極凶悪級呪装備『紺玄金斗』カトレア③
丸っこい、球体のような『何か』だった。
カトレアの『魔装』は、金属の球体。人型ではない形状に、純白の鎧形態となったレイアースは警戒する。が……球体に切れ目が入ると、手、足が形成され、歪な人型になった。
「この姿、久しぶりです。『紺玄金斗』アズロナの魔装形態……正直、あまり好きじゃありません」
『あら酷い。カトレア、そんな風に思ってたの?』
空間内に響く女性の声。
レイアース、アクアは顔を見合わせる。
「こいつの呪装備の、意志ってやつね……」
「呪装備には、半魔神の意志が宿っている、だったか」
そう言うと、空間内に声が響いた。
『その通り。ふふ……私はアズロナ、カトレアのよきパートナーよ』
「アズロナ、お喋りは」
『いいじゃない。女神の神器の使い手とお喋りする機会なんて、そうないもの』
レイアースはチャンスだと思った。
「呪装備の意志。アズロナだったな……聞かせろ、お前たちは人間をどう思っている」
『別に、何も。まあ……私らを封印した女神、そしてその力を宿した神器はブチ壊すけどね』
「壊す? この神器を?」
『ええ。それに、器……ああそうだ。あなたたちの仲間の黒騎士くん、『器』について知ってるみたいだけど……あなたたち、何か知らない?』
「「……うつわ?」」
当然、レイアースもアクアも知らない。そもそもダンテがそんなことを知っているとは、二人も初耳……同時に、アクアの目が細くなる。
「……あいつ、隠し事してるみたいね」
「うつわ、とは……器のことか?」
『ええ。女神の器。女神カジャクトがこの世界に顕現するための器よ。私たちはずっと、魔神様の命令でその器を探しているの。それがどういう形をしているのか、モノなのか、生物なのか、聖遺物なのかもわからない。でも、黒騎士くんは何か知ってるみたいなのよねぇ』
「「…………」」
女神カジャクトの器。
そもそも、女神カジャクトは『魔神を封印し、人間たちに神器を残した』くらいしかレイアースたちはわからない。
そもそも、顕現とは事実なのか。
「……団長に聞くことができたわね」
「ああ。だが……今は、この場を切り抜ける方が先だ!!」
会話を終え、レイアースが飛び出した。
全身に光を帯び、高密度の魔力を纏い身体強化。先にいるカトレアに向かう。
「速いですね」
カトレアは、手足を引っ込め完全な球体となる。
「『聖光刃』!! ……えっ!?」
光を帯びた斬撃、だが、斬撃が球体に命中すると、なんと滑ってしまった。
刃がつるっと滑り、剣が地面に突き刺さる。
そして、球体からカトレアの腕が伸び、拳が鉄球のような形状になると、そのままレイアースの顔に強烈なフックが命中。
「がはっ!?」
兜が砕け、吹っ飛んで地面を転がった。
すると、再び大量の砂が津波のように巻き起こり、アクアとレイアースを襲う。
「くっ……『瞬着』!!」
アクアが水の鎧を纏うと、レイアースを抱えて跳躍。
「『スプレッド』!!」
水の柱が噴火のように放たれ、レイアースとアクアを上空へ。
砂の津波が、二人のいた場所を飲み込んだ。
そのまま二人が着地しようとしたが。
「どーん」
「「っきゃぁぁ!?」」
砂津波を転がってきたカトレアが、球体のまま二人に激突。
二人は鎧が砕け、壁に激突した。
アクアの鎧が解除される。レイアースの鎧は全身に亀裂が入るが、レイアースは魔力で修復した。
決戦技を使った影響で、アクアは魔力が枯渇していた。
「う、ぐ……」
「アクア!! すまない、私のせいで……」
「ンなことどうでもいい。こうなったら……レイアース、あんたがやるしかない」
「え……」
「決戦技……神器の必殺技。いい、やり方を教える。ここで決めなさい」
「……!!」
それしかないと、レイアースも思っていた。
頷き、剣を構える。
「いい。瞬着を得たことで、あんたの神器の枷は外れてる。あとは強く願うの。力が欲しい、戦うための力、そのための技……その想いを剣に込めるの」
「…………」
この場を切り抜けたい。死ぬわけにはいかない。戦うしか、勝しかない。そのための力。
そう願うと……『光神器ルーチェ・デルソーレ』の刀身が輝きだす。
「そう、その願いを、想いを、剣に込める。そして放つ……それが、あんたの決戦技」
「───……わかった!!」
「ふむ、何を考えてるのかわかりました。まあ、受けてあげましょう」
カトレアが高速回転し、レイアースに向かって突っ込んでくる。
レイアースは呼吸を整え、剣を頭上に掲げた。
「第二解放、『決戦技』!!」
「潰れなさい」
刀身が輝き、転がってくるカトレアに向かって思いきり振り下ろした、
「決戦技、『聖光黎明剣』!!」
超濃密、高密度の『光の刃』が、カトレアに直撃。
「──……ッ!! これは……!!」
「おおおおおおおお!!」
チリチリチリチリ!! と、球体と刃が音を立てる。
そして、レイアースが絶叫し剣を振り抜くと、球体が真っ二つになり吹き飛んだ。
レイアースは崩れ落ち、鎧が解除され、膝をつく。
「ぐ、っはぁ、はぁ、はぁ……か、空っぽになるまで、魔力を消費した」
「それが決戦技。切り札よ」
「……なんて威力」
「やるじゃない。初めての解放で、ここまでの威力なんて」
「……それは、アクアの初撃があったからこそだ。私だけでは、これほどのダメージは与えられなかった」
「へえ、わかってるじゃない……ん」
アクアは、レイアースに手を差し出す。
レイアースは少し驚いたが、その手を掴んで立ち上がった。
「認めてあげる。レイアース、あんたは強い……その、失礼な態度ばかりでゴメン」
「……そんなことはない。お前は正しいことしか言っていない。その、先輩として……これからも指導してくれると、嬉しい」
「ま、いいけどね」
二人は握手……そして。
「仲良しなのはいいですが」
砂地から球体が飛び出した。
「「っ!!」」
だが、二人が気付いた時には、すでに遅く。
アクアがレイアースを突き飛ばすと、アクアは球体の直撃を受け、吹き飛ばされた。
「あ……アクア!!」
「っがは……」
アクアは地面を何度も転がり吐血。
すぐに駆け寄るが、酷い状態だった。
「あ、アクア……」
「ゆ、だん……したわ。馬鹿ね……まだ、敵の、腹の中、だってのに」
両腕、両足が骨折していた。
そして、酷く吐血している。鉄球に押しつぶされ、内臓も酷くやられていた。
レイアースは震えた。
「もう、ダメ……ね。くそ……こんな、とこ、ろ……で」
「死ぬな!! くそ、くそ……ど、どうすれば」
すると、レイアースの近くに球体が止まり、人の形となり、カトレアの顔が見えた。
「驚きました。最後の一撃、ヘタしたら両断されていましたね。まあ、砂を固めてダミーを作り、入れ替わって私は砂地に潜って回避したわけですが」
「き、さま……」
「さて、水の神器は死にますね。その前に神器を破壊します。知ってますか? 女神の神器は、持ち主が死ぬと消滅し、次の所有者が現れるまではこの世から存在しなくなるんです」
「貴様ァァァァァッ!!」
レイアースは、剣を構えて走り出す……が、決戦技の疲労、枯渇した魔力では何もできない。
カトレアはつまらなそうに拳を振るうと、殴られて吹っ飛んだ。
「がはっ……」
「さて、神器を二つ破壊。『蛇』、見ていますか? エクスパシオン様にご報告を。リンボ様にも言い報告ができそうです……ん?」
カトレアは気付いた。
レイアースが、立っていた。
震え、怒り、歯を食いしばり……絶叫した。
「貴様ァァァァァッ!! 貴様、だけはァァァァァッ!!」
ボッ!! と、純白の輝きがレイアースを包み込むと、一瞬で鎧形態へ。
「なっ……魔力はすでに枯渇しているはずですが」
「黙れ!! お前だけは、絶対に許さん!! 私が……私の前で、また、また……!!」
レイアースの脳裏に浮かんでいたのは、幼少期の幼馴染。
自分に指輪をくれたラクレス。誰より真面目に剣を振るラクレス。
そして……血だまりに残った剣。
また、守れない。
その想いが、レイアースの目から涙となって流れ落ちた。
レイアースの想いに、神器が応えるように輝く。
「第三解放!! 『女神軍勢』!!」
すると、レイアースの周囲に、大量の『鎧騎士』たちが現れた。
全員が純白の鎧。そして、背中には天使のような翼が生え、まるでレイアースに付き従う騎士のような、神々しい光景だった。
瞬着からの決戦技、そして三つ目の解放……それは、軍勢を召喚する。
純白の騎士たちは、カトレアに向かって殺到した。
「ま、まさか……軍勢を召喚するなんて」
球体となったカトレア。
舌打ちするしかなかった。アズロナの魔装の防御は強力だが、一度に多量の攻撃を受けるとダメージが蓄積され、破壊される可能性があった。
天使騎士は、剣、槍、弓、鉄球、槌と多彩な武器を持っている。さらに、細身で武器を持っていない騎士がアクアに近づくと、純白の光で治療まで始めた。
「まずい……」
『……カトレア。残念な報告。ヴァルケンが死んで、マンティスが食われたわ』
「な……まさか、あの黒騎士が?」
『ええ。ほんの少しだけあの呪装備を見たけど……魂が震えた。あれ、おかしいわ……エクスパシオンに報告した方がいい』
「……チッ」
すると、カトレアは地面に潜る。
同時に、領域が解け始め、レイアースの軍勢も解除された。
レイアースは崩れ落ち、治療を受けたアクアが立ち上がる。完全に回復したわけではないが、立って歩けるくらいには回復した。
「……第三解放」
アクアは、驚きしかない。
たった今、決戦技を放ったばかりのレイアースが、怒りを引き金に第三解放まで発現した。
そして、領域が完全に解けると……カトレアの姿がなかった。
「…………」
アクアの正面には、得体の知れない『黒騎士』が、無言で立ち尽くしていた。




