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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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24◇王都へ

 パヴェルから、何か希望があるかと訊ねられた時、エミーリエはダンスを踊ってみたいと答えた。

 それを覚えていてくれただけでも嬉しかったのに、ちゃんと叶えてくれた。


 しかも、パヴェルはそれから時間が空くと、呑み込みの悪いエミーリエに何度も手ほどきをしてくれた。

 忙しいパヴェルを煩わせてしまって申し訳なく思うのに、パヴェルはエミーリエに気を遣わせたくないようだった。


「あの、本当にもう十分です。私、もう一生分踊った気がします」

「何が一生分だ。こんなのは舞踏会の三日分にもならない」


 そんなことを言われたけれど、エミーリエにはピンと来なかった。


「でも、本当に舞踏会に出るわけではないのですから」


 ここよりももっと煌びやかな場所があるとしても、エミーリエには縁がない。そんな場所の中心にいるようなパヴェルと踊っている今が幸運なだけだ。

 けれど、パヴェルはエミーリエが添えていた手を軽く握ってからつぶやいた。


「じゃあ、出てみるといい」

「えっ?」

「舞踏会に出たいのなら連れていく。素性は正直に言わなくても、俺の連れだと言えばいい」


 本当にそんなことができるのだろうか。

 行ってみたい気持ちはもちろんあるけれど、パヴェルたちに迷惑をかけてしまうかもしれない。

 そんな考えは先に読まれていた。


「細かいことは気にするな。ただ楽しんでくればそれでいいんだ」

「本当にご迷惑にはなりませんか?」


 そっとパヴェルを見上げると、パヴェルは微笑んだ。


「俺がいいと言っている」


 このところ、パヴェルはよく笑うようになった。ふと柔らかく笑う。


 本来はこういう人なのだろう。優しいのに、優しさだけを見せるわけにはいかない立場だから、いつも厳しさをまとっている。

 そうでなければ、たくさんの女性が彼に恋しただろう。


「ありがとうございます、パヴェル様」


 なんでも消極的になってしまうことはない。いつまでも昔の癖が抜けないままではいけないのだ。

 これから先のこともいい加減に考えていかなくてはならない。


 この国に来てから稀に聞こえたあの子供の声はなんだったのか。

 その声が聞こえた時に起こった不思議な現象は。


 今のところ答えが得られる兆しもない。それをいいことに、突き詰めて知ろうとしていなかった。


 いずれそこに行き着くのなら、わからない中で結論を急いでも溺れるだけだという気もする。

 ただ、今の幸福が少しでも長く続けばいいと、そんなことばかりを願っていたせいかもしれない。



 パヴェルはいつでも、たとえ口約束だろうと違えない。

 本当にエミーリエを舞踏会に連れていくつもりらしい。

 それも、王都。宮廷舞踏会だ。


 田舎者が場違いだと笑われるだけかもしれないのに、恥をさらしにそこまで行くのだ。

 けれど、カーライル王国の王都がどんなところだか見てみたいとも思った。こんな機会でもなければ行くことはないのだから。


「えっ、ルジェナは来ないの?」

「王宮にはたくさんの人が働いていますから、人手には困っていないんですよ」


 そうかもしれないけれど、ルジェナがいないと心細かった。エミーリエが知っているのは、パヴェルとマクシムとシャールカの三人しかいない。


 王都へ向かう馬車には、エミーリエの他にパヴェルとシャールカが乗った。マクシムだけはすぐに動けるように馬に乗っていくとのことだ。


 馬車に乗り慣れていないエミーリエをシャールカが常に気遣ってくれた。パヴェルはただ静かに座っている。


 王都へ向かうことで何かの歯車が動き出したとしても、それは起こるべくして起こったことだろうか。



     ◆



 パヴェルが一度王都に戻ると告げた時、マクシムは必要以上に驚いていた。


「エミーリエ様を王都にお連れするって、本気ですか? それも舞踏会って……」


 マクシムがそう言うのも無理はないのかもしれない。わかってはいる。


「そもそも、パヴェル様が自発的に大嫌いな舞踏会に出られるなんて」

「今回だけだ」

「エミーリエ様、多分すごく意地悪されますよ?」


 問題があるとすればそこだ。

 第二王子だろうと王族であるパヴェルの妻の座に収まりたい女がエミーリエをよく思わないのは事実だ。エミーリエは底意地の悪い連中に言い返すこともしないで言われっぱなしになる気はする。


「なるべく俺が気を配る。だが、完全にというわけにはいかない。だからこそ、お前たちにも頼みたい。特にシャールカ、お前に」


 ずっと黙って控えていたが、名を呼ばれてシャールカはハッとしていた。


「女同士しかいけないようなところでは、特にそうしたことがあるだろう。だから、気にかけてやってほしい」

「は、はい」


 普段は男のマクシムと同じような扱いしかしないくせに、こんな時だけ女だということをあてにして言いつけて、勝手だと思っているかもしれない。それでも、シャールカが適任なのだ。

 マクシムは不意に目を細めた。


「王都へ行けば、エミーリエ様に()()()()()を吹き込む人間がいますよ。それでもいいんですね?」


 それは、パヴェルの立ち位置、育ち、そして母親のこと――今のエミーリエが知らない事情だ。


 けれど、知られて困るとは思わない。エミーリエはそれらのことを知ったからといって、急に態度を変えるようなことはしないと信じられるようになったから、隠しておくつもりもない。


「そんなことは構わない」


 すると、マクシムは妙に労わるような目を向けてきた。


「でも、僕は、宝物は大事にしまっておいた方がいいと思うんですよ」

「何を……」

「ええ、パヴェル様のお立場なら仕方のない部分もありますが」


 そう言って苦笑した。

 マクシムが言いたいこともわかる。


 パヴェルは単にエミーリエを虫よけにしたいのではない。

 この娘以外は誰も要らないと、それを示したいだけだ。


「マクシムさん」


 珍しくシャールカが咎めるような目をしてマクシムを止めた。けれど、そんなシャールカの目にも強い戸惑いが見えた。

 らしくないことをしているパヴェルが悪いのかもしれないけれど。


 王都にエミーリエを連れていくことに、まったく不安がないわけではなかった。

 それでも、連れていきたい。それはいつかは訪れる時で、避けては通れないのだから。



 馬車の窓のカーテンの隙間から、エミーリエは絶えず外を見ていた。

 祖国のそれも屋敷の外にほとんど出たことのないエミーリエには、すべてが真新しく興味深いものだったのだろう。目を輝かせている横顔を、パヴェルはただ穏やかな気分で見守っていた。



 王城に戻ると、まず父王と兄に挨拶せねばならない。ただし、まだエミーリエを引き合わせるのは早い。

 舞踏会のその日に正装して引き合わせる方がいいだろう。


 そう判断し、パヴェルはエミーリエを客人として扱うようにと城の者たちに告げ、エミーリエを預けた。シャールカがそれにつき添っている。


 別れる時、一度エミーリエはパヴェルに不安げな目を向けた。

 パヴェルから離れることを心細く感じていてくれるのなら、それが少し嬉しい。そんな表情がとても愛しかった。


 ――と、浮かれているばかりではいけない。

 この王城は我が家であるのと同時に魔窟でもあるのだから。



「これはこれは王子殿下。お戻りとは露知らず、失礼致しました」


 廊下ですれ違った重臣が、スッと目を細めて浅く礼を取る。

 後ろのマクシムが身構えたのがわかった。この侯爵は兄を擁立する一派で、パヴェルのことをよく思ってはいない。


 そんな者の方が多いのだから、多少の不敬に目くじらを立てるつもりはないが、侮られていていいわけでもない。


「俺がどこにいようと卿には関わりもなかろう。逆もまた然りではあるがな」


 フッと冷笑してすり抜ける。

 お前のような小物に興味はないと。

 マクシムは少し歩いた廊下の先でそっとつぶやく。


「いつもなら胸が空きましたと言うところですが、今はエミーリエ様のことがございますので、ほどほどに」

「……だからこそ、簡単に潰されるわけにはいかない」


 それを言うと、マクシムはそっと訳知り顔で笑った。



 父王へ謁見する。

 父王ミロスラフは、母のことを抜きにしてパヴェルを正当に認めてくれている。


 この父王がパヴェルを救ってくれた。子に罪はないと。

 そうでなければ母の事件があった時、パヴェルは一生幽閉の身となっていてもおかしくなかったのだ。


 パヴェルに向けられる父の目はいつも優しい。五十を超えて銀髪の色がくすんできたが、顔立ちは未だに精悍だ。


「戻ったか。意外に早かったな。ベルディフ領の具合はどうだ?」

「はい、今年も豊作のようですが、獣害の恐れがあり、対処の必要があります」

「聞いた話によると、竜が出たそうだが?」

「それなら、すぐに飛び去りました。実害は何もありません」

「そうか。しかし、竜の出た年には異変が起こるとも伝えられている。気を抜かぬようにな」

「留意致します」


 こんな会話を続けながらも、パヴェルはいつになく緊張していた。


「あの、父上」

「うん?」


 そこでふと、パヴェルは大変なことに気づいた。

 父王に会わせたい者がいると切り出す前に、当のエミーリエに大事なことをろくに告げていないと。


 ここまで連れてきたけれど、舞踏会を口実にしただけだ。エミーリエは踊るためだけに来たと思っている。パヴェルが父王にエミーリエを会わせたいと考えているなどとは知らない。

 どうしようもなく順序がおかしい。


「い、いえ、これはまたの機会にします」


 パヴェルの狼狽をらしくないと思ったのか、父は少しばかり顔を曇らせた。


「何か気がかりなことがあるのか? それはもしや、西の……」

「西?」


 何を言わんとするのか、パヴェルが理解しなかったせいで父はその先を言わなかった。


「いや、すまん。私の勘違いだ」


 西には、兄のルドヴィークが治めるハルディナ領がある。そのことでなければいいが。

 互いに歯切れは悪いまま、パヴェルは父との謁見を終えた。


 エミーリエにはいつ、どのようにして想いを伝えるべきなのか、パヴェルは正直に言うとまるでわからなかった。エミーリエが自分をどう見ているのかが見当もつかない。


 マクシムに向ける笑顔と、パヴェルに向ける笑顔の区別がほぼつかない。

 特別では、ないのかもしれない。


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