魔人
かつて、この世界には『魔神』が降りたち、人々の世界を荒らしまわった。
そして、人々を救うために、天から『女神カジャクト』が降りたち、悪しき魔神との戦いを得て、『原初の七魔神』を封印……魔神たちの眷属も多くが武具に封印され、世界各地に飛び散った。
そして、魔神に力を与えられ、人間を支配した人間……魔人も、多くが討伐された。
生き残った魔人たちは、世界の片隅に国を作り、そこを『魔界』とし、今も暮らしている。
魔神の復活を願い、力を貯めながら。
魔人は、魔神によって力を与えられた人間。
人間と違い、魔人は全員が魔法適正を持つ……そして、その魔法適正は全て、人間が持つことのない『闇』であり、地水火風光雷の六属性とは一角を成す属性である。
魔神たちの眷属は『半魔神』と呼ばれ、そのほとんどが女神カジャクトによって封印された。
そして、半魔神が封印された武具は半魔神の力を宿した『呪装備』と呼ばれ、装備した者に膨大な力を与える武具として、魔人たちの武器として使われることになる。
ソラシル王国では、呪装備の装備は違法である。
発見次第、ソラシル王国に引き渡すことが決められている。
人間の力で破壊することはできない。だが、七曜騎士が持つ『神器』では破壊可能で、呪装備を破壊すると、封印された『半魔神』が解放される。
半魔神の強さは、そこらへんの魔獣とは一線を画す強さ。騎士が百人いても対処不可能である。
◇◇◇◇◇◇
『と、オマエの知識から得た情報はこんな感じか』
(合ってる。ソラシル王国の子供でも知ってることだ。というかお前も半魔神……ってことか)
『ま、オレ様のことは追々な。それより、面白くなってきたぜ』
現在、ラクレスは、エクレシアの背中を見て歩いていた。
背後には、強烈な視線を送り、剣の柄に手を添えているレイアースもいる。
『ケケケ。これから何をされるのかね?』
(……殺されることはないと思う)
『オマエ、オレ様の事受け入れたのか? もう正体をなんとか知ってもらおうって気が感じられねぇけどよ』
(バレたら死ぬんだろ。それに、この状態で『俺はラクレスだ』なんて言ったら、レイアースがブチ切れる)
『ケケケ、そりゃそうだ』
そして、案内されて到着したのは、七曜騎士が使う訓練場。
一般兵士が使う訓練場と同じだが、踏み込むと地面の硬さや、周囲の空気が重いことに気付いた。
というか、訓練場には、四人の男女が立っていた。
(……じょ、冗談、だろ)
『……ああ、死ぬかもなこりゃ』
その場にいたのは、ソラシル王国最強の騎士。
七曜騎士の六人が、ラクレスを出迎えるように待っていた。
ラクレスが立ち止まると、エクレシアとレイアースが七曜騎士の隣に並ぶ。
六人が揃う光景をラクレスは見たことがない。だが、あまりにも壮大、壮観で、呼吸を忘れそうになった。
「エクレシア。どういうことか説明せよ」
(うわあ……七曜騎士『炎』のイグニアスだ!! 七曜騎士で最も古株、実力者の……か、カッコいい!!)
ラクレスは初めて、皮膚の露出が一切ない鎧に感謝した。今、もし素顔が見れるなら、自分の顔はとんでもなく緩んでいるだろう。
イグニアス・バルディエズ公爵。ソラシル王国貴族であり、騎士の名門バルディエズ家当主。現在五十九歳だが、筋骨隆々の肉体は鎧の上からでもわかる。
輝くような金髪に口髭の紳士は、厳しい表情でラクレスを見ていた。
エクレシアににっこり微笑む。
「彼はダンテ。流れの傭兵で、騎士に相応しきお方です」
(えっ)
『ケケケ、面白くなってきた。オイ、オレ様は流れに身を任せるぜ』
ダンテは黙り込んでしまう。ラクレスは汗をダラダラ流しながら話を聞いていた。
「騎士、だと?」
「はい。彼は魔人ではありますが……心優しきお方。私は、彼が七曜騎士の末席に相応しいと考えています」
『え……』
「なっ……し、師匠!? それはどういう」
ラクレスは唖然とし、レイアースが驚愕する。
すると、青年がケラケラ笑いだした。
「あはははは!! ま、魔人ってマジ? しかも七曜騎士に相応しいとか……姐さん、マジ?」
(エリオ・ウィンターズ!! 七曜騎士『風』の、レイアースが加入する前に『天才』って言われてた七曜騎士……!! 若いな。俺やレイアースと同じくらいかな)
七曜騎士『風』のエリオ。年齢は二十歳で、ウィンターズ侯爵家の嫡男。軽薄でやや女遊びに熱が入る男だが、その強さは計り知れない。
噂では、レイアースと何度も食事をしたり、パーティーに誘ったりもしているとか。
エクレシアは微笑む。
「本気よ。というか……私ね、魔人とか人間とか獣人や亜人とか、こだわりはないの」
「…………」
ピクリと、長身の男性の『耳』が動く。
男性は人間ではない。灰色の体毛、大きな耳を持つ『狼の獣人』だった。顔立ちは人間ではなく完全な狼で、衣類や鎧を装備しているが、手は体毛に覆われ爪も伸びていた。
(ウルフギャング・エッジ……狼獣人で、七曜騎士『地』に選ばれた獣人の騎士。人間ではない故に認めていない者も多いが、多くの獣人たちが彼を慕い、その立場を認めているという……)
ウルフギャングはスッと目を細めてラクレスを見る。
エクレシアはその反応を見て、ウンウンと頷いた。
「それに……七曜騎士と言うのに、六名のままっていうのが、ずっと気になっていたの。ドラゴンオーク五体をたった一人で屠る力を持つ彼なら、七曜騎士最後の一枠……『闇』に相応しいと思いません?」
「フン、どうだかね……というか何? 全身鎧とかカッコいいって思ってんの? 顔くらい見せなさいよ!!」
水色のポニーテールを揺らし、ラクレスにズンズン近づいて見上げて来る少女。
(し、七曜騎士『水』のアクア・シュプリーム……シュプリーム公爵家の箱入り娘。七曜騎士だけど、俺は苦手なタイプなんだよな)
アクア・シュプリーム。年齢十九歳。シュプリーム公爵家の英才教育を受け、天才的な素質でレイアースと並ぶライバルだ。アクアはラクレスをジロジロ見て兜に手を伸ばそうとするが、ラクレスは躱す。
すると、イグニアスが言う。
「話はわかった。エクレシア……貴様は、この男を七曜騎士『闇』の座に推薦する、ということか」
「はい。彼なら、最後の椅子に座るのに相応しいかと」
(いやいやいやいや、なんでそうなるんだ!! お、俺の意志はないのか!?)
そう叫ぼうとするが、声が出ない……ダンテの仕事である。
エクレシアは言う。
「ダンテくん。きみは騎士の教育を受けているね? その『呪装備』を手に入れたのは魔界かな?」
『……そうだ』(勝手に声出すな!!)
『いいから任せろ。ケケケ、こっちのが都合良さそうだ』
「じゃあ、ソラシル王国最強、七曜騎士『闇』として、ソラシル王国に忠誠を誓う覚悟はある?」
『いいだろう。そろそろ、腰を落ち着ける椅子が欲しかったところだ』
「うん、決まりだね」
エクレシアはポンと手を叩く。
だが、イグニアスが言う。
「その前に、素顔を見せろ」
『この呪装備の呪いで、素顔を見せることができない』
「なら、ぶっ壊してあげる!!」
と、いつの間にか傍に接近していたアクアが剣を抜き、ラクレスの兜目掛けて斬りかかる。
ラクレスは咄嗟に右腕を上げ、ガントレットを盾に変えて防御。
闇の魔力の波動に、騎士たちが臨戦態勢になる。レイアース、ウルフギャングが剣を抜こうとするが、エリオとエクレシアが止める。
「まあまあレイアースちゃん、落ち着いて」
「エリオ、貴様……私に触れるな!!」
「ウルフギャング、あなたもよ」
「貴様に指図される覚えはない」
険悪になる四人、アクアは新しいおもちゃを見つけた子供のように笑い、ラクレスに剣を向ける。
このままではいろいろまずい。ラクレスがそう思った時だった。
「やめよ」
イグニアスの凛と響く声に、七曜騎士たちは動きを止める。
そして、イグニアスはラクレスをジッと見て、エクレシアに言う。
「エクレシア。貴様が連れて来たこやつの実力……我々に見せてみろ」
「はい。では……模擬戦闘にて、実力を計ります。相手はこの私……七曜騎士『雷』のエクレシアが務めます」
「いいだろう。では……見せてもらおう」
(え、え……ま、まさか、戦うのか!?)
ラクレスをほぼ無視して進む展開に、ラクレスはもうどうしていいかわからない。
すると、ダンテが言う。
『詳しい話は後でするが朗報だ。鎧を脱ぎたいなら、まずは七曜騎士として認められな。そうすれば、オレを脱ぎ、さらに解放される方法を教えてやる』
(……本当なのか)
『ああ。まずは、騎士になってからだ。ケケケ、長年の夢だった騎士になるチャンスだぜ?』
七曜騎士たちが下がり、ラクレスとエクレシアだけになる。
エクレシアは腰の剣を抜き、さらにもう一本抜く。
片刃の、細い双剣。それを逆手に持ち構えを取る。
ラクレスも、『闇魔剣ダインスレイブ』を抜いて構えを取った。
「あら、やっぱり騎士ね。その構え……王国騎士剣術かしら」
『…………』
父から習った構えです、とは言えないラクレスなのであった。
こうして、黒騎士ダンテの、騎士になるための戦いが始まるのだった。