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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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27◇影に寄り添う

 パヴェルの様子が少しおかしいように思えた。

 それがエミーリエの気のせいであればよかったけれど。


 舞踏会は煌びやかで、美しい人がたくさんいる。ただし、皆が友好的だとは言えない気がした。

 最初は身分の知れないエミーリエが不審がられているのだと思ったけれど、それにしてはパヴェルに向ける目まで冷ややかだ。


 パヴェルが、エミーリエをここへ連れてくるために無理をしたのではないかと心配になる。

 エミーリエは不安を抱えたままパヴェルのそばにいた、何人かは恭しくパヴェルに挨拶をする。


「おや、これは愛らしいご令嬢をお連れですね。ご婚約を発表されるのでしょうか?」


 老紳士がにこやかにそんなことを言ってきて、エミーリエは驚きが勝ちすぎて膝が震えた。


「パヴェル様、ご婚約されるのですか?」


 こっそりとパヴェルにだけささやくと、パヴェルは顔をしかめた。

 この老紳士の勘違いだろうか。大体、誰と婚約するというのだろう。


「また、いずれ……」


 パヴェルは曖昧なことを言って、老紳士は訳知り顔でうなずいて去った。


 いずれはパヴェルも結婚するのだろう。いずれという言い方は間違いではないとしても、なんとなく引っかかる。

 何が引っかかるのか、それはよくわからない。



 会場ではすぐに舞踏会が始まるわけではなく、しばらくはこうして挨拶を交わしたりする時間が設けられているようだった。


「別室に軽食もありますから、もしご希望でしたら一緒に参りましょう」


 マクシムの腕に手を添えたシャールカが声をかけてくれた。こうして見ると二人も美男美女だ。


「男女で部屋が別だから、僕やパヴェル様ははついていけないんですよね」

「そうなのですか?」


 宮廷舞踏会なんて二度と来ることはないだろうから、できれば隅々まで堪能したい。


「じゃあ、あとでお願いします」


 そんな話をしている間もパヴェルは壁際で難しい顔をしていた。

 すると、ルドヴィークがやってきた。連れはおらず一人でいる。


「パヴェル、ちょっといいかな」


 声をかけられると、パヴェルは少し緊張したように見えた。

 チラリとエミーリエに目を向け、それからマクシムとシャールカに。


「はい、兄上」


 うなずき、ルドヴィークの方へ歩み寄る。二人が並ぶとパヴェルの方が背が高かった。

 兄弟が離れていく背中を見送ると、その時視線を感じた。

 あまりに強い視線だったので、エミーリエは気圧されそうだった。


 そこにいたのは美しい令嬢だ。とても意志が強そうで、きっと身分も高いのだろうと思われる。

 どうして睨むのかは知らないけれど、エミーリエは彼女に好かれるのは難しいと感じた。


「エミーリエ様、少し外の風に当たりに行きましょうか」


 マクシムがやんわりと言い出した。

 多分、あの鋭い視線を気にしている。


「ええ、そうですね」


 マクシムとシャールカに促され、エミーリエはテラスに向かった。

 外に出ると人の熱気を洗い流してくれるような風が吹いていてほっとする。好奇心から飛び込んではみたものの、エミーリエはどうしようもなく場違いだ。


 マクシムとシャールカは、エミーリエの守りがなければもっと自由に振舞えただろうか。そう思うと申し訳なかった。


 それを口にする前に、三人に近づいてきた人物がいた。

 それはパヴェルでもルドヴィークでも、先ほどの気の強そうな令嬢でもない。

 エミーリエはその人物の顔を見た途端に、あっと小さく声を上げてしまった。


 背中まである艶やかな黒髪をひとつに束ねた美少年だ。男性だとわかるのは、ドレスを着ていないからであり、そうでなければ性別も判然としなかっただろう。

 その少年は、シャールカにそっくりだった。


「カレル……」


 マクシムが名を呼ぶ。

 シャールカは、キッとカレルを睨みつけた。自分によく似たその顔を。

 それでもカレルは傷ついたふうでもない。ニヤリと薄く笑った。


「その令嬢は誰だ? お前たち二人が護っているのなら、お前たちの飼い主にとって特別な女性なんだろう?」


 飼い主、と。

 エミーリエは唖然としてしまった。

 カレルの笑顔はシャールカとはまるで違い、人を小馬鹿にしたような歪みがある。


「あなたには関係のないことよ。向こうへ行って」


 シャールカも冷ややかに応対する。

 そうしたら、カレルは憎しみにも似た嫌悪感をシャールカに向けていた。


「双子の兄に向って偉そうな口を利くじゃないか。王子殿下に可愛がられているだけあって強気だな」


 そこまで言って、カレルはクスクスと笑い出した。その声は心を掻き乱す。


「でも、残念だったな。あんなにそばにいたくせに王子を射止められず、こうして別の令嬢に持っていかれたわけだ。なっさけないなぁ、お前」


 心底楽しそうにそんなことを言った。

 いつも冷静なシャールカが顔を赤く染め、温厚なマクシムがカレルを殴り倒しそうな目をした。


 ――家族だから、兄弟だからといって必ずしも仲良くいられる人たちばかりではない。

 エミーリエもほとんどの兄弟とは交流がなく、理解し合えていないのだから。

 わかってはいるけれど、こうあからさまな不仲は見ていて悲しかった。


「あの、カレルさん」


 思わず口を挟んでしまった。

 すると、カレルはスッと目を細め、シャールカがエミーリエを庇うように腕を前に出した。


「何か?」


 カレルにとって、エミーリエは敵陣の人物だとでも言いたげだった。声が冷たい。

 怖くないかと言われると、少し怖い。けれど、カレルと話をしてみたいと思えた。


「少し二人でお話をしませんか?」


 それを言うと、シャールカとマクシムがギクリとしていた。

 やめておけと言われる前に自分から言う。


「ちょっとでいいんです。マクシムさんとシャールカさんは待っていてください」

「ですが……っ」


 シャールカは、自分の兄だというのにカレルを信じていない。顔かたちはよく似た二人なのに。

 カレルは小さく笑い、うなずいた。


「僕は構いませんよ。ただし、あなたの耳に優しいことはひとつも言わないと思いますが」

「ありがとうございます」


 微笑んで返す。

 この場で多分、マクシムが一番困っていた。エミーリエはマクシムにも目で大丈夫だと伝える。


 マクシムとシャールカは渋々、テラスの窓辺まで下がった。

 それでも、何かあれば駆けつけられる距離を保っている。


「それで、お嬢さんは何をお知りになりたいんですか?」


 カレルはエミーリエの隣に来てテラスの手摺に手を置いた。揶揄するような口調だった。


「わたしはエミーリエと申します。シャールカさんたちにはお世話になっています」


 ふぅん、とどうでもよさそうに言った後、カレルは悪だくみを思いついた子供のような目をした。


「ああ、そうだ。あなたの質問に答える前に僕の方から色々とお話して差し上げましょう」


 美しい横顔にどこか残忍な笑みを浮かべ、カレルは切り出す。


「シャールカは、パヴェル王子殿下にずっと憧れていたんですよ。淡い恋心ってやつですね。これまで、殿下は他の令嬢を近づけなかったので、はたから見てシャールカに分があるように見えていたかもしれません。でも実際はまったく相手にされなかったわけです。滑稽ですね」


 シャールカがパヴェルに恋をしていたと。

 それを口にする彼女ではないと思うけれど、双子の兄妹ならば何か感じるところがあったのだろうか。


「人の気持ちを言いふらしてはいけませんよ。相手を傷つけてしまいます」


 もしカレルの言うことが本当なら、シャールカは他人の口からパヴェルには知られたくないはずだ。

 それなのに、カレルは楽しそうだ。むしろ、シャールカが傷つくのが楽しいとばかりに。


「僕が何を言っても言わなくても、パヴェル王子殿下につけば味方の少ない茨の道ですよ。あなたは承知の上でしょうけど」


 パヴェルが連れてきたエミーリエが何も知らないはずはないと思っているのかもしれないが、生憎と何も知らない。

 カレルの言い方には毒があった。


「どういう意味ですか?」


 パヴェルもマクシムもシャールカも、余計なことはエミーリエの耳に入れなかった。

 聞かせたくない話だったのだろうか。それとも、エミーリエがカーライルの国民ではないから関係ないということだろうか。


 けれど、エミーリエは知りたいと思った。それをどう受け取るかを決めるのは自分だ。


「どうって、あの方は王子であると同時に罪人の子ですから」


 カレルが意外そうに目を眇める。

 その様子から、これは国民ならば誰もが知っていることなのだと感じた。


「罪人の子?」

「驚いたな。あなた、本当に何も知らなかったんですか?」

「わたしは田舎から出てきたばかりで……」

「それにしたって、知っていてもいいでしょう? パヴェル王子殿下の母君は、王太子殿下の母君を毒殺して死罪を賜りました。パヴェル王子殿下も一生幽閉されるところだったんですけど、幼い頃のことでしたから加担しているはずもなく、子に罪はないと許されたんです。パヴェル王子殿下は文武両道で、優れた能力をおもちですが、でも、そんな王子に世間は冷たいものです」


 大国の王室は、エミーリエには計り知れない権力争いがあったのだろう。

 それでも、誰かを害するのは、結局のところ自分の首を絞めるだけだ。

 その凶行とパヴェルの人柄とがまるで結びつかない。パヴェルの母親がそんなことをするとは信じがたいけれど。


 ただ、子供だったパヴェルはひどく傷ついたのだろうなとエミーリエも胸を痛めた。

 黙り込んだエミーリエに、カレルは冷笑した。


「おや、やっぱり罪人の子なんて嫌ですか? まあ、いつ何をされるかわかりませんしね」

「……カレルさんからのお話は、まだ他にございますか?」


 エミーリエが瞬きながら問いかけると、カレルは一瞬たじろいだ。


「まだって、別に。これだけですよ」

「そうですか。じゃあ、今度はわたしから」


 にこりと微笑みかけると、カレルは僅かに戸惑いを浮かべた。


「どうしてそんな言い方ばかりされるのでしょう?」

「えっ?」

「意地悪そうに見えてしまいますよ」


 今度は絶句した。かと思うと、無理やり笑顔を作ってみせる。

 けれど、顔が引き攣っていた。


「意地悪そうというか、実際に意地悪なんでしょう」

「そうでしょうか?」

「あなた、僕とシャールカが同じだと思っています? 見た目はともかく、何もかも僕たちは違いますよ」

「そうでしょうか?」


 エミーリエはフフ、と笑った。

 その途端、カレルはカッとして顔を赤らめた。不快そうな目をする。

 けれど、エミーリエはからかっているわけではない。


「カレルさんはわざとそんな態度を取っておいでのように見えます。シャールカさんと似ているのはお嫌ですか?」


 短髪のシャールカに対し、カレルは長髪だ。わざと違うふうにあろうとしているように見えた。


「だから、僕たちは同じじゃないと言っているじゃないか」


 慇懃無礼な態度が綻ぶ。それがカレルの素顔のように感じられた。


「あいつは妹のくせに、跡取りの僕よりもなんだってよくできる。似てないんだよ」


 吐き捨てたカレルの声には血が混ざるような苦しさがあった。それを聞いた時、エミーリエは納得した。

 カレルがシャールカに敵意を抱くのは、劣等感からだ。


「誰がそう言ったとしても、それはシャールカさんのせいではないですし、カレルさんのせいでもないでしょう?」


 知ったふうなことを言うなと怒られるかもしれないが、それこそ劣等感で縮こまっていたエミーリエはカレルの歪み方が勿体なく思えた。


「僕のせいじゃないかどうかはわからないな。僕の性根は御覧の通り曲がっているから」

「わたし、もっと曲がっている人を知っています。カレルさんみたいなのは序の口です」


 ラドミラのように、あんなにも優しい顔を向けた後でひどい行いができるようになったら、カレルも性根が曲がっていると称してもいいけれど、この人は違うと思った。拗ねた子供のようなところがあるだけだ。


「序の口?」

「そうですよ、全然。可愛いものです」


 エミーリエがクスクスと笑っていると、カレルは拍子抜けしたのか苦笑していた。


「あなたは変わっているね。僕に、兄妹なんだからシャールカと仲良くしろとは言わないのか?」

「もちろん仲良くした方がいいとは思いますが」

「無理だよ。何年かけてこんなふうにこじれたと思っているのさ?」

「さあ? でも、これからの歳月の方が長いんですから、何年かかけて解いていったらいかがです?」

「嫌だよ。まったく、余計なことばっかり言うね。あなたと話していると疲れるよ。じゃあね、エミーリエ」


 カレルは手をヒラヒラと振った。背を向ける前に向けた表情は、少なくとも微笑んでいた。

 エミーリエは、ちょっと悲しいシャールカの兄のことが嫌いではなかった。


「エミーリエ様、カレルが失礼なことを申しませんでしたか?」


 カレルが遠ざかり、シャールカが代わりに駆け寄ってくる。


「ええ。楽しくお話できました」

「楽しく、ですか?」


 訝っているが、エミーリエが笑顔でいるから、とりあえずは信じてくれただろうか。

 シャールカ以上にマクシムの方がカレルを警戒しているように見えた。


「カレルはルドヴィーク様寄りで、パヴェル様に敬意を払いません。ルドヴィーク様が王位に就かれた後、他のやつらと一緒になってパヴェル様を冷遇するように仕向けるかもしれません。何せ、シャールカに対抗意識が強いんです」


 その言葉に、エミーリエは首を振っておいた。


「大丈夫ですよ。本当はちゃんとわかっている方だと思います」


 シャールカは何か言いたそうにしたけれど、言葉を呑み込んだ。

 いつもよりも少しだけ頼りなく見えた。


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