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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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33/42

32◇片時も

 純粋な人ではない。

 竜の血を持つ、人間と呼んでいいのかもわからない存在。

 それがエミーリエだという。


 タロン公国の人々の多くは、竜の血を受け継ぎながらも人としての部分がほとんどだ。

 あの洗礼の儀の際に〈ウィルド〉とされる、その者だけが竜に近い。


 この現実を、エミーリエは受け止めなくてはならない。

 否定したところで事実は覆らないのだから。


 けれど、エミーリエ自身は意図して特別な力を使える気がしなかった。人と同じように怪我もするのに、人間と言い張ることができないらしい。


 この時、部屋の扉が叩かれた。エミーリエは驚いて涙を隠すと、時間をかけて部屋の扉を開いた。

 そこにいたのはパヴェルだった。


「泣いていたのか?」


 驚いたように言われた。


「あっ、これは、本を読んでいたら感情移入してしまって……」


 そんな苦し紛れの言葉をパヴェルは信じただろうか。けれど、それ以上追及はされなかった。パヴェルにもどこか余裕がない。


「舞踏会は終わったが、俺はしばらくベルディフ領の屋敷には戻れなくなった。マクシムとシャールカもだ。お前だけなら、王都(ここ)よりも向こうの屋敷の方が気が休まるだろう?」

「それは……」


 言葉を失ってしまった。

 残された日々をパヴェルのそばで過ごそうと決めたところなのに。


「何かお役目があるのですね? それでしたら、終わるまで王都でお待ちしたいと思います」


 ベルディフ領は遠いから、パヴェルに近いところにいたい。

 けれど、パヴェルは渋い顔をした。


「いや、俺たちは王都にいるわけじゃない。西の方へ行かなくてはならないから」

「西ですか? では、わたしもそちらにご一緒してもよろしいでしょうか?」


 これを言った時、パヴェルは怒ったように表情を険しくした。


「駄目だ。連れては行けない」


 パヴェルがこういう顔をする時、それはただ単に怒っているのとは違う。エミーリエももうそれを学んでいた。


「西へ何をしに行かれるのですか?」


 理由を言いたくなかったらしい。渋々といった口調だった。


「ヴァラフ王国との小競り合いだ。女連れで行くわけには行かない」


 小競り合い、と。

 それはつまり、戦いになるかもしれないということだ。


 戦なんて、それこそ現実味がないけれど、パヴェルにとって戦は身近なものなのだろうか。

 危険だから、エミーリエのように戦えない娘は連れていけない。

 エミーリエがついていっても邪魔になる。


 ――だとしても、行きたい。

 パヴェルと離れているのが嫌だと思った。


「危ないからですか?」


 つぶやくと、パヴェルは苦しげに息を吐いた。


「そうだ」

「パヴェル様たちは危なくないのですか?」

「まったく危険がないとは言わないが、後れを取るつもりはない」

「まったく危険がないのではない限り、見送るのは嫌です」


 エミーリエが言い張ると、その頑固さにパヴェルが驚いていた。これまでのエミーリエならば納得して屋敷で待っていただろう。


「わたしも連れていってください」


 パヴェルの服が皺になるほど、腕の辺りを握り締めた。

 何を泣くのだと、パヴェルは変に思ったかもしれない。それでも涙が止まらなくなった。


 この人のそばはエミーリエの居場所ではない。

 だとしても、まだここにいたい。


 エミーリエがすがっているパヴェルの腕が動いた。

 部屋の扉の隙間を広げるように体を差し込むと、エミーリエの顔を両手で包み込んで上を向けさせた。


「戦地にまでお前を連れていったら、俺は片時もお前を離せないのだと世間から言われることになる」


 互いの顔が近く、パヴェルの表情もぼやけて見えなかった。パヴェルはエミーリエを抱き締め、自らの服にエミーリエの涙を吸い取るように頭を押しつけた。

 パヴェルの腕の力強さに驚き、エミーリエの方が力が抜けていく。


「俺はどう言われようと構わない。多分、連れていっても、離れて待たせていても落ち着かないんだ」


 抱き締めて囁いてくれる。パヴェルはエミーリエを愛しいと感じてくれているのだろうか。

 ――自分が恋をする未来なんて予想もしていなかった。


 けれど今、こんなにも胸が騒ぐ。パヴェルといる時がいつまでも続けばいいと願ってやまない。

 涙は止まるどころか溢れるばかりだった。


「置いていかないでください。わたしもパヴェル様のおそばにいたいんです」


 それが素直な気持ちだった。

 パヴェルはエミーリエが苦しくないように腕の力を緩めた。


「ただし、向こうで勝手な動きは絶対にするな」

「はい」

「それから――」


 何かを言いかけたが、パヴェルはその先を言わなかった。


「いや、全部終わってからにしよう」


 それでも、パヴェルがエミーリエから体を離すと、包まれていた心地よさが消えて寂しくなった。

 どんどん贅沢になっている自分を感じる。

 また孤独が始まった時に耐えられるだろうか。


 そんな心を隠しながら、エミーリエはパヴェルに微笑み返した。


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