獣人の国へ
馬は半日ほど、休まずに走り続けた。
そして夕方になると、ウルフギャングがペースを落とし、レイアースに言う。
「レイアース……そろそろ休もうと思うが、いいか?」
「構わない。ちょうどいい時間帯だ。クリス、いいか?」
「はい!!」
速度を落とし、街道沿いにある川辺へ向かう。
ラクレスも続き馬から降り、馬具を外して撫でてやる。
「お疲れ。今、水の用意をする」
『ケケケ、馬用の桶なんてないぜ? ああ……作るのか』
(ああ。できるだろ?)
ラクレスは、鎧の形状変化を利用し、籠手から黒いスライムのようにドロッとした液体を出し、魔力で桶のように加工する。
そして、川で水を汲んで馬の前に置くと、美味しそうに水を飲み始めた。
ラクレスは思う。
(わかってきた。この鎧の使い方)
暗黒鎧ダンテ。
能力は『形状変化』で、ラクレスの意のままに変形する。
ドロドロに溶かすこともできるし、ガチガチに固めることもできる。操作にはラクレスの魔力が必要だが、操作自体の魔力消費は並みだ。
だが、今のように鎧を身体から分離させると、失った分をラクレスの魔力によって補填される。
『その気になれば建物のひとつやふたつ、暗黒で覆えるぜ。でも、お前も魔力をごっそり持っていかれる……気ぃ付けな。魔力が枯渇すれば、能力は使えないぜ』
(わかった。ふふ……なんだか、面白いことを思いついたぞ)
『お? なんだなんだ、教えろよ』
(後のお楽しみだ)
なんだかんだで、ラクレスは楽しんでいた。
すると、クリスが近づいて敬礼する。
「失礼します!! ラクレス様、野営の準備は個人でお願いします。夕食ですが、私が担当しますので」
「ああ、感謝する」
「それと、今夜の見張りですが……」
「俺がやる。レイアース、ウルフギャング殿にはそう伝えてくれ」
「し、しかし……よろしいのですか?」
「夜通しの番は慣れている。食事の後、数時間だけ仮眠させてくれ」
「わ、わかりました」
クリスは、焚火の用意をしているレイアース、木に寄りかかっているウルフギャングの元へ。そして、ラクレスが言ったことをそのまま話すと、二人がこちらをジロッと睨んだ。
そして、レイアースが近づいて来る。
「貴様、一人で見張りをするというのか?」
「あ、ああ。食事が終わったら数時間だけ仮眠させてくれ。その後は俺が」
「違う。そういうのは、全員で決めることだ。こっちに来い」
「お、おい」
腕を掴まれ、そのまま引っ張られる。
ウルフギャング、クリスの前に連れて来られると、ウルフギャングが言った。
「魔人であるキサマが一人で見張りだと? 冗談は顔だけにしろ」
(顔って……兜で顔は見えないけど)
『このケモノ野郎!! オレ様デザインの兜にケチ付けんのか!?』
ダンテがキレそうになっていた。
レイアースが言う。
「お前の見張りもかねて、二対二で見張りをする」
「レイアース。コイツはオレが監視する。夜通しな……それでいいか?」
「……わかった。ではクリス、私と一緒に見張りをするぞ」
「は、はい!!」
こうして、ラクレスはウルフギャングと共に、夜通しの見張りをすることになった。
敵意を向けるウルフギャングに、ラクレスは内心でため息を吐き、思った。
(嫌われたなあ……)
◇◇◇◇◇◇
夜。
レイアース、クリスが水浴びに行き、ラクレスは焚火の傍で座り、ウルフギャングは少し離れた木に寄りかかっていた。
(き、気まずい……)
『ケケケ。敵意剥き出しだねぇ。あのケモノ、疲れねぇのか?』
(……確かにな。よし)
ラクレスは薪を足し、ウルフギャングに言う。
「……貴殿が魔人を恨み、憎む気持ちがあることは理解できる。だが、私は何もしない。そう警戒されては、こちらも参る」
「ぬけぬけと。何度でも言う……オレは貴様を信用していない。人間を裏切り、魔神に下った人間の言うことなどな」
「……俺は」
「黙れ。貴様ら魔人は、オレら獣人に対し何をしたか、忘れたわけではあるまい」
『あん、なんだそれ?』
(……ああ、そうか。やっぱり)
『どういうこった?』
(獣人奴隷だよ。魔人はかつて、獣人を奴隷階級として扱ってきたんだ。魔界では今でも、魔人によって獣人支配が起きてるって話だ)
『ふーん』
獣人奴隷。
かつて、魔神に下り眷属となった人間は、獣人たちを人と同じように扱わず、奴隷として扱った。
今、人間界にいる獣人は人と同列だ。だが、魔人と同じ人間が、いつか獣人を奴隷にするのではと恐れる者もいる。
獣人たちは人間から離れ、獣人の国を建国した。
(もちろん、人間と共にある獣人も多い。でも、魔界で今も魔人によって支配されている獣人も多く、獣人たちは魔人を恨んでいるって話だ……)
『ケケケ、根深いねぇ』
(ウルフギャング様は、魔人に家族を殺されたって話だけど……)
ダンテと心の中で会話していたせいか、黙り込んだことにウルフギャングは舌打ちした。
「チッ……胸糞悪い」
「……あなたが、俺のことを嫌いならそれでいい。でも、呪装備を破壊するという任務に私情は挟まないで欲しい」
「黙れ!! 貴様は余計なことをするな。ただ付いてくればいいだけだ!!」
「そうはいかない」
ラクレスは立ち上がる。
呪装備の破壊……いや、ダンテに食わせ、ラクレスの命を補完するためには、引くわけにはいかなかった。それだけではない。
「ウルフギャング殿。俺を嫌いならそれでいい。だが俺は、あなたの故郷に迫る危機に対し、ただ黙って付いて行くだけじゃない。力の限り、できることをする」
「…………」
「嫌いなままでいい。信用させてみせる」
「…………フン!!」
ウルフギャングは、森の中に消えた。
『おーおー、やる気満々だけど、どした?』
「別に。嫌われたままじゃやりにくいだけ……いや」
『あん?』
ラクレスは、ほんの少しだけ嬉しそうに言った。
「俺も七曜騎士だからさ、『仲間』とはうまくやりたいんだ」
憧れの騎士。
経過はどうであれ、ラクレスは騎士としてここにいる。
レイアースの隣……夢をかなえたと言っていいのか不明だが、少なくとも今は、七曜騎士『闇』のダンテとして、できることをやるつもりだった。