葬儀
レイアースに案内されて向かったのは、一般兵士の訓練場。
現在、数名の騎士と一般兵たちが集まり、訓練場の中央に作られた『櫓』の前に整列している。
レイアース、ラクレスが現れると、騎士が敬礼、そして一般兵も敬礼した。
突き刺さるのは、ラクレスへの視線……すでに『新しい七曜騎士』の話は広まっているのだろう。視線だけではどういう評判なのかは不明で、好意的なのか、敵意があるのかもわからない。
騎士の一人……レイアースの専属ではない騎士が、レイアースに敬礼する。
「お越しいただき、感謝します」
「騎士として当然のことだ」
「それと……そちらのお方は」
「七曜騎士『闇』のダンテ。新たな七曜騎士だ……彼にも花を」
「はっ」
騎士は、ラクレスに花を渡す。
櫓には、兵士たちが使っていた剣が刺してあった。そして多くの花。
兵士たちを見ると、顔を伏せている者、泣いている者、歯を食いしばる者が多くいた。そして……ラクレスは気付く。
(……あ)
「……ぅ、ぅぅ」
ルキア。
第七班の新兵が、流れる涙を拭わずに泣いていた。
その姿を見て、兜の下で歯を食いしばる。
『……ケッ、こんなこと、意味あるのかねぇ』
(黙ってろ。頼む……)
『……まあいいけど。さっさと終わらせて欲しいぜ』
レイアースと並び、櫓へ近付く。
そして……レイアースがビタッと止まった。何を見ているのかすぐ気づいた。
(……俺の、剣)
櫓に、ラクレスの剣が刺してあった。
ラクレスは無言で、持っていた剣を抜いて櫓に刺す。レイアースが驚いていた。
「その剣、お前のではないのか?
「ああ。自前の剣は無くしてな……この剣のおかげで、助かった」
「……そうか」
レイアース、ラクレスは花を添えて櫓から離れる。
そして、騎士の一人が魔法で松明に火を着け、櫓に向かって投げた。
櫓は、一気に燃え上がった。
花が燃え、剣が燃える。魔法の炎は剣をも燃やす。
「……死者の国で振るう剣を、魂の元へ送る……か」
ラクレスが呟くと、レイアースが小さく言った。
「……ラクレスの剣は、私が持っててもよかったかな」
「…………」
今にも泣きそうなレイアースだが、涙を堪える姿は、子供の頃と同じだった。
◇◇◇◇◇◇
櫓が燃え尽き、解散となった。
レイアースも『仕事がある』と言い早足で去り、ラクレスは片付けの様子を眺めていた。
すると、ルキアが近づいてきた。
「あ、あの……」
「ああ、ルキア」
「え?」
(しまっ)
普通に名前を呼んでしまい背筋が凍り付く。ダンテも『おいおい』と呟いたが、どうしようもない。
ラクレスは、咳ばらいをした。
「……済まないな。お前が助けを呼びに行ったと、お前の班の班長から聞いた。それで、ルキアと」
「そうだったんですか……あ、あの、新たな七曜騎士様、ですよね」
「ああ、そうだ」
「ありがとうございました!! その……騎士の方が仰っていました。死体の損壊が少ないのも、ほとんどの死体が残ったのも……七曜騎士『闇』のダンテ様が、ドラゴンオークを倒してくれたからって」
「違う」
「……え?」
「俺は、間に合わなかった。誰も助けられなかった……意味がないんだ」
ラクレスは、拳を握った。
もっと早くダンテを見つけていれば、もっと早くドラゴンオークを倒していれば、マリオを行かせずに一緒に隠れていれば……死ななかったかもしれない。
そう考えるだけで、後悔しかなかった。
「俺は、もっと……」
「そんなこと、ありません。おかげで……ちゃんと、お別れできました」
「え?」
「マリオ班長、レノさん、ウーノさんと、顔を見てお別れできました。ラクレス補佐だけはわからないけど……でも、ちゃんと、顔を見て……お別れできました」
ルキアは、ポロポロ涙を流し、笑っていた。
ラクレスは、胸に亀裂が入ったような痛みを感じた。意味がない、その言葉こそ意味がない……むしろ、最悪な言葉だった。
ラクレスは、頭を下げた。
「すまなかった。軽率だった……」
「だ、ダメです!! あ、あたしみたいな新兵に、七曜騎士『闇』のダンテ様が頭を下げるなんて」
「いいんだ……本当に、すまなかった」
『おい、謝って罪を軽くしようって姑息な真似すんな。間に合うとか間に合わないとかどーでもいい。オマエは、オレ様を纏ってドラゴンオークを倒したって事実だけだ』
「……」
ダンテの嫌味にも、ラクレスは無反応だった。
◇◇◇◇◇◇
話が落ち着き、ラクレスは聞いてみた。
「第七班……いや、第一~八班はどうなるんだ?」
「兵士訓練学校のカリキュラムを早期で終わらせて配属するみたいです。騎士の指導員も増やすみたいですよ」
「……そうか。お前はどうする?」
「変わりません。このまま、兵士としてやっていきます。マリオ班長たちが生かしてくれた命を、未来につなげます!!」
「…………うん」
「えへへ、噂ってアテになりませんね。新しい七曜騎士の方は、人間側に付いた魔人で、七曜騎士の方から監視対象として末席に据えられた、なんて聞きましたけど……すっごく優しいお方でした」
「え」
そんな噂? と、ラクレスはポカンとした。
すると、ルキアは「あ」と口を押える。
「す、すみません!! あたし、余計なこと」
「待った。その……俺、騎士や兵士からどう思われてる? 昨日、七曜騎士になったばかりなんだけど」
「えっと……」
少し言いにくそうだったが、ラクレスはウンウン頷いて促す。
「ま、魔人の方が助けてくれて、最初はみんな感謝していました。でもその、いきなり七曜騎士に任命されて、もしかしたらソラシル王国に潜入しに来たんじゃ……なんて言われたり、ドラゴンオークをけしかけたのも魔人の仕業じゃ……なんて言われてます」
「……そ、そっか。好意的ではないんだね」
「は、はい……ぶっちゃけ、疑われてます。でもでも、レイアース様が昨日、『七曜騎士全員で監視するから問題ない』って言ってました」
「い、いつの間にそんなことを……」
『ケケケ、面白いじゃねぇか』
(うるさい)
ラクレスは頭を押さえた。すると、ルキアがクスっと笑う。
「ダンテ様、なんだか……ラクレス補佐に似てます」
「え」
「もういない人なんですけどね。ふふ……魔人で恐ろしいなんてみんな言ってるけど、なんだか普通の方みたいです」
「あ、いや、まあ」
「すみません。私、第七班室の掃除があるので、これで失礼します!! ダンテ様……ありがとうございました!!」
ルキアは敬礼し、走り去った。
その後姿を見ていると、ダンテが言う。
『オマエ、もう少し騎士っぽい威厳出せ。ラクレスだってあんま疑われるようなら、歩き方とか全部、オレ様がやるからな』
「わ、わかったよ……」
ラクレスはため息を吐き、もう一度だけ空を見上げた。
「よし……俺も、やるべきことをやる。ラクレスとして生きるために、七曜騎士『闇』のダンテになりきってやる」
『その意気だぜ相棒。ケケケ』
ラクレスはマントを翻し、その場を後にした。