疑念
ラクレスは、旅支度をしていた。
基本的に荷物は少ない。革袋に必要なものを入れて紐で縛り、担ぐだけ。
最悪、無くなっても問題はない。
「……よし」
『寝袋、ナイフ、着火道具、非常食、カップに鍋に、調味料……いらねーモンばっかだな』
「必需品ばかりだろ。まあ、最悪なくなっていいものだけどな」
鎧を纏ってから寝袋を使ったことがない、ナイフは『形状変化』で指先をナイフにできる、非常食も魔獣を狩れば問題はない、調味料はあってもなくてもいい、カップや鍋は木や石を削ればできる。
だが、ないに越したことはない。
聖光国ルミナリアへの出発は明日。準備を終え、ラクレスはベッドに転がった。
「……ダンテ、そろそろ教えてくれ。聖光国ルミナリア……いや、女神カジャクトについて、お前はどこまで知ってるんだ?」
『…………』
「ダンテ、おい」
『うるせぇ。言いたくねぇし、オマエには関係ない』
ダンテは、女神カジャクトを嫌悪していることはわかった。
だが……『決して女神カジャクトは人の味方ではない』と、ダンテは言う。その真意をラクレスは確かめたかった。
が……取り付く島もない。
『んなことより、レイアースのお嬢ちゃんを同行させないようにしろって言ったよな』
「無理に決まってるだろ……」
ダンテは、なぜかレイアースの同行を拒否するよう何度も言う。
だがそれは不可能だった。
「七曜騎士は、交代で聖光国ルミナリアに行ってるんだ。何をしてるかはわからないけど、ソラシル王国は神器、聖光国ルミナリアでは女神の血族と、女神カジャクトとは切っても切れない関係らしいからな」
『……クッソが』
「お前、何をイラついてるんだ?」
『…………』
ダンテは、ずっとイライラしていた。
なんだかんだで、ラクレスはダンテとずっと一緒なのだ。感情の変化を感じ取れるようになり、精神状態が不安定なことにも気づいている。
いつものダンテではないと、ラクレスはずっと気にしていた。
『……とにかく。気をつけろよ』
「…………」
ラクレスは答えることなく、大きなあくびをして眠りに落ちた。
◇◇◇◇◇
翌日、荷物を手に屋敷を出て、集合場所である中庭へ行くと。
「おはようございます、騎士ダンテ」
クリスがいた。
騎士の装いではない、ドレスを着た王女としての装いだった。
そして、侍女が数名に護衛兵士が数名、立派な馬車の傍にいた。
クリスはラクレスに近づき、申し訳なさそうに言う。
「すみません。今回は騎士としてではなく、王女として同行することになりまして……同行者が多くなりましたが、よろしくお願いします」
「はっ、王女殿下をお守りいたします」
ラクレスは騎士として敬礼。クリスは微笑むと、馬車のほうへ。
そして、自分たちの荷物を入れる馬車の前に、レイアースとエクレシアがいた。
ラクレスが近づくと、レイアースが頷く。
「おはよう。荷物はこの中へ」
「ああ」
革袋を馬車に放り投げ、ダンテは二人に向き直る。
そして、エクレシアに軽く一礼した。
「おはようございます。騎士エクレシア」
「おはよう。ふふ……エクレシアでいいわ。さて……軽く今回の件について、改めて説明するわね。レイアース、あなたも」
「はい、師匠」
ダンテ、レイアースがエクレシアの前に立つ。
「今回の主な任務は、クリス王女の護衛、そして七曜騎士レイアース、エクレシアの『洗礼』と、七曜騎士ダンテの挨拶が主な任務よ」
「……洗礼?」
聞きなれない言葉に、ダンテは思わず聞き返す。
すると、レイアースが自分の腰にある剣の柄に触れて言う。
「昨日、説明はなかったな。七曜騎士の神器は、女神カジャクトが残した武器であることは知っているな? その神聖さを保つために、女神カジャクトの血族である聖光国ルミナリアの王族が、祝福をする。そうすることで、神聖さを保っている」
「……そうなのか」
『…………』
ソラシル王国に長く住み、兵士として働いていたラクレスも知らない話だった。
すると、エクレシアが人差し指を口に当てて小声で言う。
「今の話、誰にも言わないように。これは、七曜騎士と陛下しか知らない話だから。理由……言わなくてもわかるわよね?」
「ええ。つまり……聖光国ルミナリアの王族が途絶えたとき、神器は力を失うということですか」
「そう。魔人に狙われたら……って考えるとね。だから、内緒。それとレイアース……この話、外で軽々しくすることじゃありません」
「あ……も、申し訳ございません!!」
レイアースは頭を思いきり下げた。
エクレシアは厳しい顔をしたが、すぐに笑顔になる。
「ふふ。ダンテくんを仲間と認めたからこそ、すぐに説明したのかしらね」
「あぅ……」
「……その、感謝する」
「うぐぅ……し、師匠!! 話の続きを!!」
クリス王女の護衛について、エクレシアは説明する。
聖光国ルミナリアは隣国だが、王都までは距離があるので交代の警備になること、道中の魔獣などはすべて七曜騎士で片づけるため警戒を怠らないこと。これらの説明を受ける。
そして、全ての準備を終え、馬車が出発……ダンテ、エクレシア、レイアースは自分の馬に乗り、それぞれクリスの馬車を守るために並走するのだった。
◇◇◇◇◇
「聖光国ルミナリア、王都までは一週間だ」
レイアースが、ラクレスと並走しながら言う。
ラクレスは頷き、クリスの乗る馬車、そしてその後ろに控える馬車が数台あるのを確認。
(なるほど……護衛兵士は、馬車に常駐か。周囲の警戒、魔獣の対処は全て俺たちの仕事になるんだな)
『めんどくせえな。フツーは雑魚の始末なんて部下がやるモンだろ』
(おそらく、兵士たちは聖光国ルミナリアでクリスを直接護衛する任務があるんだろうな。俺たちは俺たちで、クリスとは別行動になるんだろう)
『めんどくせえ……』
ダンテは、やる気が感じられない。
ラクレスが文句を言おうとした瞬間、街道の藪から無数の矢が──。
「……えっ」
矢が、一瞬で消し炭になった。
レイアースもラクレスと同じタイミングで対処しようとしていたが、すぐに安心して剣の柄から手を放す。
ラクレスは気づいた。
「……エクレシア、さん」
「さん、は必要ないわよ? ふふ、お顔が見えないから何歳かわからないけど、同僚なのだしね」
エクレシア。
腰にある細剣、『雷神器イナンナ』から、紫色に輝く雷が瞬いていた。
一瞬で剣を抜き、矢が飛んできた方向に向かって雷を飛ばし、矢の射出地点にいた魔獣か盗賊に雷を叩き込んだのだ。
恐るべき速度に、ダンテは鎧の内側で冷たい汗を流す。
(お、俺……こんな人と戦ったのか)
『バケモノめ。間違いなく、こいつ一人でオマエがこれまで戦った魔装者を全員容易く始末できるぞ』
エクレシアは、微笑を浮かべたまま「さ、前を向いて」と言うのだった。




