極凶悪級呪装備『次元蟷螂』ヴァルケン②
「くっ……!!」
ラクレスは、両手を『盾』にしてひたすら動き回っていた。
両手は盾、両肩には砲身、両足にはいくつもの噴射口が形成されている。
目の前には、巨大で歪な『カマキリ』が、ラクレスに向かって鎌を振り上げた。
『カカカカカッ!! どうしたどうしたァァァァァッ!!』
背中から伸びた四本の触手、その先端に生えている鎌が、鞭のように振るわれる。
四本の鎌が常に振り回されている状態なので、迂闊に近づけない。
ラクレスは、振り回される鎌を両腕で防御しつつ、両肩のキャノン砲を連射していた。が……四本の鎌がラクレスの攻撃を全て弾いてしまう。
「くそっ、あの鎌……」
『防御、攻撃を同時に行ってやがる。器用というよりは、ただ振り回しているだけだがな』
「おい、弱点はないのか!?」
『前も言ったろ。呪装備と半魔神の魂を結びつける核……心臓だ』
「でも、近づけない……うわっ!?」
鋭利な鎌が、ラクレスの盾を両断した。うまく受けないと、ダンテの硬質化した盾でも両断される。
ラクレスは、両肩のキャノン砲に魔力を貯める。
「『黒の砲撃』!!」
黒い魔力破が発射される。一撃の威力を重視した砲撃だが、ヴァルケンは四本の鎌を高速回転させて砲撃を受けた。
『カカカカカッ、いい威力だぜ。でも、オレにぁ効かねぇよ!!』
蜘蛛のような八本足を高速で動かし接近してくる。
ラクレスはバックステップ。足元に鎌が刺さり、急接近してきたヴァルケンが、両手に持つ巨大鎌でラクレスを両断しようとしてきた。
ラクレスは剣を抜き、ありったけの暗黒物質、魔力を注いで硬貨させる。だが、それでも剣が軋み、暗黒物質に亀裂が入った。
「ぐっ……」
『クケケ、凶悪級の呪装備でよく耐えやがる。なあ、その呪装備を渡せば、命くらいは助けてやってもいいぜ? オレぁ慈悲深いからなぁ?』
「はっ……それはできないな。何故なら、この鎧は脱げないからな!!」
ラクレスは両手で握っていた剣を、左手だけ放す。そして、手のひらから黒い魔力の糸を大量に作り出し、ヴァルケンの全身に絡め付ける。
「『黒の糸』……!! お前の動きを封じて」
『無駄ぁ!!』
ブチブチブチ、と糸が切れていく。
だがラクレスは諦めない。
「う、ォォォォォ!!」
左手だけじゃない。背中、足、胸からも大量に糸を生み出し、切られるたびに糸を巻き付けていく。
四本の鎌の動きを封じ、両手、両足にも絡めていく。
「おぉぁぁぁぁぁぁ!!」
『この、ヤロ……なんつう魔力、アホかテメェェェェェ!!』
純粋な魔人ですら驚愕する、ラクレスの魔力量。
暗黒物質はダンテの鎧を形成する物質。『形状変化』は、それらを加工して作り出す。
ゲルのように柔軟であり、鋼よりも硬く、羽のように柔らかくなる。
熱にも冷気にも強く、まさに万能。
分離させることも可能だが、失った分はラクレスの魔力を喰らい、ダンテが作り出す。
『おいラクレス、オマエの魔力、半分以上食っちまった!! 鎧の維持限界になったら『形状変化』できねぇぞ!!』
「もう、少し……!!」
『が、ぐぁ……』
まるで、蚕のような、繭のような状態になっていた。
漆黒の繭。ラクレスの『黒の糸』が、切られてはまき直し、切られてはまき直しを繰り返し、ヴァルケンの『プレディカドール・マンティス』を覆いつくしていた。
そして、目の前に巨大な黒い『繭』が完成。ヴァルケンの姿が完全に覆い尽くされた。
「ぶはぁ!! はぁ、はぁ、はぁ……どうだ」
繭は、ピクリとも動かない。
ラクレスはフラフラになりながら剣を抜く。
「ダンテ、心臓の位置、わかるか? ここから突き刺して、とどめをさす」
『いやはや、すげぇ魔力量だな。あのヴァルケンとかいう小僧の数倍はあるぞ』
「いいから、早く」
『ああ。正確に突き刺──……』
ズドン!! と、ラクレスの背中に鎌が突き刺さった。
「……え」
『なっ』
それは、ヴァルケンの鎌。
切り裂かれた空間から、触手が伸びていた。
同時に、ラクレスを囲うように空間が切り刻まれ、いくつもの鎌が飛び出す……そして、鎌が右腕、左腕、両足に突き刺さった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『クケケ、惜しかったな』
繭の周囲に空間の裂け目が現れると、飛び出した鎌が繭を切り裂いた。
そして、無傷のヴァルケン、『プレディカドール・マンティス』が姿を現す。
四肢に鎌が貫通したラクレスは、ゆっくりと浮かび、ヴァルケンの目の前へ移動させられた。
「ぐ、ぁ……」
『鎌を振らないと『次元斬』は使えねぇと思ったか? 残念……この形態なら、いつでもどこでも断裂を生み出せる。油断したなぁ?』
「こ、の……」
ラクレスの右肩に砲身が形成されるが、一瞬で切り刻まれバラバラに。そして、ヴァルケンの持つ鎌がラクレスの右肩に突き刺さった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『クケケ、痛いか? ああ、もう命乞いしてもダメだ。テメェは苦しんで死ぬ……どれ、ツラ見せな』
バキン!! と、兜に亀裂が入り、右目だけが露出した。
『あぁん? 硬ぇな……んん? おいおいおい、お前……魔人じゃねぇのか? 魔人は例外なく白髪、紅眼だろうが。どうなってんだ?』
「ぅ……」
『……この鎧、なんか気色悪ぃな。ホントに呪装備なのか?』
ぼたぼたと、ラクレスの足元に血だまりが広がっていく。
意識が朦朧とし始めた。
『お? おい、あっちも面白いことになってるぜ。見ろよ』
身体の向きが強引に変えられる。
そこにあったのは、漆黒の『箱』だった。
真っ黒な、家一軒分ほどの『箱』が鎮座している。
『あれはカトレアの呪装備のチカラだ。あれは厄介だぜぇ? あの二人、いわゆる『壺の世界』の中だ。こっちから干渉できねぇし、カトレアの腹の中にいるようなモンだ。こっちがどうなろうと、お前のことを知ることができねぇってこった』
「……俺のことを、知れない?」
ラクレスがそう呟くと、ヴァルケンの鎌がラクレスの眼前に突きつけられる。
『ああ。お前の声も、存在も、何もかも干渉できない空間だ。残念だったなぁ? お前の断末魔も、助けを呼ぶ声も聞こえねぇってこった。ギャハハハハ!!』
◇◇◇◇◇◇
『ケケケ、確かにそりゃ好都合』
◇◇◇◇◇◇
次の瞬間、ラクレスが鎌が刺さったままの右腕を動かし、眼前の鎌を掴んだ。
『あ?』
「ったく、ボロボロにやられやがって。気ぃ失っちまったし、このままじゃ死んじまう。オレ様が出るわけにはいかなかったし、最悪の場合は……と思ってたが、ちょうどいい」
『……んだ、テメェ』
「はっ」
バギャン!! と、握っていた鎌が砕け散った。
同時に、ラクレスの瞳が深紅に染まり、兜の口部分がバキバキと変形……無数の牙が生える。
「ザコがイキりやがって。ケケケ……ラクレス、オレ様がこのチカラの本当の使い方、教えてやるぜ」




