聖光国ルミナリア
魔装者との戦いが終わり、平和な日常が戻って来た。
現在、ラクレスは王城の敷地内にある自分の屋敷の庭で、剣を振っていた。
「ふっ、はっ!! せいっ!!」
『おいおいラクレスぅ、もうやめろよ。んな剣振るより、もっとオレ様の『形状変化』をだな』
「うるさいな。形状変化もだけど、俺は剣の稽古は、かかさない!!」
剣を振るい続けるラクレス。
たまに、鎧を変形させ、背中からムカデのような『腕』を作り、先端を剣にして振るう。
さらに、右腕を蛇のように変え、そのまま的に向かって突き出し、左腕を銃口のように変え、的に向かって魔力の弾を連射する。
背中から八本の蜘蛛足を作り、的に向かって連続で突き刺す。
『ケケケッ、なんだなんだ、剣術はどうした?』
「あ、あれ……し、しまった。つい……」
思わず、『形状変化』での攻撃をするラクレス。
ダンテは言う。
『オマエ、蜘蛛、ムカデ、コウモリ、蛇のイメージが上手いな。形状にもそれが顕著に出てる』
「……なんでだろう。正直、動物や虫は嫌いじゃないからな」
『虫ねぇ……オマエ自身、魔力を持つ連中から虫扱いされたことで、同じ境遇の虫を嫌いになれないとかなんだろ?』
「…………かもな」
ムカデは、遠征の野営で先輩から『食えるぞこれ』と教わった。焼いて食べると苦みこそあったが、慣れれば普通に美味しかった。
同じく、蛇や蝙蝠も同じだった。非常食として非常に役立ったことを覚えている。
蜘蛛は、子供のころからカッコいいとは思っていた。
『ま、どんな形であれ、オマエにとっていいイメージならこれからも使うといいさ』
「ああ、そうするよ」
すると、屋敷のドアがノックされ、ソラシル王国の王女であり、今はラクレスの専属騎士でもあるクリスが入って来た。
「失礼します。七曜騎士『闇』のダンテ様、国王陛下がお呼びです」
「陛下が? わかった、今行くよ」
思わず素のラクレスで答えてしまったが、クリスは頷くだけだった。
そして、そのまま帰るでもなく普通に言う。
「お父様の用事だけど、たぶん……ルミナリアのことだと思う」
騎士ではなく、王女としての声だった。
ラクレスはダンテに『おい、黒騎士ダンテとして対応しろ』と言われたので、軽く咳払いして言う。
「コホン……ルミナリアとは、聖光国ルミナリアのことか?」
「うん。ソラシル王国とは違う、女神カジャクト信仰の国……どうやら、そこから使者が来てるみたい」
『ちょっと待て』
と、ダンテがいきなり止めた。
思わず息を止めるラクレス。
(な、なんだよいきなり)
『ルミナリアってどういうことだ。女神カジャクト信仰の国だと?』
(……そのままの意味だよ。ソラシル王国は、女神が降り立ち、七曜の武器を残した国ってのは知ってるよな? ルミナリアは、女神カジャクトが流した血を啜った人間が作った、女神カジャクトを信仰するもう一つの国だ。正直……ソラシル王国とは仲が良くない。昔、七曜の武器はルミナリアが管理すべきであるとか言って、戦争になりかけたこともあるくらいだ)
『…………血、だと』
ダンテの様子がおかしかったが、クリスが「じゃ、行きましょうか」と歩き出したので、ダンテを気にしつつラクレスは歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
謁見の間に行くと、すでに使者は去った後だった。
ソラシル王国、国王ハイゼンベルクは、どこか疲れたように言う。
「やれやれ……ああ、すまんなダンテ。楽にしていい」
ラクレスは立ち上がる。
ハイゼンベルクの隣には、王女クリスと、七曜騎士筆頭のイグニアスがいた。
さっそくハイゼンベルクは言う。
「さっそくだが、ダンテ。そなたには聖光国ルミナリアに行ってほしい」
「……聖光国に、ですか?」
「ああ。先ほど、ルミナリアの使者が来てな……ああ、魔人であるお前は知っているか? 聖光国ルミナリアについてだ。ふむ……クリス、説明してやれ」
「はい、陛下」
知っています、とは言えなかった。
だが、ここで下手に意見をするより、復習をかねて話を聞くことにした。
◇◇◇◇◇◇
聖光国ルミナリア。
女神カジャクトが流した『血』を啜った人間が作り出したソラシル王国の東方、山岳と聖原に囲まれた内陸国家であり、王制、神権政治という体制である。
国民性は敬虔、従順、規範重視。国民のほぼ全員が女神信仰を持つ、世界でも稀有な『純粋信仰国家』であった。
ルミナリアにおいて、女神カジャクトは単なる信仰対象ではない。
『正義』『救済』『秩序』『贖罪』の象徴であり、国そのものの精神的支柱。生まれた瞬間に洗礼を受け、日々の生活に祈りが組み込まれているほど、その信仰は深い。
さらに、法律、裁判、処刑、赦免にまで女神教義が関与……つまりこの国では、『女神に背くことは国に背く』という認識が完全に定着している。
「ソラシル王国との関係性は、表向きは友好国ですが……正直なところ、微妙な緊張状態とも言えますね。ソラシルは女神信仰を『国家の一要素』として扱うけど、ルミナリアは女神信仰を『国家そのもの』として扱う……この辺りが違いますね」
「なるほど……」
『…………』
ダンテは何も言わない。
ハイゼンベルクは続ける。
「新たな七曜騎士として、そなたは女神カジャクトと縁の深いルミナリアに行き、カジャクトの後継者である女王マティアスに会わなければならん」
「……女王、に」
「とまあ、それは建前。やれやれ……マティアスが、七曜騎士『闇』であるそなたに会いたいと言っている。女王直々の頼みとなれば、無視するわけにもいかん」
「無視してもいいのでは?」
と、クリスが面倒そうに言う。ハイゼンベルクは困ったようにするだけだった。
代わりに、咳払いをしてイグニアスが言う。
「謁見し、挨拶をするだけでいい。一度、ルミナリアに行け。七曜騎士である以上、ルミナリアを無視することはできんのだ。仮にも、女神カジャクトの血を浴びし王族であることに違いないからな」
「……わかりました。王命、拝命しました」
ラクレスは騎士の礼をする。
クリスが言う。
「では、案内人は私が。それと……七曜騎士『光』のレイアースと、『雷』のエクレシアを同行させます。今回は、あの二人が挨拶に行くことが決まってますので」
七曜騎士は定期的に、ルミナリアに行っているようだ。
七曜騎士、七曜の武器、そして女神カジャクトの血を浴びた王族……ルミナリアは無視のできない場所であるようだ。
ラクレスは下がり、王城の通路を歩く。
(さすがに今回は魔装者との戦いはなさそうだな)
『……胸糞悪ぃ』
(おいダンテ……お前、どうしたんだ?)
『ラクレス。これだけ言っておく』
ダンテは、心の底から忌々しそうに言った。
『女神カジャクトの血を浴びた王族とかいう連中、気を付けろ。いいか……肝に銘じておけ。女神カジャクトは決して、人間の味方じゃねぇ』
「は?」
それだけ言い、ダンテはもう喋らなかった。




