話すべきこと
それから数日、馬を飛ばした。
草原に伸びる街道だったが、走る内に土が剥き出しの荒野へ景色が切り替わって行く。
岩石地帯を抜け、いくつかの農村を経由し……ようやく見えてきた。
「見えた。あれが獣王国ヴィスト……我が故郷だ」
ウルフギャングが馬の速度を緩め、ゆっくり停止する。
ラクレス、レイアース、クリスも馬を止め、ヴィストを眺めた。
荒野の真ん中に立つ国。背後には鉱山があり、お世辞にもいい景色とは言えない。だが、国を横断するように巨大な川が流れており、下流には大森林があり、上流は鉱山に続いていた。
ラクレスは、思わずつぶやく。
「すごい大きな川だ……」
すると、クリスが言う。
「あれはヴィシャス大河という、世界最大の川です。横幅だけで数キロはあり、獣王国ヴィストの真ん中を流れているんですよ」
「つまり、川の間に国が?」
「はい。ヴィストは魚の名産地でもあり、世界最大の鉱山国でもあるんです。見えますか? 背後にある大きな山……あそこの鉱山からは、世界で使われている鉱石の四割が採掘されているんです。さらに驚くことに、地質調査では鉱石は今後、数千、数万年かけても枯渇することがないとか……獣王国ができて二千年以上の歴史がありますけど、未だに鉱山の表面を軽く削るくらいの採掘しかできないみたいです。それほど、広大で素晴らしい資源がある、ってことですな!!」
「あ、ああ……詳しいね」
「はい!!」
王族、王女であるとは知っていたラクレスだが、クリスは目をキラキラさせながら語っていた。
レイアースも驚いていたが、軽く咳払いする。
「こほん。で、ウルフ殿……何か話すことがあるのだろう」
「あ、ああ」
ウルフギャングは、故郷を褒められて少し嬉しかったのか、ふさふさの尻尾が微妙に揺れていた。
ウルフギャングも軽く咳払いして言う。
「ゴホン!! 今日は入国し、町の宿屋に泊る。明日、国王に謁見する」
「わかった。確か、ダンジョンに呪装備があるという話だったな?」
「ああ。実は、オレも詳細は詳しくわからんのだ」
『おいラクレス』
ウルフギャング、レイアースが話をしているのを聞いていると、ダンテが話しかけてきた。
(なんだよ)
『気ぃつけろ。この感じ……どうやら、けっこう厄介な呪装備だ。恐らく半魔神が覚醒してる』
(……え?)
『人間が呪装備について知ってることのおさらいだ。まず、女神に封印された半魔神の魂が封印された武具ってのと、装備すると呪われるが絶大な力を得るってこと。で、通常の武器では破壊できず女神の神器じゃねぇと壊せないってことだ』
(今更だな……知ってるよ)
『ああ。だが、他にもいくつかある。まず、半魔神って言ってもピンキリだ。アリンコからドラゴンくらい力の差がある。今は知らねぇけど、昔の魔人は『邪級』、『邪悪級』、『凶悪級』、『極凶悪級』の四つに分けて等級付けしていた』
(……聞いたことないぞ)
『まあ、魔人しか知らねぇな。で、見つかるのは大抵が邪級か邪悪級。どういう経緯か知らんけど、人間界にあるのはそんなモンばかり。凶悪級、極凶悪級の呪装備は大抵が魔界、しかも魔人の中でも上位の強さを持つ連中が持ってる』
(……なんか、めまいしてきた)
『最後まで聞けって。で、ここからでも感じるぜ。この感じ……凶悪級の呪装備がある。オレ様が感じるんのは、あの鉱山ってところか』
(あの鉱山に、呪装備が? ってか……ダンテ、お前は何級なんだ?)
『ケケケ。秘密だ』
「───おい、聞いてるのか!!」
「えっ」
と、ウルフギャングに睨まれ、ラクレスは我に返った。
睨むレイアース、心配そうなクリス。
どうやら、話しかけられていたらしい。
「す、すまない」
「チッ……魔人であるキサマにはどうでもいいことだろうな。我が故郷のことなぞ」
「違う。その……感じたんだ」
「何……?」
ラクレスは心の中で言う。
(ダンテ、いいよな)
『別に構わないぜ。ケケケ、情報共有は大事だもんな』
ラクレスは、国の裏側にある鉱山を見ながら言う。
「俺が魔人だからなのか、鉱山から魔の力を感じる……恐らく、強大な力を持った呪装備があるだろう」
「……本当か?」
「嘘ではない。信じてくれ」
すると、レイアースが言う。
「ウルフ殿。全ての発言を疑っていてはキリがない。あなたは、あなたがすべきことを。疑い、監視をするのは私の仕事だ。もちろん、貴殿の故郷を救うために剣を振るうことも」
「レイアース……わかった。チッ、今は信用してやる」
ウルフは馬を走らせた。
ラクレスは、レイアースを見る。
「勘違いするな。私は、今言った通り……お前の監視をするだけだ」
「それでも、ありがとう。俺は……俺にできることをする。ウルフギャング殿の故郷を守るためにな」
「……そうしてくれ」
レイアースも馬を走らせた。
そして、クリスがラクレスに近づいて来る。
「ウルフギャング、レイアース……どちらも視野が狭いですね」
「え……?」
「故郷を守るために前しか見ていない、大事な者を失い目の前にある任務に没頭するしかない、今の二人はそんな風に見えます」
「…………」
イチ騎士として扱え、そう言ったが……クリスは王女だ。
立場的には、ウルフギャングとレイアースよりも上。
今の視線は、二人の上に立つ者としての言葉。
「騎士ダンテ。あなたは、あなたにしかできないことを……お願いしますね」
「……はい」
「ふふ、じゃあ行きましょうか!! 置いて行かれちゃいますよ!!」
クリスも馬を走らせた。
その背中を見ていると、ダンテが言う。
『ケケケ。あのクリスってヤツ、騎士の顔と王族の顔を使い分けてやがる。なあラクレス、ああいう女は面白い。お前の補佐にしたらどうだ?』
「馬鹿言うな。王女を補佐になんてできるわけないだろ」
『さあな。意外とノリノリでやってくれるかもよ? と……おい、来たぜ』
「え?」
『魔獣だ。言い忘れてたが、凶悪級の呪装備は魔獣を引き寄せる。しかも近づくだけで呪いで強化されるぞ。さあ、戦いの時だぜ相棒!!』
すると、ラクレスの背筋がゾワリとした。
振り返ると……なんと、無数の『牛』が群れとなって襲い掛かって来た。
「なっ……!?」
『走れ!! 潰されちまうぞ!!』
ラクレスは馬を走らせ、巨牛の群れから逃げ出すのであった。




