呪装者との戦い⑤
戦場の空気が、目に見えて歪んだ。
ラクレスの前に立つ三人――モクレン、ジュリアン、インビジブル。
だが、三人の視線は必ずしも同じ方向を向いてはいなかった。
(……連携する気は、ないな)
ラクレスは剣を構えたまま、三者の気配を読む。
互いに背を預ける様子はなく、むしろ――。
「フン……卑怯者どもが、同じ獲物に群がるか」
「群がる? 違うわよ、モクレン。奪うの」
「おやおや。お二人とも、先走るのはよくありませんねぇ」
インビジブルの声は、すでに姿を失った空間から響いていた。
次の瞬間だった。
ゴンッ!! と、大地が爆ぜる。
モクレンが地を蹴り、巨大な棍棒を振り抜いた。
「まずは正面からだァ!!」
棍棒は瞬時に巨大化し、建物一つ分の質量を叩きつける。
「っ――!」
ラクレスは後方へ跳躍。
直後、棍棒は極細化し、鋼線のような形状で追撃してくる。
剣を構え、棍棒を受け止める。
「く……っ!!」
剣で弾くが、重い。
細いにもかかわらず、質量がまるで変わっていない。
(まともに受け続けたら、剣がもたない……!)
だが、その瞬間。
「捕まえたぁ」
背後から、冷たい感触。
ラクレスの腕と脚に、髪が絡みつく。
「ジュリアン、貴様……!!」
モクレンの棍棒が、舌打ちするように空を切った。
「チッ……邪魔をするな、女ァ!!」
「うるさいわね。先に殺したほうの勝ちでしょ?」
髪が締まり、呼吸が奪われる。
ラクレスは呼吸が荒くなるが、静かに息を吐いた。
『おい、ラクレス。落ち着け』
(……わかってる)
ラクレスの背中から、黒い影が噴き出す。
「『黒ノ蜘蛛脚』!!」
八本の脚が展開され、髪を切断。
同時に地を蹴り、ラクレスは宙へと逃れる。
――しかし、そこへ。
「今度は、こちらですよ」
見えない刃が、胸元を掠めた。
「っ――!」
インビジブルの攻撃。
透明化したナイフが、急所を正確に狙ってくる。
(見えない……気配も薄い……!)
ラクレスは即座に『黒ノ糸』を周囲へばら撒く。
「無駄です。私に当たる前に、あなたが死にますから」
糸は空を切る。
その背後で、モクレンが吼えた。
「どいつもこいつも、好き勝手しおってぇ!!」
棍棒が再び巨大化し、周囲ごと叩き潰す。
「邪魔!!」
「……っ!」
ジュリアンの髪が吹き飛び、インビジブルの透明化が一瞬乱れる。
(今だ――!)
ラクレスは、その“乱れ”を逃さなかった。
「『黒き閃光』!!」
漆黒の光線が、空間を穿つ。
インビジブルの肩口が抉れ、姿が一瞬露わになる。
「チッ……!」
だが、同時に――モクレンの棍棒が、横合いからラクレスを殴り飛ばした。
「ぐっ……!!」
地面を転がり、血を吐く。
『ラクレス!!』
(……まだだ)
立ち上がろうとした瞬間、再び髪が絡みつく。
「今度こそ、逃がさないわよん!!」
締め上げられる首。視界が暗くなる。
その時、モクレンが、怒鳴った。
「その拘束、儂の獲物を殺す気か!!」
「知るもんですか。先に奪ったほうが勝ちよ!!」
二人の殺気が、真正面から衝突する。
その一瞬の隙。
『今だ、ラクレス!!』
「――『黒ノ百足』!!」
百足が出現し、地面を這ってモクレンの足へ絡みつく。
「ぬぅ!?」
拘束された一瞬、ラクレスは全力で跳躍し、距離を取った。
息が荒い。鎧は軋み、全身が痛む。
(……三人とも、強い。しかも、容赦がない)
だが――だからこそ。
ラクレスは、剣を構え直す。
「よし……いける!!」
三人を見据え、低く言い放った。
剣先が、ゆっくりと上がり……モクレンが笑った。
「ほう……まだ吠えるか!!」
「面白いじゃない」
「……殺し甲斐がありますね」
三つの殺意が、再びラクレスへ向かう。
だが、その中央に立つ男は、微塵も退かなかった。
――この戦いは、まだ終わらない。
◇◇◇◇◇◇
息が荒い。
ラクレスの胸が上下するたび、黒鎧が軋む音を立てた。
全身に走る鈍い痛みは、確実に消耗を物語っている。
だが――視線だけは、澄んでいた。
三人の敵。モクレン、ジュリアン、インビジブル。
彼らはそれぞれ、距離を取りながらラクレスを囲む……が、陣形と呼ぶにはあまりにも歪だった。
(……連携はない。狙いは同じだが、意識は別々)
モクレンは正面から力で押し潰す気満々。
ジュリアンは拘束からの確殺。
インビジブルは背後・死角からの暗殺。
――だが。
(見えた)
ラクレスは、深く息を吸い込んだ。
これまでの戦闘で、十分すぎるほど観た。
三人の能力、癖、判断速度、そして――油断。
『……おい』
ダンテの声が、低く響く。
『ようやく顔つきが変わったな』
(ああ……わかったよ)
ラクレスは、剣を静かに構え直した。
(こいつらは……自分が狩る側だと信じて疑っていない)
だからこそ、
自分が狩られる可能性を、微塵も想定していない――それが、最大の隙。
「なにをブツブツ言っておる!!」
最初に動いたのは、モクレンだった。
「終わりだァ!!」
棍棒が巨大化し、質量の暴力が振り下ろされる。
空気が震え、大地が砕ける。
だが――ラクレスは、逃げなかった。
「……一人目」
呟きと同時に、ラクレスは前へ踏み込む。
「なっ――」
モクレンの視界が、一瞬で黒に染まった。
ラクレスの背中から展開されたのは、蜘蛛脚ではない。
「『黒ノ蝙蝠羽』」
翼……重力を無視した瞬間加速。
棍棒が振り下ろされる前に、ラクレスは懐へ潜り込んでいた。
(でかい一撃の前には、必ず溜めがある)
モクレンの能力は、棍棒の形状変化のみ。
己の身体は、強化されていない。
だから――そこを狙う。
「『黒き閃光』」
至近距離。
腹部へ、零距離で放たれた漆黒の閃光が、モクレンの身体を貫いた。
「……ぐ、ぉ」
巨体が、そのまま崩れ落ちる。
「なっ……! なによ、それ……!」
驚愕したのは、ジュリアンだった。
彼女の髪が一斉に蠢き、地面を這い、空を裂き、ラクレスへと殺到する。
「動くな……動けないでしょ?」
だが――ラクレスは冷静だった。
「……二人目」
ラクレスは、剣を地面へ突き刺した。
「『黒ノ糸』」
無数の糸が、全方位へ瞬時に展開される。
髪と糸が絡み合い、動きが止まる。
「なっ……!? 嘘、やばっ!?」
(髪は伸ばすもの。だが、糸は――縫い止める)
ジュリアンは気づかなかった。
自分が、すでに動けない位置に誘導されていたことに。
ラクレスは、彼女の正面へ立つ。
「『黒ノ蜘蛛脚』」
一点集中。
心臓を正確に貫く、突き。
髪が、力を失って地に落ちる。
「……ぁ」
ジュリアンは、そのまま崩れた。
――そして、最後の一人。
「……お見事ですね。ですが――あなたは、背中が甘い」
背後……気配は、すでに感じていた。
インビジブルのナイフが、心臓へ突き出される。
「三人目」
ラクレスは、振り向かない。
「『黒ノ百足』」
地面から伸びた百足が、見えない腕を絡め取る。
「なっ――見えて……!?」
(見えなくてもいい)
ラクレスは、静かに言った。
「攻撃意思のある場所は、必ず歪む」
透明化は、完全ではない。
魔力、殺気、空間の揺らぎ――それを、ラクレスは感じていた。
振り返りざま、剣を抜く。
「終わりだ」
「くっ……!」
インビジブルが逃げようとした瞬間。
「『黒き断罪』」
一閃。闇が走り、空間が裂ける。
透明だった身体が、真っ二つに分かれ、血が宙に散った。
静寂……三人の魔装者は、地に伏していた。
ラクレスは、剣を納める。
膝が、わずかに震える。
『……やれやれ』
ダンテの声が、どこか呆れたように響く。
『やや苦戦、って言っといて、結局これかよ』
「……正直、かなりギリギリだった」
『嘘つけ』
「本当だ。あ~……危なかった」
ラクレスは、空を仰ぎ……大きく息を吐き、脱力するのだった。




