ウィンターズ公爵領地へ
ラクレスは、手早く屋敷で支度を整え東門へ。
東門の前では、馬を用意したエリオが待っていた……のだが。
「……あれ、レイアース?」
「遅かったな、ダンテ」
何故か、レイアースがしっかり旅支度をして馬の傍にいた。
エリオを見ると、どこか困ったように苦笑して肩を竦めている。
何となく察したが、ラクレスはレイアースに聞いた。
「どうしてここへ?」
「決まっている。エリオの領地へ行き、魔装者を討伐するのだろう? 私も同行しよう」
「……エリオ、いいのか?」
「いやー……馬を二頭連れてるとことを見られてね。しかも旅支度をした馬が一頭、もう一頭はそのまま……勘のいいレイアースちゃんは、ボクの馬と、キミ用の馬って感づいたんだよ。それで、可愛い顔で問い詰められちゃってね……」
「エリオ、可愛いは余計だぞ。フン、コソコソしおって……魔装者を討伐するなら、手が多い方がいいだろう。それに、私は第三解放まで会得しているし、訓練で使いこなせるようになり始めている。足手まといにはならんぞ」
「はいはい。素直に『ダンテのお手伝いしたいんだ!!』って言えばもっと可愛いのにね」
「う、うるさい!! とにかく、三人で行くぞ」
エリオは、ラクレスに馬の手綱を渡す。
「まあ、しょうがないか。それより、急いでウィンターズ公爵領地に向かうよ。村の一つを滅ぼして陣取ってる魔人を何とかしないとね」
三人は馬にまたがり、王都を出発するのだった。
◇◇◇◇◇◇
ウィンターズ公爵領地は、馬で急いでも二日はかかる。
小さいけど、王都から近い方がいい……というエリオの希望で与えられた領地だ。小さな村がいくつかあり、大きな町は二つしかない。
エリオはレイアースより二つ年上の二十歳。まだ若いので、本人は「このくらいの大きさがベスト」と常々言っているそうだ。
「ってことで、ボクの領地は平和そのもの……でも、いきなり魔人が現れて、村の一つを滅ぼしちゃった……いやあ、許せないねえ」
エリオは笑っていたが、底冷えするような笑みだった。
「情報共有しておこう。村を滅ぼした魔人は、『棍棒』のモクレンって名乗ってるそうだ。武器は巨大な『棍』で、報告によれば棍棒の大きさを自在に変えて戦う戦士らしいね……呪装備で間違いないかな?」
『間違いねぇな。ケケケ、シンプルな能力ほど、使い手とマッチすれば恐ろしい武器になるってわけだ』
「間違いない、呪装備だ」
ラクレスが言うと、エリオは「うん」と頷いた。
「ご使命はキミだ。とりあえず、キミは真正面から挑んでくれ。ボクとレイアースちゃんで援護する」
『おい。敵がそいつだけとは限らねぇぞ。今やオレ様とラクレスは狙われる身だ。六魔将に従う魔装者が何人か来ててもおかしくねえ』
「エリオ。敵は一人とは限らない、レイアースとお前は、襲撃に備えた方がいい」
「確かにその通りだ。エリオ、私も同じ考えだ」
レイアースも同意すると、エリオは「うん」と頷いた。
「じゃあ、ダンテはその棍棒使いと戦ってくれ。ボクとレイアースちゃんは、魔人の襲撃に備えるとしよう」
「そうしてくれ」
「ああ、任せてくれ。よし……もっともっと強くなるぞ」
レイアースは気合いを入れて手綱を握ると、馬が速度を上げた。
その後を、ラクレスとエリオは追いかけるのだった。
◇◇◇◇◇◇
夜まで走り、交代で休憩することにした。
テントなど開かない。大きな木の下に毛布を敷き、二人が寝て一人が起きる。そして、交代で一人が見張りをするという休み方だ。
食事は、乾燥させた肉とパン、そして水だけ。
手早く食事を済ませ、最初にエリオとレイアースが仮眠を取り始めた。
ラクレスは、木に寄りかかって周囲を警戒する。
「…………」
『なあ、ラクレス』
「なんだよ」
小声で言う。エリオ、レイアースはすでに寝ているので聞こえていない。
『警戒しておけ。どーも気持ち悪い』
「え?」
『……襲って来るのは一人じゃないって言ったが、間違ってねえかもな』
「……どういうことだ」
『気配は薄いが、何か感じる……参ったな。こうして喋ってる間にもデカくなってきてる。おい、二人を起こせ』
「エリオ、レイアース!!」
ラクレスは叫ぶ。そして、毛布に包まっている二人を見てギョッとした。
「なっ……」
横になるエリオ、レイアースの傍に、奇妙なピンクのモヤが絡みついていた。
全く気付かなかった。それはダンテも同じ。
『呪装備の力だ!! おい、叩き起こせ!!』
「悪い、エリオ!!」
ラクレスは、エリオの胸倉を掴んで頬を張る……だが、ピクリとも動かない。
それはレイアースもだった。
ラクレスは起こすのを諦め、剣を抜いて立ち上がる。
「どこだ……!!」
『わかんねえ。モヤ……くそ、消えたか』
ピンクのモヤは消えてしまった。
ダンテは確信した。
『確定だな。どうやら、敵は罠を張って待ち構えていやがった。六魔将がそれぞれ刺客を送り込んだのか? 協力関係か? わかんねえ……だが、村を滅ぼしてオレ様たちを誘ったヤツ以外にいるのは間違いねえ。敵は村にいると思わせて、移動の合間に狙うときたもんだ……』
「どこだ、どこにいる……!!」
見晴らしのいい、街道から少し外れた木が何本か密集している、森とも林とも言えない場所だ。
街道が見える位置にいるし、見渡せば平原も見える……が、今は夜。
月明かりしかない状況での刺客。どこに潜んでいるのかわからない。
『ここに罠張ってたってことは、隠れる場所も、地形の調査も済んでのことだろうな。敵の腹ん中での戦いか……しかも、お仲間はぐっすりおねむ、お馬ちゃんも寝てるから逃げるのも無理』
「次、敵がしてくるのは……」
ラクレスは剣を構えた瞬間、背中に衝撃を受けた。
「ッ!?」
『──そういうことか』
すぐに振り返って剣を一閃するが、斬ったのは『ピンクのモヤ』だった。
ピンクのモヤ……それが、様々な形になり、ラクレスの周囲を漂っている。そして、ハンマーのような形になり、ラクレスに向かって振り下ろされた。
「くっ……!? お、おもっ!?」
モヤが実体化し、本物以上の重量となったハンマーが、ラクレスの具現化した盾に直撃。攻撃を終えるとすぐにモヤとなり、ラクレスの周囲を漂う。
『煙の呪装備か……意思は感じられねえ。本体がどこかにいるはずだ!!」
「わかった!!」
エリオ、レイアースが眠っている状態で、ラクレスとダンテの戦いが始まった。




