ダンテの説明
レイアースの案内で訓練場を出て向かった先は、王城の隣にある屋敷。
城内に屋敷? と普通は思うが、兵士として何年も過ごしていたラクレスは知っていた。
(ここは……七曜騎士が住まう屋敷じゃないか)
「到着だ。仕事の説明と言ったが……それは明日からにする。ここは、貴様専用の屋敷だ。突然のことで使用人もいないが、構わんな?」
「ああ、構わない」
声はダンテのままだが、自分の意思で声を出せた。
「……後に、専属騎士や従者などの話もある。話すことはたくさんあるが……今日はゆっくり休め」
「…………」
レイアースは辛そうだった。
それも仕方がない。今日、数時間前に『ラクレス・ヴェンデッタ』を失ったばかり。口先だけの希望をラクレスは語ったが、レイアースがそれを信じるとは思っていないし、今は敵対……むしろ、憎悪すらされている。
自分が『黒騎士』ダンテである限り、レイアースとの溝は埋まらないだろう。
「……遺跡での一件」
「……え」
「騎士として、すべきことではなかった。謝罪する」
「…………」
「だが、貴様が素顔を見せず、『魔人』としてこの場にいる限り、私は貴様を認めないし、警戒はする……いいな、師匠……エクレシア殿が貴様を認めても、私は認めん……絶対にな」
そう言い、マントを翻してレイアースは去った。
その後姿は寂しく、悲し気で……幼馴染だからこそ、ラクレスにはわかる。
『強がらないと、泣いちまう……ってか? ありゃ今日は自室で号泣するね』
「……お前な」
きっとその通り。だからこそ、ラクレスはダンテにも言わなかった。
◇◇◇◇◇◇
七曜騎士、専用の屋敷。
豪邸、というほどでもない、下級貴族の住まう一軒家のような作りだった。
一階は談話室があり、キッチン、ダイニングルーム、トイレに風呂などがある。
二階は寝室、書斎、空き部屋がいくつかあるだけ。
ベッドなどは綺麗に手入れされていたが、長く人が住んでいた気配はない。
『ほほー、城内に屋敷とは気前いいじゃねぇか』
「七曜騎士は全員、城内に仮住まいを持ってるよ。本邸は城下町の貴族街にある。全員、貴族だしな」
『へぇ、レイアースのお嬢ちゃんもか?』
「ああ。レイアースは、七曜騎士に任命された時、騎士爵の爵位を陛下から賜った」
そう言い、ラクレスは談話室のソファに座る。
そして、右手で自分の胸をバシッと叩き、強い口調で言う。
「さて……いろいろ話してもらうぞ。お前のこと、この鎧のこと、俺の疑問を全てな……」
『言えないこともあるが、まあだいたいは話せるぜ。っと……その前に』
「え、うわっ!?」
すると、ラクレスの鎧の胸部分にある奇妙な紋章から、小さな『蜘蛛』が現れた。
分泌、と言った方が近いかもしれない。無機質な作り物のような蜘蛛が十匹ほど分泌され、屋敷内に散らばっていく。
『『黒の蜘蛛』……まあ、オレ様の目ぇみたいなモンだ。これで、屋敷を見張る。まだ、オレ様の存在を周りに知られるのわけにはいかねぇからな』
「……呪装備」
ラクレスは立ち上がり、部屋にあった姿見の前に立った。
「……黒い鎧、か」
肌の露出が一切ない、完全な全身鎧。
細身で、身体にフィットするような形状だ。マントが付けられ、いつの間にか剣の鞘まで作り出され、完全に『黒騎士』である。
『ほほー、相変わらずカッケェじゃねぇか。なあ?』
「……ま、まあそこは認める」
さすがにラクレスも嘘は付けなかった。正直、カッコいい。
「……ダンテ。お前は『半魔神』で間違いない、のか?」
『ま、その認識でいい』
「……お前を外す方法を教えろ」
『ああ。まずは……今のオレ様、お前の状態を説明するぜ』
◇◇◇◇◇◇
『まず、オマエの命は風前の灯火だ。オレ様が分離したら、数十秒で死んじまうだろうな。でも、オレ様がこうしてくっついていることで生きながらえている状態……』
「…………」
『オマエが偶然、あの場所に安置されていたオレ様を見つけた時は好機だと思ったぜ。死にかけだけど、オレ様が命を繋げば何とかなる……って思った。だが、いろいろ誤算があった』
ラクレスは姿見の前から移動し、ソファに座る。
柔らかで座り心地がよく、ついつい深く座り込んでしまった。
「誤算って?」
『オマエだよ。オマエ、マジで人間なのか?』
「失礼だな……人間の両親から生まれた、普通の人間だよ」
『ふーん。まずラクレス、オマエの『闇』属性の適性が、魔神から力を与えられた魔人より遥かに高い。闇の申し子って表現してもいいレベルだぜ……で、闇の存在であり命であるオレ様と、闇の化身みたいなオマエの消えかけの命が、オマエに憑依したことでほとんど融合しちまった。城下町の井戸から汲む水と、城の井戸で汲む水を混ぜ合わせたようなモンだ。混ざっちまった以上、城下町の水だけ分離するなんて不可能だ』
「わかるような、わからないような」
ラクレスは魔法適正がなかった。だがそれは、地水火風光雷の適性がないだけで、闇属性には破格の適性があったということだ。
『これが誤算。つまり、オマエが死ぬとオレ様も死ぬ……』
「で、レイアースに……というか、なんで『ラクレス・ヴェンデッタ』のことを周囲に言っちゃいけないんだ」
『それはまだ秘密だ。ワリーな』
「……それ、かなり重要だと思うが、言えないのか?」
『ああ』
きっぱりと、ダンテは言った。
しつこく攻めてもきっと答えない。いや、今言うことではないのだろう。
ラクレスはため息を吐く。
「……じゃあ、お前を脱ぐ方法を教えてくれ」
『簡単だ。『呪装備』を集めて、オレ様に食わせろ』
「……は?」
これには、ラクレスも驚きを隠せなかった。
ラクレスが何かを言う前にダンテが続ける。
『今、オマエの命は風前の灯火だ。傷は修復したが、肝心の『命』が足りてない。だから、手っ取り早く『半魔神』の命を宿す呪装備をオレ様が取り込み、足りない分の命を補填してやる』
「……それ、大丈夫なのか?」
『オマエは闇の適性が強いが、あくまで人間として強いってことだ。オレ様が半魔神の命を取り込み、オレ様の中で『人間の命』に変換して、オマエの命に補填する。オマエの命の生命力が活性化すれば、人間の命、オレ様の命と明確に『違い』が出る。そうなったら、もうオレ様を纏っていなくても、オマエは人間として生きていける。力が必要なら、オレ様を着ればいいしな』
「…………」
ラクレスは考え込み、ハッとした。
「そうか、だから七曜騎士に……」
『そういうこった。七曜騎士は、呪装備の回収も仕事にあるんだろ? 騎士の立場なら自由に動けるし、呪装備の情報も手に入りやすい……オマエ、やっぱ頭の回転早いし逸材だな』
「…………」
ラクレスは整理した。
現在、ダンテと命が一体化しているので、ラクレスが死ねばダンテも死ぬ。
ダンテを脱ぐためには、呪装備を集め、ダンテに食わせ、消えかけているラクレスの命を補填しなくてはならない。
そのために七曜騎士となり、呪装備を集める。
「……なんで『ラクレス』のことが秘密なのか、それを知りたいけど、なんとなくわかった」
『おう。それと……ラクレス、確認しておくぜ』
「?」
『オレ様は、オマエの命の恩人だ。経緯はどうであれ、オレ様と一体化しているからこそ、オマエはこうして生きている』
「…………」
『だから、約束しろ。来るべき日に……オレ様の願いを叶えろ』
「……お前の願い?」
『約束しろ』
ダンテは真剣だった。
ラクレスは立ち上がり、胸をドンと叩く。
「わかったよ。俺にできることなら、手伝ってやる」
『ケケケ。それまで、よろしく頼むぜ、相棒』
こうして、ラクレスは『ダンテ』となることを受け入れた。
ソラシル王国、七曜騎士『闇』のダンテとして、呪装備を集め、人間の『ラクレス』として戻るために。
ラクレスの、騎士としての人生が、始まるのであった。