呪いの力
鉱山に踏み込んで早々、血生臭いニオイがした。
ウルフギャング、レオルドが鼻を押さえ、顔を歪める。
「なんだこの死臭は……おいレオルド。鉱山は封鎖し、多くの魔獣がいるはずではないのか?」
「魔獣のニオイ……だがおかしい。あれほど夥しい数の魔獣が、全く感じられん。間違いなく鉱山は封鎖したが……どういうことだ?」
魔獣が全くいない。そして、死臭しかしない。
理由が不明。だが、ダンテには理解できた。
『チッ……やべぇぞラクレス。どーやら呪装備は完全に覚醒してやがる』
(ど、どういうことだ?)
『前に説明したよな? 呪装備に魔獣が惹き付けられんのは、呪装備が足りないモンを魔獣の血肉で補うために、魔獣を自ら引き寄せてるからだって』
(ああ。あの魚たちや巨牛もだろ?)
『そうだ。だが、ここに魔獣がいないってことは、もうおびき寄せる必要がねえ。つまり……『凶悪級』の呪装備は、完全に半魔神の意思が覚醒してやがる。あとはもう、やることは一つ』
(な、なんだよそれは……)
『決まってる。呪装備は武具……装備者だ。装備を纏わせれば、あとは自分の意のままに操れる』
(待てよ。半魔神の意思って、装備者は半魔神の力を使えるんだろ? ここにいる人が装備しても意味がないんじゃ)
『アホ。上級魔族なら半魔神の力を押さえつけて力だけを引き出したり、意思と共存して力を使いこなすこともできる……だがな、人間や獣人じゃ呪装備、半魔神の力に適応できねぇ。半魔神からすれば、身体を得たら魔界に行って、適切な器に乗り換えることが優先される。まあ、自分を封印した女神の神器の持ち主や、女神の眷属である人間、獣人を恨んでいたら話は別だがな』
(つ、つまり……)
『クリスのお嬢ちゃん、デカい猫ちゃん、この二人はあぶねぇぞ。帰らせた方がいい』
ダンテがそう言うなり、ラクレスは案内のレオルドより前に出て立ち止まった。
「待て。魔獣が全て消えたということは、呪装備が完全に力を取り戻したに違いない!! ここから先にレオルド殿、クリス殿が行くのは危険だ」
「何ぃ? フン、魔人の言うことなど信用できるか!! どけ!!」
レオルドは、ラクレスを突き飛ばし前に進む。
クリスは迷っているようで、レイアースを見ていた。
レイアースは頷き、ラクレスに聞く。
「ダンテ、レオルド殿、クリスが危険と言うのは?」
「呪装備の器にされる可能性がある。俺、ウルフ殿、レイアースは問題ないが、生身の二人は危険だ」
「わ、私……どうすれば」
「……チッ。おいレオルド!! 待て、ここから先はオレたちだけでいい!!」
ウルフギャングがそう言うと、レオルドは立ち止まり、顔を歪めて振り返った。
「ウルフギャング……貴様まで、その魔人の言うことを聞くつもりか?」
「そうだ。確かに、こいつは魔人だ。だからこそ魔人の意見は聞くべきだ」
「黙れ!! ここは獣人の国、獣王国ヴィストだ!! 魔人など本来は滅すべき存在!! 人間だってそうだ……陛下はなぜ人間という弱者の下に……!!」
「レオルド。貴様……それが本音か」
ウルフギャングがレオルドの前に立つ。レオルドも引かず、互いに睨み合った。
すると、レイアースが抜剣し、剣を輝かせた。
「いい加減にしろ!! ここはもう敵地、敵味方を間違えるな!!」
「「…………」」
「確かに、ここは獣人の国。だが我ら人間は、獣人のために戦い、守ろうとする気持ちがある!! それはここにいる魔人、ダンテも同じだ!! 国を守ろうとする思いに、種族は関係ない!!」
「…………ガキが、生意気な」
「レオルド、貴様……!!」
「黙れ!! 我は引くつもりはない!! そもそも、人間の力を借りることが間違っていた……この国は獣人が守る!!」
そう言い、レオルドは鉱山の奥へ。
後を追うと、鉱山の最奥にある新規ルートへ到着。その先にあったのは遺跡だった。
岩に埋もれた遺跡。先に踏み込むと、横幅の広い一本道になっており、壁には複雑な装飾が施され、誰が灯したのかわからない松明が燃えていた。
「ここが、ダンジョンか……チッ、感じる」
「あ、ああ……なんだ、この寒気は」
「う……だ、ダンテ様、ここで間違いないんですか?」
「……ああ。間違いない。呪装備はこの先にある」
ウルフギャングの毛が逆立ち、レイアースが身体を震わせ、クリスが青ざめ、ラクレスにも理解できた。
この先に、何かがある。
『……ケケケ。面白くなってきたぜ』
(どこがだよ。お前、気付ているのか? この力……お前よりも)
『とにかく行け。さあ、戦いが迫ってるぜ』
ラクレスは言う。
「行こう。どうやら一本道……この先に、呪装備がある」
「ああ」
レイアースが剣を抜き、ウルフギャングの両手には爪が装備され、クリスも剣を抜いた。
ラクレスも、漆黒の剣を抜き、四人は駆けだした。
◇◇◇◇◇◇
通路を進むにつれ、寒気が強くなってきた。
ウルフギャングが言う。
「呪装備。何度か破壊したことはあるが……ここまで禍々しい感じは初めてだ」
「私もだ。初めて破壊した時、この程度かと思ったが……これは、次元が違う」
「……うっ」
クリスが口を押える……あまりの邪気に、気分が悪くなっているようだった。
ラクレスは言う。
「クリス、無茶をするな」
「だ、大丈夫です……騎士として、役目を果たします」
四人は遺跡の最奥へ。
そこは、広い半円形の空間で、中央に祭壇が設置されていた。
そして……祭壇にあったのは、黄土色に輝く『籠手』。
その籠手の前に、レオルドが跪いていた。
「レオルド!!」
「……ウルフギャング」
レオルドの目が、どこかトロンとしていた。
『まずい。魅入られたぞ!! いや……つけ込まれた!!』
ダンテが叫ぶ、だがその声はラクレスにしか聞こえない。
レオルドは、ゆっくりと籠手に手を伸ばし、まるで壊れ物を掴むように、優しい手つきで籠手を手に取った。
「ああ、そうだ……オレは、ずっと嫌だった」
『ああ、ソウだ』
「なぜ、獣人が人間と共に歩む? 我ら獣人は誇り高き種族……共存するのではない、跪くべきは人間なのだ!! そうだ、陛下は間違っている!!」
『ソノ通りだ……レオルド』
何かが聞こえてきた。
ラクレスは頭を押さえる。聞こえているのは自分だけ。
『あの呪装備に封印されている半魔神だ。意識が完全に覚醒して、あのデカ猫ちゃんに囁いて乗っ取ろうとしてやがる』
「ど、どうすれば」
『手遅れだ』
ダンテは迷わず言った。ラクレスはただ見ていることしかできない。
レオルドは、呪装備の籠手を掲げた。
「オレが!! このレオルドが導こう!! 真なる獣人の国を、オレが作る!! ははは、ハハハハハハハハ!!」
「レオルド!! 貴様、何を言っているんだ!! 戻って来い!!」
「黙れウルフギャング!! 人間に尻尾を振る犬畜生めが!! ハハハハハハハハ!! オレは、オレは……獣王国ヴィストの、真なる王となる!!」
レオルドは、籠手を自分の右手に嵌めた。
サイズが違うはずなのに、レオルドが右手に触れさせると泥のようになり、一体化する。
『ラクレス、こいつらに言え』
ダンテが言うと、ラクレスは迷わず叫んだ。
「手遅れだ!! 奴は完全に呪装備に魅入られた……敵だ!!」
レオルドは笑い、右手を掲げた。
「『呪装瞬着』!!」
右手から、黄土色の泥が噴き出し、レオルドの身体を包み込む。
それは鎧となり、レオルドの全身を包み込んだ。
獅子のタテガミ、歪な巨大両腕、そして八本の足。
まるで、カニのバケモノ。
「……な、なんだ、これは」
「あれが『凶悪級』以上の呪装備だ。全身を覆う鎧……!!」
ラクレスは剣を構え、全員に言う。
「もう倒すしかない!! ウルフ殿、レイアース!! やるぞ!!」
戦いが始まった。
敵は、凶悪級呪装備。




