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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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26◇ルドヴィーク

 エミーリエのことはシャールカに任せきりになっていた。


 シャールカ自身も伯爵令嬢で、舞踏会に出席する資格は十分にあるのだが、いつもパヴェルが出たがらないからかシャールカもあまり乗り気ではなかった。


 彼女と踊りたい男は多いが、進んで壁の花になりたがる。シャールカが社交場嫌いな理由はいくつもあるのだが、今回ばかりはつき合ってもらいたい。



 パヴェルは父王に会ったその足で兄を訪ねた。

 しかし、兄は出払っていて見当たらない。仕方なく出直そうとしたら、同じように兄を捜していたスラヴェナに出くわした。兄の婚約者だ。


 スラヴェナ・バルターク。

 バルターク公爵家の令嬢で、亡くなった兄の母親の親戚筋だ。スラヴェナは二十歳になったばかりで、艶やかな肌と漆黒の巻き毛を持つ。美人ではあるが、気性が激しいと言うべきか、気位が高いと言うべきか。


 争い事を嫌い、極力回避しようとする兄が外堀を固められたこの婚約を断れるはずもなく、スラヴェナは王太子妃という地位に王手(チェック)をかけている。


「あら、パヴェル様。ベルディフ領においでだと窺っておりましたが、いつお戻りでしたの?」

「先ほど戻ったばかりだ。それで兄上に挨拶に来たが、ご不在らしい」


 王子と公爵令嬢。

 序列は明白なはずが、スラヴェナは少しも畏まるつもりはない。


 パヴェルはそれでも兄がこの令嬢を妃に迎えるのなら、やめた方がいいと苦言するつもりはなかった。口を出しても兄を困らせるだけだ。


「ルドヴィーク様はきっと書庫ですわ。いつもあそこに入り浸っておいでですもの」

「それではその寛ぎのひと時を邪魔するのは忍びない。明日、改めて顔を出すことにする」

「パヴェル様も明日の舞踏会にご出席されますの?」

「ああ、そのために戻った」

「お珍しいこと。お妃選びをされるおつもりになったのかしら?」


 フフ、と気取った笑いを浮かべている。

 パヴェルも薄く笑って返してやった。


「そのつもりだ」

「っ……もしや、あのオルサーク家の?」

「違う。シャールカは部下だ」


 これ以上立ち話につき合うのも面倒だ。パヴェルはスラヴェナを残して速足でその場から遠ざかる。

 スラヴェナは噂をばら撒くかもしれないが、それも含めて腹をくくらなくてはならない。

 兄への挨拶は結局、舞踏会のその場でということになりそうだ。



 それよりも一番の問題は、エミーリエと話をすることだった。

 エミーリエをシャールカに任せたせいで、常にシャールカがおり、二人きりで話すのが難しかった。


 戦いを挑まれればどんな相手だろうと迎え撃つ気概はあっても、こんな時に堂々と心を伝えるのは困難だった。そんな日が来るとは考えたこともなかったのだ。


 結局、二人で話せるのは踊っている時だけかもしれない。そこで告げるしかないような気がした。

 マクシムに相談したら笑われそうだから、絶対にしない。



 当日、パヴェルが正装してエミーリエを迎えに行くと、ライラックのドレスを着た妖精のようなエミーリエが出てきた。


 以前仕立てたドレスのうちの一着だったと思うが、着ているのを見たのは初めてだ。繊細なレースがエミーリエの動きに合わせて揺れる。


「お待たせしました」


 エミーリエは緊張した面持ちでパヴェルを見上げる。

 一瞬、パヴェルの心臓が止まって、慌てて鳴り始めたような感覚がした。そのせいか、ヒリヒリ痛い。


「エミーリエ様もシャールカもすごく似合ってますね、パヴェル様」


 後ろに控えていたマクシムが自然に言う。マクシムはいつでも緊張していない。

 シャールカは髪の色に近いブルーグリーンの落ち着いたドレスだった。短い髪を軽くまとめ、コサージュで飾っている。


「シャールカのエスコートは僕が」


 と、照れもなく手を取る。この自然さは見習わなくてはならない。

 パヴェルはエミーリエに手を差し出した。


「エミーリエ」

「はい」


 ほんのりと頬を染め、パヴェルの手に白い手袋の手を重ねた。

 エミーリエが横にいる、この時間を引き延ばすためにできることをしなくては。



 ――予想はしていたが、パヴェルが女性を連れて現れた時点で会場はざわついた。

 そして、エミーリエの儚げな美しさにも注目が集まった。あの令嬢はどこの誰だ、と。


 パヴェルといれば、エミーリエに近づいてくる男はいないと思った。

 しかし、いたのだ。一人。

 それも堂々と。


「あっ、君は昨日の――」


 兄のルドヴィークは、弟ではなくエミーリエに声をかけた。

 エミーリエは環境こそ複雑ではあったが育ちはよいので、場を弁えた仕草で礼を返した。


「昨日はご親切にしてくださり、ありがとうございました」


 いつの間に二人は知り合ったのだろう。

 パヴェルが何も言えないでいると、エミーリエはちらりとパヴェルを見上げ、言った。


「昨日、書庫に迷い込んでしまって、そこで偶然お会いしました。王太子殿下とは知らずに失礼を致しましたが」

「いや、失礼なことなんて何も。パヴェル、君が舞踏会に出るなんて珍しいと思ったら、こんなに素敵な令嬢を連れてくるなんて余計に驚きだ。エミーリエ、僕とも踊ってくれるかな?」

「わたし、あまり上手には踊れませんが……」

「僕もそんなに得意じゃないから気にしなくていいよ」


 兄は穏やかに言い、パヴェルにも微笑んだ。


「じゃあ、後で」

「はい」


 パヴェルはそれだけを返す。

 兄と不仲ということはない。穏やかな兄は、こんな弟でも弟として認めてくれている。家臣たちが煽っても、パヴェルを敵視することはしないでいてくれた。


 兄にとってパヴェルは、弟である前に実の母を殺害した女の息子なのに。

 父と同じように、パヴェルに罪はないと言ってくれる。そんな兄のこともパヴェルは尊敬している。

 だからこそ、この時の兄の様子がとても気になった。


 兄は自ら進んで令嬢と関わろうとする人ではない。一人で静かに過ごすのを好む。

 それが、エミーリエに対してはとても自然だった。そんなことは珍しい。

 だからこそ、パヴェルは気になった。


「パヴェル様?」


 エミーリエに名を呼ばれ、ハッする。

 藍色の目が不思議そうにパヴェルを見上げていた。


 なんでもないとばかりに苦笑し、パヴェルはエミーリエを安心させようとしたが、多分上手くいかなかった。


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