妖怪とお握り 【月夜譚No.282】
お弁当のお握りが一つない。今朝、確かに二つ作って詰めたはずだが、一つしかない。
彼女が一泊置いてからそっと横目で隣を見遣ると、窓枠に腰かけた小さな影が素知らぬ顔をして外に視線を投げた。十中八九――いや十、彼が犯人だろう。
「どうかした?」
目の前に座るクラスメイトに首を傾げられ、彼女は「何でもない」と首を振った。
彼の姿は、常人には見ることができない。一般に妖怪といわれるその存在は、一部の人間にしか認知できなかった。
掌サイズの小動物に似た姿は愛らしいのに、性格は割と捻じ曲がっている。あまり関わりたくはないが、そうもいかない事情がある。
彼女は仕方なしに残りのお握りに齧り付いた。人の目がある場所で彼に文句を言ったら、ただの変人である。
妖怪と関わるようになってから数ヶ月、まだまだ彼等に関しては分からないことばかりだ。そもそも、分かる日がくるのだろうか。
この先の苦労を想像して、彼女はお握りと一緒に溜め息を飲み下した。