校集会の後。

 教室に戻って朝のHRが終わると、クラス中がそわそわしはじめた。

 全員の視線が、一人の席に向いている。


 窓際、一番後ろの席。

 俺のとなりに、異星人の銀髪美少女、リュシア・セレナが座っていた。

 レースのカーテン越しに、六月の柔らかな光と湿り気を帯びたそよ風が彼女の髪を揺らす。

 銀色の繊細な髪は、まるでそこにだけスポットライトが当たっているように、彼女を輝かせていた。

 背筋をまっすぐに伸ばして、教科書をじっと見つめている。

 その姿だけなら、どこにでもまれによくいるただの美少女。

 真面目な優等生なのだが——


「……えっと、リュシアさん?」


 担任の先生が恐る恐る口を開く。

 名前を呼ばれて、リュシアは顔を上げた。


「授業に関係のないもの……? は、しまってください」


 リュシアの机の上に並んでいたのは、男心をくすぐる謎ガジェットたち。

 光る板。

 立体的な投影装置からは、先生と黒板が机の上に映し出されている。

 そして謎の球体に至っては、ふわふわと机の上空15センチに浮かんでいた。


「あっ、失礼いたしました。これは“学習支援モジュール”なのですけれど……地球では使用不可、でしょうか?」


 そう言って、全部をふわっと浮かせて、カバンにしまう。

 魔法少女かよ。


「……まあ、地球では一般的に“ノートとシャーペン”っていうやつを使うんだ。俺の余ってるやつあげるよ」


「ノート。シャーペン……なるほど、シャーペンとはシャープペンシルの略称ですね。とても興味深いです」


 俺のまねをして、ノートと教科書を開く。

 ほっとした教師が授業を進めようとするのを、あの男が黙って見過ごすはずもなかった。

 ヤツが……動く。


「なあリュシアちゃん! おれずっと気になってたんだけどさ!」


 俺の前の席から、ケンゴが身を乗り出す。

 イヤな予感しかしない。

 授業中の教師を完全に無視して、ケンゴは立ち上がって、自分の喉に水平に手刀を当てた。


「宇宙人ってさ、こう、『ワレワレハ ウチュウジンダ』ってしゃべり方すんじゃないかと思うんだよ」


 喉をポコポコと手刀でたたきながら、声を震わせるケンゴ。


「こう『ワレワレハ、ブンカノ コウリュウヲ シタイ』みたいな感じでさ」


 リュシアは一瞬だけ首をかしげたあと、さらりと答える。


「わたくしたちのデータベースに、そのような声帯および発生方法を持つ宇宙人は登録されておりません」


 まだ笑っていいのか探り探りではあるものの、このマジレスには声を出して笑う生徒もいた。

 だがケンゴはめげない。


「じゃあさ! ちょっとやってみよ! ハイ! リピートアフタミー!」


 椅子の上に立ち上がり、両手を大きく広げるケンゴ。


「ワレワレハ!!」


 当然ながら、誰もアフターにリピートするヤツはいない。

 ――と、思った瞬間、リュシアは一拍置いて姿勢正しく立ち上がった。


「ワレワレハ。……こうでしょうか?」


 手刀でポコポコしながら。

 完璧すぎるモノマネで乗ってくる。


「ミンナノ トモダチニ」


「ミンナノ トモダチニ」


 声色まで忠実に再現。

 そして真剣そのものの無表情。

 教室は、がまんできず爆笑に包まれた。


「だめだ! かわいすぎだろ!」

「宇宙人のものまね、完璧なの草」

「ちょっとリュシアさんって天然系なの?」

「ずるいって! 宇宙人の宇宙人ものまねは!」


 あちこちからクラスメイトの言葉が降り注ぐ。

 突然押し寄せる友人としての優しい感情に、リュシアは少し驚き、そして小さく微笑んだ。


「これは……良い文化的交流ですね」


「だよね! おれナイス!」


 朝の人間離れした完璧な美少女のイメージはどこへやら、教室の空気は一気に緩んだ。

 なんというか、親しみがある。

 その後は、休みの時間になるたびに、リュシアの周りには人だかりができるようになった。


 そして昼休み。


 俺とケンゴが購買の袋を片手に教室へ戻ると、リュシアが席で何やらチューブ状の物体を食べようとしていた。


「それ、なに?」


「携帯栄養食です。今日はせっかくですので奮発して、嗜好性しこうせい栄養食FLX-02を」


 やばい、ぜったい不味いやつだ。


「それちょっとしまっとこうか。焼きそばパンと、コロッケパン。どっちがいい?」


 お近づきの印だって並べると、リュシアは真剣な顔で二つを見比べた。


「それではこの……鮮やかな色の物体が乗っている方を、いただいても?」


 紅ショウガの誘惑により、焼きそばパンの勝利。


「オッケー、ここの購買の焼きそばパンはなかなか買えないんだぜ。初日から食べられるのは運がいい」


「では、地球の食事を、いただきます」


 ぱくっ。


 意外と思い切りよくかじりついた。

 あふれるくらいに乗っているジャンキーなソース味の焼きそばが、柔らかいコッペパンと一緒に何度か咀嚼される。

 沈黙のままリュシアはそれを飲み込んだ。


「……」


 ぱくっ。

 沈黙の後、なにかの感想が返ってくるかと身構えていた俺たちをよそに、リュシアはまた焼きそばパンにかじりつく。

 咀嚼。

 みるみるうちにライラックの瞳に光がともった。


「こ……これ」


 何か言いかけ、ごくんと飲み込む。

 言い終わる前にまた、パクッ、もぐもぐ、ごくん。

 何度か繰り返してついに焼きそばパンを制覇したリュシアは、ほぉっと満足のため息をつくと、最後には興奮気味に腰を浮かせた。


「こ、この『焼きそばパン』というご馳走を、もう一つ所望いたします!」


「今日はもう売り切れてるって」


「味も色も香りも……とても複雑で、すきです。栄養価には問題がありますが……こんな“食欲という衝動”もいいものですね」


「リュシアちゃん、焼きそば星人って呼んでいい?」


「いえ、セレーヌ人ですが……気に入りました。喜んで名乗らせていただきます」


 教室の空気が、なんだかとてもやさしい。

 最初は距離のある異星人だった彼女が、急に、普通の“クラスメイト”になっていく。


 俺もケンゴも、周囲も、少しずつ。

 リュシア・セレナという異星人を、誰もがちゃんと“友だち”として、自然に受け入れていった。

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