誘い
オレのところに来ないか。
一瞬、ラクレスは何を言われているのか理解できず、硬直してしまう。
だが、エクスパシオンは想定内なのか、笑みを浮かべて頷く。
「うん。いきなりで悪いけどさ……オレ、きみのことけっこう好きなんだよね」
「……は?」
意味不明だった。
エクスパシオンがニカっと笑うと、ダンテの声がした。
『ケッ……おいオマエ、リンボはどうしてる』
「え? ああ、きみの呪装備の意思か。ははは、ホド、お仲間だよ」
『……興味ない』
エクスパシオンの頭にあるお面から声がした。
「ああ、紹介する。こいつはオレの呪装備、『栄光』のホド。一応、冥府六将の持つ最強の超凶悪級呪装備だ。ほら、挨拶」
『……フン。おいそこの鎧、貴様、何者だ?』
『……あぁ?』
『我が知らぬ半魔神。貴様、本当に半魔神なのか?』
『……雑魚が。イキりやがって。オマエ、オレ様の気まぐれで生かされてること、忘れてんのか?』
ダンテの声が低くなり、鎧の腕部分がビキビキと脈動する。
ラクレスは、慌てて腕を押さえた。
「おい、落ち着け!!」
『黙れよ。ラクレス、話はもう終わりだ。このガキ……殺してやる』
「だから、待て!!」
ラクレスは、自分の腕を叩いた。
ダンテの制御を外し、自分の意思で腕を抑えつけたのだ。
その様子を、エクスパシオンは見て言う。
「へえ、呪装備の意思と反発しあうなんてね。知ってるかい? 呪装備ってのは、魔族にとっては力であり、絆なんだ。オレたちみたいに力を合わせないと、真の力は引き出せないよ?」
『……その通り。どうやら貴様、超凶悪級呪装備の中でも位が低い呪装備のようだな』
『……ガキが』
「だから落ち着けって!! って……あれ? お前、俺とダンテの声、聞こえて」
「ああ、聞こえてるよ。え~っと、ラクレスだっけ?」
「!!」
これまで、ダンテの声が聞こえている魔人はいなかった。
驚いていると、エクスパシオンは言う。
「感知力ってやつかな。きみのダンテだっけ? きみの魔力の波長に合わせて声を出し、他の人間には聞こえないよう配慮してたみたいだけど、高位の呪装備なら感知できる。もっと気を付けた方がいいよ?」
『……野郎』
「……」
エクスパシオンは「あはは」と笑った。
「とりあえず、さっきの質問に答えるよ。リンボ様なら、もうすぐ完全復活するよ。ああ……リンボ様だけじゃない。人間界、魔界にある必要のない呪装備を喰らい続けて、六魔神は間もなく復活する」
「……なっ」
『…………』
仰天した。
そもそも、六魔神など、おとぎ話でしか知らない。
愕然としていると、エクスパシオンは続ける。
「六魔神様はみんな、人間を……そして、女神カジャクトを恨んでいる。復活すればまず、女神の愛した人間たち、そして人間界を滅ぼすだろうね」
「…………」
「ラクレス。きみ、魔人なんだろ? 理由は不明だけど……オレたち、同士じゃないか。争う理由はないし、こっちに来なよ」
「…………」
「女神カジャクトの使徒で、まともに戦えるのなんて、せいぜい二人くらいだろ? 神器もたいした脅威じゃないし……どうあがいても、人間界は終わりさ」
「…………」
「ね、ラクレス。こっちに来なよ。ヴァルケンくんを倒したことは水に流すからさ。むしろ、オレの魔装者として迎えるよ。あ、きみって魔界の生活知ってるよね? 魔人たちの国もだいぶ栄えてさ、人間界よりも快適に過ごせると思うよ? それに、オレの部下になれば好待遇で迎えるよ?」
「…………」
「そうそう、最近魔人が人間界によく現れるだろ? それは、魔界の呪装備が全てなくなったから、あとは人間界にある低級呪装備を回収するだけだからなんだ。でも、それも終わる。あとは……そう、ラクレスの呪装備、その鎧だけを回収すれば、人間界での用事は終わる」
「…………」
「あとは、その呪装備を回収。魔神様に献上する……そうすれば、魔神様は復活する」
「…………」
「今のうちに、オレのところに来た方がいいよ? 六魔神様はみんな間もなく復活するって言ったよね? 具体的に言うと、あと一つ……強力な呪装備を捧げれば、復活する。つまり……冥府六将、そして配下の三大魔装者が、きみを狙って来るってこと。あはは、争奪戦ってことさ」
「…………」
「さ、選んで。オレの配下になって安全を得るか。このまま人間界に留まって、冥府六将と三大魔装者の刺客と戦い続けるか」
「…………」
「聞いてるー?」
ここまで聞き、ラクレスは立ち上がった。
ダンテも途中から聞いていた。
「ダンテ、聞いたか?」
『ああ。お喋りなヤローってのは最高だな。ペラペラとやかましい」
「呪装備はもう、人間界にない。あるのは俺の暗黒鎧ダンテだけ。そして……六魔神は復活間近で、俺の呪装備を捧げれば復活する。だから、冥府六将たちは俺の呪装備を狙って争奪戦を仕掛けてくる、ってことか」
『いいねいいね。最高のエサだ……人間界にいれば、美味いメシが山ほどやってくるってことだろ?』
「言い方。でも……それでいい」
エクスパシオンは、ポカンとしていた……そして、笑う。
「あっはっは!! まさか……戦うつもりかい? 冥府六将、それと配下の三大魔装者だよ? 一人で戦えると思ってるのかい?」
「ふん。一人じゃないさ……俺には仲間がいる」
次の瞬間、エクスパシオンは座っていた岩から飛びのいた。
そして、ラクレスの隣にレイアースが現れ、エクスパシオンの座っていた岩が真っ二つになる。
「ダンテ、大丈夫か?」
「ああ」
「おやおや。神器の所有者じゃないか。なぜここに?」
「いやその……まあ、いや、お前には関係ない!!」
なぜか頬を染めて叫ぶレイアース。
ラクレスは、森の入口に放っていた『黒の蜘蛛』から、レイアースが近づいていることを知っていた。なので、ひたすら話を聞いて待っていたのである。
エクスパシオンは残念そうに言う。
「残念だなあ。じゃあ、きみは敵になるってわけだ」
「ああ、冥府六将……相手にとって不足はない」
「待った。何度も言ったけど、今日はやらないよ。ふふ……せっかくだ、少し趣向を凝らそうかな」
「何?」
「近く、連絡する。ふふ……楽しい戦いにしよう」
そう言い、エクスパシオンは消えた。
しばし、二人は周囲を警戒……力を抜いた。
レイアースは言う。
「ダンテ、奴は一体……」
「冥府六将。魔人の最高戦力の一人だ。いろいろ話して情報を得た……団長、それと陛下に報告しないと」
そう言い、レイアースと並んで歩き出すと、ダンテが言う。
『おいラクレス、忘れんなよ』
(え?)
『あの野郎……オマエの本名を知っちまったぞ。忘れんな、レイアースにオマエのことがバレるようなら、オレ様は今後、オマエの身体を使わせないからな』
(…………)
厄介ごとは、まだまだ多くある……ラクレスはため息を吐きたくなるのだった。




