コスモスから旅立つ私を、貴方は……
「政略結婚という言葉は知っていましたが、まさか、こんな急に……」
空は曇り、9月にしては寒い朝です。
屋敷の玄関脇に咲くコスモスのスイートピンク色の花も、寒そうに揺れています。
「出発の日時は、誰にも伝えていないのに、なぜ、いらしたのですか?」
玄関ホールを出て、貴族用の馬車に向かう私の横で、黒髪の第二王子様は下を向いています。
私は、隣国の令嬢です。この王国に留学していましたが、先月、卒業式を終えました。
旅立ちの日、一つに結んだ銀髪、旅行用の軽装ドレス、姿勢を凛として、馬車の前に立ちます。
「この国で見るコスモスの花は、これが最後になります」
名残惜しい気持ちを振り払うため、決意を言葉にします。
貴方の誕生パーティーで、一緒に火を灯したのが、昨日の事のように思えます。
コスモスは開花時期となり、美しく咲き誇るスイートピンク色……私には、もう似合いません。
私の満開の時期は、終わってみると、とても短いものでした。
この王国で幸せになるものだと、思っていました。
それは、幼い私の、恋に恋する夢物語だったのでしょうか。
馬車に乗り込み、見送りの第二王子様を見ますが、下を向いたままです。
「第二王子様と言葉を交わせるのは、今日だけです」
馬車から身を乗り出し、消えそうな声を絞り出しましたが……聞こえなかったようです。
私の手袋は、外してあります。
今、第二王子様の温かい手が、私に触れたら、未来は変わるかもしれません。
第二王子様の王族としての立場を理解し、目の前の幸せを選んでしまった私を、どう思っているのでしょうか?
遠くから8時を告げる鐘の音が聞こえてきました。
隣国に向かう馬車の出発時刻です。御者が馬車を動かそうとしています。
「も、もう少しだけ……」
御者を止めます。
「第二王子様、一つだけ……」
「……」
「貴方は、夢を語る少年のままなのですね……」
「……」
ここまで言っても、貴方は下を向いたままなのですね。
私は……大人へと変わってしまいました。
ルージュは、落ち着いたローズピンク色へと変えています。
「さぁ、行きましょう」
昨日までとは違う唇を動かし、馬車を動かします。
動き始めた馬車に、舞うはずのないコスモスの花がひとひら……後ろへ流れて消えました。
隣国へ向かう道の先、雲の切れ間から青空が見え、光の柱が降り注いできました。
━━ Fin ━━
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