次なる舞台
魔界――『罪滅』地区。
常に赤黒い瘴気が立ち込め、地表には罰を刻むような亀裂が走るこの地は、冥府六将が一角、『罪滅』のエクスパシオンの支配領域である。
その中心にそびえるのが居城。黒曜石のような外壁と、無数の処刑台を模した尖塔を持つ巨大な居城だ。
その最上階、大広間。
安っぽい椅子に腰掛けていたのは、白と黒の仮面をつけた魔人――エクスパシオンだった。
「――はは……ははははは!!」
仮面の奥から、愉悦に満ちた笑い声が響く。
彼の前には、二人の配下が跪いていた。
一人は、大きなツボを背負った少女、カトレア。
もう一人は、首にニセモノの蛇を巻いた少女、シュネク。
二人は主の機嫌が極めて良いことを察し、言葉を挟まず沈黙を守っている。
「聞いたかい? あの鎧クン……やっちゃったよ」
エクスパシオンは、玉座の肘掛けを叩きながら言った。
「凶悪級を三つ、一人で屠ったそうじゃないか。しかも、魂まで喰らったと来た」
その声音は、怒りではない。恐怖でもない。
明確な――『喜び』だった。
「いやー楽しいね。実に楽しい、あはは!! こんなに楽しいのは久しぶりだよ」
エクスパシオンは立ち上がり、仮面を被って広間を歩く。
仮面の奥で、確実に笑っているのがわかる。
「七曜騎士に任命されているけど、あれは間違いなく『こちら側』だ。もしかしたらボクら冥府六将に匹敵する存在かもしれない……そんな彼が牙を剥き、同士である魔族を喰らう。いやぁ、長く生きてるけど、こんなこと初めてだよ!!」
彼は断言した。
「楽しくなる。もっともっと楽しくなる。あはははは!! ゲームを初めてよかったよ!!」
エクスパシオンは子供のように笑っていた。
そして、カトレアは静かに口を開いた。
「……では、次の『遊戯』を?」
「ああ」
エクスパシオンは頷いた。
「これまでは様子見だった。だが、もういい。こちらが一段、盤を進める」
その時だった。広間の空間が、歪んだ。
空気が圧縮され、知識と狂気が混ざったような魔力が満ちる。
「おっとっと。いやぁ~、楽しそうだねエクスパシオン。キミの笑い声、城全体に広がってたよ?」
声と同時に、空間から一人の魔人が姿を現した。
冥府六将、『天津甕星』ペシュメルガ。
長衣を纏い、手にした魔導書のホコリをポンポン払う。
「おやおや、これはこれは。ペシュメルガ……引きこもりのキミが、わざわざここに来るなんてね」
「まぁね。これで冥府六将の配下が一人、みんな死んじゃった……ああ、ニャンニャンは別か。まあ、そろそろキミがゲームを次の段階に進めると予想してね、提案に来たんだ」
「提案?」
ペシュメルガは「うん」と淡々と言う。
「『暗黒鎧』……あれはすごいねぇ。魔神様に喰らわせれば間違いなく、その濃くどす黒い魂は至上の糧となる。極上の栄養で間違いなく魔神様は復活するよ。正直、今のうちに仕留めたいね」
エクスパシオンは肩をすくめる。
「だろう? だからこそ、次は派手にやろうと思ってね。誰をぶつけるか……」
「――愚策だね」
即座に、ペシュメルガは否定した。
広間の空気が、一瞬で冷える。
「直接戦闘じゃ、配下じゃ勝てないよ。三対一でも負けたんだ。それに、魂を喰らってさらに強くなってるはず。このまま配下を全員食らわせれば、冥府六将であるボクらと同じ領域まで登ってくる。そうなればボクらが直接戦うしかない……もし、ボクらの一人でも負けて、魂が喰らわれることがあれば、もう手が付けられない」
「まあ、理にかなっているね。でも、ゲームの仕掛け人はボクだ。キミにどうこう言われてもねぇ」
「だから、提案なのさ」
ペシュメルガは歩み寄り、エクスパシオンの前に立つ。
「彼を直接叩くんじゃなくて、彼の周りの『世界』を叩くのさ」
「……ほーう?」
ペシュメルガは、静かに言った。
「一国を舞台にする。彼じゃなく、彼の周りを狙う。それで、彼が奔走する姿を見るのも楽しいんじゃない? 舞台や仕掛けを利用すれば、真正面じゃなくても彼を倒せるかもしれないよ? それに……そういうの得意な子もいるでしょ」
ペシュメルガは、チラッとシュネクを見た。
エクスパシオンは、笑みを深める。
「国堕とし、か。それも悪くないねぇ」
「でしょー? 堕としがいのある人間の国、いくつか見繕ってみたよ」
ペシュメルガは、手にした本をめくる。すると透明なページを何枚か千切り、エクスパシオンに投げる。そのページはエクスパシオンの前で塵となり、エクスパシオンの頭に吸収された。
「……へえ、面白いね。ていうか、こんな国があったなんてね」
「いいでしょ? ボクら魔神崇拝者ではない、人間たちの……『女神崇拝者』たちの国。そこを舞台にして、国堕としゲームをする……」
「いいね~……ペシュメルガ、キミの提案に乗ってもいいかもね」
エクスパシオンは手をパンと叩く。
「ダンテくんは人間が好きみたいだ。もし、人間が大勢犠牲になれば……心が、折れる」
エクスパシオンが続きを口にした。
「あるいは、闇に堕ちる」
沈黙が落ちる。
やがて、エクスパシオンは大きく笑った。
「ははははは!! いい!! 実にいい提案だ、ペシュメルガ!!」
彼は両手を広げた。
「よし。『ゲーム』の盤を、国家規模に拡張しよう。主役は――ダンテくんと、その国だ。シュネク、今回はキミの出番だよ」
シュネクが頭を垂れる。
「承知しました」
ペシュメルガは踵を返し、転移の準備に入る。
「じゃ、細かいところは任せるね。帰って準備しなきゃな~」
「ああ、ありがとうペシュメルガ。それと……提案を聴くのは今回だけ。フフ、わかってるよね?」
「もちろん。キミを手名付けようなんて思ってないさ……じゃあ」
空間が再び歪み、彼の姿が消える。
後に残ったエクスパシオンは、椅子に戻り、静かに呟いた。
「踊ってくれよ、ダンテくん。次の舞台は女神崇拝者の国。ある意味で……キミにとって最悪の国だ。フフフ、さぁて……楽しませてもらおうか」
仮面の奥で、確かな期待が燃えていた。
それはやがて、人界を巻き込み、一国を飲み込む『災厄』へと姿を変える――その、始まりだった。




