さよなら、ラクレス
レイアース、ヒミカ、ソアレ。そしてラクレスの四人で遺跡内へ。
遺跡内は血、四肢、臓物が飛び散る悲惨な光景だった。だがヒミカとソアレは表情を変えず、周囲を警戒しつつ先に進む。
(こんな光景なのに、臆することなく進んでる……これが本当の騎士)
『ケケケ。レイアースだったか? あの女が一番落ち着きねぇなあ?』
ダンテの茶化すような声。
レイアースは落ち着きなく周囲を見渡し、今にも泣きそうな顔をしている。
ダンテは言う。
『俺が見たところ、この先の大部屋の横穴に、人が隠れるのを見た』
「っ!!」
「れ、レイアース様、待って!!」
「ダンテ殿、急いで!!」
レイアースが走り出したので、ヒミカたちも後を追う。
ラクレスも、胸が詰まりそうなくらいレイアースの心情を理解し、その背中を追う。
そして、ダンテが安置されていた大部屋に到着。ラクレスは柱の陰に案内し、横穴を確認。
そこに、大量の血液、そして一本の剣が残されていた。
『ここに、男が隠れていたのは覚えている』
「…………」
レイアースはしゃがみ、血を撫でる。
そして、落ちていた剣を拾い……ポロポロと涙をこぼす。
「……ラクレスの、剣」
その通りだった。
今、腰に差している『暗黒剣ダインスレイブ』は、拾った剣をダンテの力でコーティングした剣。ここに落ちている剣は、ラクレスが使っていた剣だった。
そして、大量の血……まだ半渇きで、ラクレスは自分がこれだけ大量の血を流していたことに驚く。
「そん、な……」
レイアースは崩れ落ちた。
横穴に、ダンテが安置されていた小部屋があった。
ヒミカ、ソアレが調査するが、特に何もないのかすぐに出てくる。
「……レイアース様。戻りましょう……ドラゴンオークにより騎士、そして部隊は壊滅です」
「…………」
「レイアース様。指示を出さないと」
「…………まえ、が」
レイアースは、ゆっくり立ち上がる。
その瞳は涙に濡れており、怒りに燃えていた。
アイスブルーの瞳がラクレスに向けられる。そして、とんでもない量の魔力が、純白の光が放出され、レイアースの光がラクレスに向けられた。
「お前がもっと早く来てればァァァァァァ!!」
『ッ!!』
「「レイアース様っ!!」」
抜剣。光を纏った剣がラクレスに向けられる。
『相棒、剣を抜け!!』
ラクレスは言われる前に剣を抜き、ダインスレイブでレイアースの剣を受ける……が。
『マジか!? オレ様の暗黒物質を浄化してやがる!? このガキ、やっぱり……』
力任せの一撃。真正面から受け、ダインスレイブのコーティングが剥がれかけた。
だが……ラクレスは、その悲しみの重みが理解できた。真正面から受けるしかなかった。
ラクレスは、死んだ。そう、レイアースは受け入れている。
その重みを無視するわけにはいかなかった。
『……済まない』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
涙混じりの咆哮、眩い輝きがラクレスを襲う。
だが、ラクレスは受けた。剣で受けるしかできなかった。
避けることができない。ラクレスは叫びたかった。
俺は、ここにいる。
でも、声が出ない。気付かない。レイアースは気付いてくれない。
「ラクレスが!! いないのは!! お前が、間に合わなかったからァァァァァァ!!」
逆恨みとしか思えない。レイアースは冷静ではない。
それほど、ラクレスを失った悲しみは深い。
自分のことを説明できない。ラクレスは、叫んだ。
『生きている!!』
「……えっ」
レイアースの剣が止まった。
ラクレスは続ける。
『……この場にいて、死んだのなら、死体が残るはず!! だがここに死体はない!! 俺にはここに誰がいたか知らない。でも、死体がないなら生きている!!』
「…………」
レイアースは、ゆっくり剣を下ろす。
「生きて、いる……」
『ああ。間違いなく』
「……」
レイアースは剣を収め、ラクレスを睨んだ。
「……指示を出す。ヒミカ、ソアレ、戻るぞ」
「「はっ!!」」
「そこの、黒騎士だったか……無礼を謝罪する。だが、貴様が『呪装備』を纏っている以上、放置するわけにはいかん。それはこの国では監視対象になる……ソラシル王国まで同行してもらうぞ」
『わかった』
呪装備は、ソラシル王国では違法。
それはラクレスも知っていた。なので、従うほかない。
「……行くぞ」
レイアースは、歩き出した。
手にはラクレスの剣を持ち、その背中はいつも通りの凛々しい騎士。
だが、幼馴染のラクレスには分かった。悲しみを隠し、騎士として振舞う痛々しい姿。
見ていて苦痛だったが、黒騎士ダンテでは何もできなかった。
◇◇◇◇◇◇
遺体と共に、ソラシル王国へ帰還したラクレスたち。
ラクレスは、レイアースたちとソラシル王城へ向かう。その中庭で死体の本格的な埋葬が始まる。
ラクレスはどうしようか迷う。すると、一人の騎士が近付いてきた。
「レイアース……」
「あ……師匠」
七曜騎士『雷』のエクレシア。レイアースの師が近付いてきた。
薄紫のショートヘアを耳にかけ、レイアースをそっと抱きしめる。
「……辛いことがあったのね」
「……」
「後で私の部屋にいらっしゃい。おいしい紅茶を淹れてあげる。でも、その前に……」
エクレシアの視線が、ラクレスにぶつかった。
探るような、でもどこか温かみのある視線……数秒ラクレスを見て、にっこり微笑んだ。
「あなた、『魔人』ね?」
ギョッとする周囲。同時に、ラクレスもギョッとする。
すると、ダンテが勝手に喋り出す。
『……そうだ。故郷を追われ、呪いをかけられた魔人だ。呪いの鎧の力で、素顔を晒すと激痛が走る』
(ちょ、な、かか、勝手に変な設定を付け加えるな!!)
『いいんだよ。ケケケ、都合がいい』
魔人。
それは、人間とは違う、ヒトの形をした『魔なる人』のこと。
かつて世界を混沌に陥れた『魔神』の眷属であり、今は数こそ少ないが、魔界という人間が踏み込めない領地に住んでいると言われている。
レイアースは、ラクレスを睨みつけた。
「貴様、魔人だと……やはり、あのドラゴンオークに関与しているということか!!」
『ち、違う!!』
「貴様は……やはり、許せん!!」
と、レイアースが剣を抜こうとしたが、エクレシアが電光石火の早さでレイアースの柄尻を押さえる。その速度にレイアースも、ラクレスも反応できなかった。
「レイアース、落ち着きなさい……確かに、魔人は人間と争った歴史がある。でもね、この方がドラゴンオークを討伐し、遺体を騎士の礼儀に則り埋葬しようとした事実もある。遺体に敬意を払うような方を、問答無用で敵とみなすのは、騎士の礼儀に反するわ」
「し、師匠……しかし」
「それに、今の話……魔人の呪いだったかしら? その黒い鎧が脱げず、素顔を晒せないというのは興味深いわね」
探るような目だった。
七曜騎士『雷』のエクレシア。ラクレスは油断できないと感じる。
エクレシアは、兵士の一人を呼んで何かを言いつけると、ラクレスに近づいた。
「お姉さん、あなたに興味が出たわ……ふふ」
『……』
その妖艶な笑みに、ラクレスは恐怖を、そして微妙な居心地の悪さを感じるのだった。