帰還後のラクレス
王都ソラシルの白き城門が見えた瞬間、張り詰めていた空気が、ようやく緩んだ。
遠征から戻った部隊の先頭を歩くのは、黒鎧を纏った一人の男――ラクレス・ヴェンデッタ。
その背後には、光のマントを翻す七曜騎士『光』のレイアース、そして軽装のまま周囲を警戒するエリオの姿があった。
城門の兵士たちは、彼らの姿を認めるや否や、慌てて号令を飛ばす。
「七曜騎士帰還!! 任務、完遂!!」
門が開かれ、王都の日常が目の前に広がる。
白い石畳、行き交う人々、遠くから聞こえる市場の喧騒。
それらすべてが、つい先ほどまでの死地が幻だったかのように思わせた。
(……戻ってきたんだな)
ラクレスは、胸の奥で静かに息を吐いた。
王城では、簡潔な報告が行われた。
魔装者三名の討伐、そして敵の斥候が撤退したこと。
余計な誇張はなく、事実だけを淡々と並べた報告だった。
「――以上です」
最後にそう締めたのは、エリオだった。
報告を受けた上官たちは、深く頷く。
「ご苦労だった。想定以上の戦果だ」
そう言われても、ラクレスは特に表情を変えなかった。
ただ、無事に戻れたという事実だけが、胸の奥でじんわりと重みを持っていた。
報告が終わり、解散となった廊下で、エリオがラクレスの肩を軽く叩く。
「ダンテ……本当に助かったよ。正直、あの状況で全員生きて帰れるとは思ってなかった」
「……俺一人じゃ無理だった」
「謙遜はいいって。君がいなきゃ、あの場は崩壊してた」
そのやり取りを聞いていたレイアースが、一歩前に出る。
「ダンテ」
彼女は、真っ直ぐ彼を見た。
「改めて礼を言う。お前の判断と覚悟が、皆を生かした」
一瞬、言葉に詰まる。
彼女から、こうして正面から感謝を告げられることは、そう多くない。
「……役目を果たしただけだ」
「それでもだ」
レイアースは、柔らかく微笑んだ。
「お前が戻ってきてくれて……よかった」
その言葉に、ラクレスは視線を逸らし、小さく頷くしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
久しぶりの自室は、驚くほど静かだった。
鎧を外し、剣を壁に立てかけ、ベッドに腰を下ろす。
ベッドが軋む音……それだけで、身体の力が一気に抜けた。
「……生きてる」
『ケケケ。そりゃよかったなあ』
「ああ。本当の疲れたな……眠い」
ダンテがからかうように笑う。ラクレスは適当に返事をした。
単純な事実だが、それが何よりも重い。
目を閉じると、戦場の光景が脳裏をよぎるが、不思議と心は荒れていなかった。
――コンコン。
控えめなノック音が、扉の向こうから響いた。
「開いてる」
入ってきたのは、ウルフとアクアだった。
「よう、まだ死んでなかったか」
「フン、ちょっと失礼ね。むしろ元気そうじゃない」
二人とも、いつもの調子だ。
それだけで、場の空気が一段軽くなる。
「で? 今回の件、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
「お酒、付き合いなさい」
「え……」
ウルフはジョッキを煽るような動きをし、アクアが短くそう言った。
ラクレスは微妙に首を傾げて言う。
「……今から?」
「今だから、だ」
ウルフに肩を叩かれ、ラクレスは一瞬迷う……そして、頷いた。
「……わかった。でも、あまり飲めないぞ?」
「問題はない。話がメインだしな」
「そうね。レイアース、エリオと一緒だったのよね? いろいろ聞かせてもらうわよ」
二人に連れられ、ラクレスは町へと出かけるのだった。
◇◇◇◇◇◇
王都の酒場は、夜になっても賑わっていた。
木造の店内には、笑い声と酒の匂いが満ちている。
「「「乾杯!!」」」
三人のジョッキがぶつかり合い、音を立てる。
せかされたので、ラクレスは今回の戦いについて説明する。
エリオに頼まれ、魔装者三人と同時に戦ったこと、エリオとレイアースも魔装者と戦ったこと。そして、戦い方、敵の情報などを語る。
終わるころには、ジョッキ三杯目になっていた。
ウルフはジョッキを煽り、ドンとテーブルに置く。
「三人相手に生き残るとか、どれだけの無茶をした?」
「無茶しかしてないさ」
ラクレスの答えに、ウルフが大笑いする。
「だろうな!! チッ……オレがその場にいれば、お前の負担は軽減されていただろう」
初めて出会った時の敵意が嘘のように、ウルフは親しみやすくなっている。
アクアも、頬を赤く染めてチーズを咀嚼。
「フン。あたしだって、一緒に戦いたかったわ。くっそー、レイアースのヤツ……今度はあたしがいっしょに、いくからねぇ」
アクアは酔っているようだ。やや呂律が回らなくなっている。
そのとき、背後から声がした。
「――私も混ぜてくれるかしら?」
振り向くと、そこにはエクレシアが立っていた。
驚くラクレス、ウルフ。アクアはぼんやりとエクレシアを見ていた。
ラクレスは言う。
「……いつからいた?」
「今来たところ。楽しそうだったから」
当然のように席に加わる彼女に、誰も文句は言わなかった。
酒を飲み、話をする。戦いの話、失敗談、どうでもいい愚痴。
ラクレスは、グラスを傾けながら思う。
(……こうして、戻って来られたんだ)
ただ、仲間と酒を飲む夜。
それが、何よりも尊いと感じられた。
だが――その安堵は、長くは続かない。
この平穏が、嵐の前触れであることを、まだ誰も知らない。
ここではないどこかの国では、静かに崩れる準備を始めていた。




