怪魚の群れ
ラクレスは、川から飛び出し飛んで来る怪魚を、ひたすら斬った。
飛び掛かり、大口を開け、ギザギザの歯と牙で食らいつき喰い千切る……元が魚なのでそれくらいしかできないおかげか、対処は楽だった。
だが、あり得ないその数に、さすがのラクレスも舌打ちする。
「数が多い……!! くそ、町の被害が!!」
逃げ惑う住人たち。
橋の上には多くの獣人たちがいたが、すでに何人か怪魚に食われていた。
すぐ近くに宿がある。レイアースをそこまで送れば、剣を持って参戦できる。
そう思い、背後にいるレイアースに言う。
「レイアース!! お前を宿まで護衛する。剣を取って来てくれ!!」
「ああ、わかった。すまない……!!」
ラクレスは、レイアースを守るように飛んで来るブラックファンギッシュを斬る。
『なんつー数だ。こりゃ、数千どころじゃねぇぞ……お、来たぜ』
ダンテが言う。
すると、ラクレスの前に『獣』が現れ、飛んできたブラックファンギッシュの群れが一気に薙ぎ払われた。
「う、ウルフギャング殿!!」
「遅れた。クソ、なんだこの状況は……!! まあいい、各部隊!! 住人の救助とブラックファンギッシュの迎撃に当たれ!! これ以上の被害を出すなよ!!」
ウルフギャングの命令で、獣人の兵士たちが一斉に動き出した。
◇◇◇◇◇◇
獣人の兵士たち。そしてウルフギャング。
ラクレスは、驚いた。
「すごい……これが、獣人の兵士」
獣であるが故の身体能力、そして圧倒的腕力から繰り出される攻撃。
ただ飛んで来るだけの魚など意に介していない。剣で斬り、槍で突き、素手で叩き落とす獣人の兵士もいた。
だが、圧倒的なのはウルフギャング。
レイアースが、どこか安心したように言う。
「見ろ。ウルフ殿の手にある武器を」
「あれは……『爪』?」
ウルフギャングの両手には、金色に輝く巨大な『爪』があった。
爪の一本で三十センチ以上はあり、夕日で淡く、鈍く輝いている。
「あれがウルフ殿の『地』を司る女神の神器、『アシュトレト』だ。橋の上では使えんが……地上戦では恐るべき威力を発揮する」
「女神の、神器……」
『…………チッ』
ダンテが舌打ちしたのをラクレスは聞いた。
そんな時だった。
「レイアース様!!」
「ッ!!」
何かが飛んできた。
レイアースはそれを掴み、飛んできた方を見た。
投げたのは剣……そして、なぜかバスタオル姿のクリスがいた。
ラクレスはギョッとしつつも言う。
「クリス!!」
「遅れて申し訳ありません!!」
「───後ろだ!!」
クリスの後ろには、ブラックファンギッシュが数匹。
間に合うか……と、ラクレスは右手を向けた、が。
「問題ありません」
クリスは一瞬で剣を抜き、振り返ることなくブラックファンギッシュを三枚おろしにした。
恐るべき剣の『キレ』に、ラクレスもレイアースも驚く。
クリス・テア・ソラシル。
ソラシル王国王女。光の魔法適正があるが魔力が少なく、騎士にはなれない……だが、魔法ではなく剣技を磨き、騎士を超える剣技を身に付けた天才。剣の才能だけなら歴代王族の中で最も優れている。
(初めて見たが、なんてキレだ……すごい。というか)
「お、おいクリス、その恰好は」
レイアースが指摘すると、クリスは顔を真っ赤に染める。
「す、すみません。シャワーを浴びてまして……き、着替えている時間もなくて」
「そ、そうか。とにかく……感謝する」
レイアースは剣を抜いて掲げた。
「光よ!!」
剣に光が集まり、刀身が純白に輝く。
レイアース自体も白く輝いた。そして剣を薙ぐと、真っ白な魔力が飛び、ブラックファンギッシュたちが一気に薙ぎ払われた。
(す、すごい……これがレイアースの魔力!!)
『胸糞悪ぃ魔力だぜ。オレ様たちと正反対だぜ? 触れるとオマエもダメージ受けるぞ』
(触れなきゃいいだけだ。頼りになる!!)
ラクレスはレイアースと背中を合わせ、クリスもラクレスの隣に立った。
「ダンテ、やれるな?」
「ああ、一掃する」
「ダンテ様、レイアース様、サポートはお任せを!!」
ラクレスは剣を構え、呟いた。
「さあ……償え!!」
◇◇◇◇◇◇
七分後。
全てのブラックファンギッシュは討伐。川の流れも落ち着いた。
ラクレス、レイアース、クリスは集まり話をする。
「なんだったんだ、こいつは……」
レイアースは、三枚おろしになったブラックファンギッシュを見る。
ラクレスは、城下町の遥か先にある鉱山を見て言った。
「この川の上流、鉱山に続いてるんだよな」
「はい、そう聞いてます」
クリスはバスタオルを巻いただけの姿。ずっとこの状態で戦っていたので、羞恥心を忘れているのか、特に気にせず言う。
「ラクレス様。何か気になることが?」
「……川を遡っていたところを見ると、やはり呪装備に惹き付けられているんだろう。早くなんとかしないと」
「はい。とりあえず、ウルフギャング様の元へ」
と、振り返った瞬間、クリスのタオルがはらりと落ちた。
「ッ!!」
「えっ……あ、っきゃあ!?」
ラクレスは、至近距離で異性の肌を見てしまった。
真っ白な肌、ほどよい大きさの胸、しなやかな手足……顔を全力で背けると、レイアースがバスタオルを取りしゃがみ込んだクリスに掛ける。
「お前はまず着替えをしてこい。全く……おいダンテ、見たか?」
「…………申し訳ない」
「ううう……わ、忘れてました……し、失礼します!!」
クリスは慌てて宿へ。
すると、ウルフギャングが大柄な獣人を連れてきた。
「レイアース、話がある……お前もだ」
「わかった」
「ああ、わかった。ん……そちらは?」
ラクレスが聞くと、大柄な獅子の獣人は言う。
「初めまして。獣王国ヴィスト、獅子闘士団の団長、レオルドと申す……噂に聞く七曜騎士を見ることができて光栄だ」
「初めまして。七曜騎士『光』のレイアースだ」
「同じく、七曜騎士『闇』のダンテ。よろしく頼む」
すると、レオルドはラクレスを見て舌打ちし、レイアースとだけ握手した。
「魔人を騎士としたと聞いたが、本当のようだな……ウルフギャング、お前が人間の国にいながら、このようなヤツを野放しにするとは、何をしているんだ」
「黙れ。陛下の意向だから仕方ない。それに……少しは使える」
「フン、何が使えるだ。いつ裏切るかわからない、魔神の下僕なぞ信用できるか!! ウルフギャング……貴様、この国の英雄でありながら、人間の犬になったのか?」
「……なんだと?」
一気に険悪な雰囲気になった。
(お、俺のせい……なのか?)
『んなわけあるか。ったく、めんどくせえケモノだな』
すると、レイアースが咳払い。
「こほん!! 今、重要なのはお前たちの喧嘩を見ることか? そうだとしたら、私たちはここで失礼することになるが」
「……チッ」
「フン……レイアース、お前、これから王に謁見してもらうぞ。一緒に来てくれ」
こうして、ラクレスたちは獣王国の王に謁見することになるのだった。




