高まる力
戦場に、静寂が戻りつつあった。
つい先ほどまで三つの殺意が渦巻いていた場所には、今や倒れ伏した三人の魔装者と、立ち尽くす一人の男だけが残されている。
ラクレス・ヴェンデッタは、剣を下ろしたまま動かなかった。
呼吸は荒く、黒鎧の内側で心臓が強く脈打っている。
そして。彼の足元に転がる、三つの呪装備。
砕けた棍棒の核、血に濡れたヘッドドレス、ひび割れた半透明のプレート。
それらが、微かに――いや、はっきりと脈動し始めた。
「……ダンテ」
ラクレスが呟くより早く、黒鎧が低く鳴動した。
『ああ。ごちそうだぜぇ? ケッケッケ!!』
ダンテの声が、いつもよりも生々しく響く。
ラクレスが呪装備に手を向けると、棍棒、ヘッドドレス、半透明のプレートが砕け散り、半魔神の魂が飛び出し、ラクレスの手に吸い寄せられていった。
それは――魂。
女神カジャクトによって歪められ、封じられた半魔神の魂そのもの。
『いただきまぁ~す!!』
黒鎧が、喰らった。
呪装備に宿っていた魂が、悲鳴とも嘆きともつかぬ波動を放ちながら、鎧の奥へと引きずり込まれていく。
次の瞬間……ラクレスの膝が、わずかに沈んだ。
「っ……!?」
重い。
比喩ではない。
まるで世界そのものが、突然彼の身体にのしかかってきたかのような圧力。
『半魔神級の魂が三つだ。さすがに……少し、効いたな』
「少し、って……!!」
ラクレスは歯を食いしばり、体勢を立て直そうとする。
だが、いつもと同じ動きが、わずかに遅れる。
(身体が……重い!?)
魔力の流れが変わった。
鎧と肉体、そのつなぎ目が一瞬だけ軋んだ感覚。
『安心しろ。拒絶反応じゃねぇ』
ダンテの声が、低く落ち着いた調子に戻る。
『力が増えた分、馴染むまでの誤差だ。ほんの一瞬で終わる』
「……そういうのは、事前に言え」
『言ったところで変わんねーだろ』
「当たり前だろ……!」
だが、数秒もしないうちに――重さは、嘘のように引いていった。
代わりに、黒鎧の内側から湧き上がる感覚。
より深く、より濃く、闇が根を張った感触。
『……よし』
ダンテが、満足そうに息を吐く。
『これで、凶悪級三つ分だ。悪くない』
「悪くない、で済ませるな……」
ラクレスは肩で息をしながらも、ゆっくりと立ち上がった。
剣を地面に突き立て、空を仰ぐ。
「……で? 強くなったのか?」
『おう。命も補填できた。やっぱ質のいい魂は違うねぇ』
ダンテは、愉快そうに笑った。
「それ、褒めてるのか?」
『最高級の賛辞だ』
そのときだった。
「――ダンテ!!」
聞き慣れた声が、戦場に響いた。
白い光を纏って駆け寄ってきたのは、レイアースだった。
その少し後ろからエリオも続く。
「無事か!?」
「……派手にやったねぇ」
レイアースはラクレスの前で立ち止まり、全身を見渡す。
血、傷、ラクレスの鎧を見て、小さく息を吐く。
「……生きてるな」
「ああ。なんとか」
短い言葉……だが、それで十分だった。
エリオが、肩をすくめる。
「いやあ……正直、もうちょっと時間かかると思ってたんだけど。三人まとめて相手して、この結果は上出来だよ」
「……上出来、で済む話じゃない」
レイアースは、ラクレスを真正面から見据えた。
「無茶をしすぎだ。三対一に持ち込んだのだろう? 命を失っていた可能性もあるぞ!!」
「……そうか」
「そうだ」
即答だった。
「だが――」
彼女は一度、言葉を切り、そして。
「よくやった。七曜騎士として、お前を誇りに思う。ありがとう、ダンテ」
真っ直ぐな声で、そう言った。
ラクレスは一瞬、言葉を失い――やがて、視線を逸らした。
「……礼を言われるほどのことじゃない」
「言わせてくれ」
レイアースは、そう言って微笑んだ。
エリオが、軽く手を叩く。
「はいはい、感動は後にしてさ。これから残務処理の時間。それに、敵がまだいるかもしれないし、警戒は続けるよ」
エリオはそう言い、ラクレスとダンテはようやく我に返るのだった。
◇◇◇◇◇◇
その頃――戦場から、はるかに離れた大樹の上。
「……うへえ」
そこにいた小柄な影が、目を見開いた。
魔装者ケットシー軽快な身のこなしを誇る斥候であり、冥府六将に仕える者の一人。
彼は、遠眼の魔具を通して戦場を見ていた。
――否。見ていた、つもりだった。
「……うっそぉん」
視界に映るのは、倒れ伏すモクレン。
動かないジュリアン。
そして――完全に沈黙したインビジブル。
「……全滅?」
背筋に、冷たいものが走る。
「いや、いやいやいや……待て待て待てにゃん」
彼は慌てて魔具を外し、周囲を見回した。
「……あの三人、いい感じに押してたけど、一撃ずつ入れられて負けちゃった。うへええ……こわい」
信じられなかった。
凶悪級呪装備を使う魔装者が、三人同時に。
しかも――相手は、一人。
ケットシーは、即座に判断した。
「これは……報告案件。いや、報告だけじゃ済まない。早くニャンニャン様に……!」
天仙猫ニャンニャン、冥府六将の一角。
軽やかな跳躍、逃走。
もはや、戦場を振り返る余裕すらなかった。
◇◇◇◇◇◇
再び、ラクレスたちの元。
エリオが、空を見上げる。
「……逃げたね。一匹」
「え?」
「な、何? エリオ、一匹……とは、どういうことだ?」
「そのままの意味。斥候か、偵察か……気配は掴んでいたけど、すごい速さで遠ざかってる。さすがに追いつけないな」
「な、なぜそれを先に言わなかった!!」
「逃げちゃうかもしれないでしょー? とりあえず泳がせて、接近してきたら、って考えてたんだけどね……まあ、仕方ないか。そうだよね、ダンテくん」
ラクレスは、静かに答えた。
「ああ、問題ない」
『むしろ、好都合だ』
ダンテの声が、低く響く。
『伝えろ。見せつけろ。冥府六将に』
黒鎧が、わずかに蠢いた。
『――狩られる側が、入れ替わったってな』
ラクレスは、拳を握る。
レイアースとエリオが、その背に並ぶ。
戦いは、終わった。
だが――物語は、確実に次の段階へ進み始めていた。
遠く、見えない場所で。
天仙猫ニャンニャンへと、凶報が届こうとしていることを――まだ、誰も知らない。




