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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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20◇詫びと礼と

 エミーリエたちは宿で簡単な食事を取った。

 パヴェルはそれほど食べていなかった。庶民の食事は口に合わないのかもしれない。エミーリエは空腹だったのでたくさん食べた。味つけが少し濃いと感じたけれど、十分に美味しい。


 エミーリエが食べ終えるのを、パヴェルもシャールカも待ってくれていた。

 それから、ゆっくりと水を飲んでグラスをテーブルに戻し、パヴェルは立ち上がった。


「軽く休んでから出発する」

「はい」


 宿の部屋はふたつ取ってあるらしく、パヴェルはその片方に引っ込んだ。

 エミーリエはシャールカともうひとつの部屋に入る。飾り気はないけれど、ヨラナの家よりはずっと綺麗だった。

 シャールカは優しくエミーリエに問いかける。


「昨晩は眠れましたか? もし眠っておられないのでしたら、今のうちにどうぞ。パヴェル様も休まれているでしょうから」


 エミーリエがきょとんとしていると、シャールカが困ったように言った。本当に困っていたのかもしれない。


「一睡もされていないのです。食事の席からずっと眠たそうにされていました。あなたを見つけてほっとした途端に疲れが出られたのでしょう」

「あ……」


 まさか、そんなにも必死で捜してくれていたとは思わなかった。

 それが罪悪感からであったとしても。


 タロン公国ではきっと、兄のヴィレームくらいしかエミーリエを捜し出したいとは考えていないのに。

 知り合って間もないパヴェルが、そんなにも必死で捜してくれるとは思いもしなかった。


 驚いたのと同時に、胸の奥があたたかなもので溢れた。それは、ルジェナに感謝された時に感じたものと似ている。

 自分以外の誰かによってもたらされる感情だ。涙が滲む。


 誰かに感謝される。必要とされる。

 それに憧れていた。今の自分はそれらを与えてもらっている。

 感謝するのはエミーリエの方かもしれない。


 ポツリと落ちた涙を隠し、エミーリエは顔を上げた際、精いっぱいの笑顔をシャールカに向けた。


「シャールカさんも休んでいないのでしょう? わたしよりもシャールカさんが休んでください。来てくださって、本当にありがとうございました」

「私がパヴェル様に同行するのは役目ですから」


 当然のことだと返されたが、エミーリエはさらに言う。


「それでも。わたしが考えなしに飛び出したのがいけなかったのですし」

「いえ、私のことならお気遣いなく」


 制服をピシリと着こなしたシャールカは、二人きりの時でも気を緩めなかった。

 疲れていないはずはないけれど、エミーリエのように気楽にはいられない立場なのだろうか。何か張り詰めたものを感じてしまう。

 そんな彼女の手に、エミーリエはおずおずと触れた。


「じゃあ、一緒に眠りましょうか。このベッドならわたしたち二人くらい寝転べると思います!」


 ぎゅぅっと手を握り締めると、シャールカは苦笑した。鬱陶しいと思われていないといい。


「本当にお気持ちだけで十分です。さあ、お休みください」


 あまりしつこくしてもいけないのだろうか。もし二人して寝過ごしてしまったら、シャールカの面目に関わるのかもしれない。


「でも、眠たくなったらいつでも言ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 皆、とても優しい。

 エミーリエはそろそろ自分のことを語ろうと心に決めた。



 昼過ぎになって宿を引き払うと、パヴェルとシャールカは預けてあった馬を受け取った。


「エミーリエは俺が乗せていこう」

「は、はい。ありがとうございます」


 ――とは言ったものの、馬に乗ったことのないエミーリエであった。馬上に引っ張り上げられた後、その高さに驚いた。

 木の上よりはましだけれど、思った以上に高い。落ちたらどうしようかと。


 しかし、パヴェルはエミーリエが落ちないように懐にすっぽりとエミーリエを収めた。この密着した状態で帰るのかと冷や汗が出る。


「まあ、あまり速度は出さずにゆっくり行く。別方面に行かせたマキシムには報せが遅れて悪いがな」


 パヴェルがそれを言うと、シャールカがすかさず答えた。


「それでしたらすでに伝達を先に走らせました。マキシムさんと屋敷には私たちが戻るよりも先に伝わっているはずです」

「さすがだな。根回しがいい」


 パヴェルが褒めても、シャールカは当然のことをしたまでだとばかりに頭を下げただけだった。

 有能で羨ましい。シャールカみたいになんでもできるようになりたいとエミーリエは思った。


「疲れたら言え」


 手綱を引いて馬を進め出したパヴェルがそんなことをつぶやいた。

 口調は荒いが、気遣いが伝わる。だから、エミーリエは思いきって言った。


「あの、わたしがどこから来たのか、殿下にお話ししたいと思います」


 顔を見上げるとパヴェルの顎に頭をぶつけてしまいそうなので顔は見られなかった。だからこそ言いやすかったのかもしれない。

 もし顔を見たとしても、パヴェルは表情らしきものは浮かべていなかった気もするけれど。


「その話はマクシムと合流してから改めて聞くとしよう。それと、マクシムやシャールカも俺を〈殿下〉とは呼ばない。そういう呼び方はしなくていい」


 そんなことを言われるとは思ってもみなかったので、エミーリエはとっさに顔を上げてしまいそうになったがなんとか留めた。

 あの二人は名前で〈パヴェル様〉と呼ぶ。エミーリエもそうしていいというのだろうか。


 随分恐れ多いことのような気がする。困惑していると、パヴェルは重ねて言った。


「それと、お前には詫びとして何かしたいと思う。希望はあるか?」

「えぇっ? お詫びなんて、こちらこそ助けて頂いたのに」


 あまり驚いて体をのけ反らせると、勢い余って馬上から落ちてしまいそうだ。エミーリエは驚きを体に伝えないように縮こまった。けれど、パヴェルは淡々と返してくる。


「詫びという言い方が気に入らないなら、礼でもいい。飛竜を追い払ってくれて俺たちは命拾いしたわけだからな」


 それこそ、パヴェルに恩を着せるつもりなどなかった。

 こういう時、どう答えるのが正解なのか、経験の少ないエミーリエにはよくわからなかった。

 何か、パヴェルの負担にならないようなことを提案してみようか。


「あの、本当になんでもいいのですか?」


 恐る恐る訊ねると、パヴェルが身構えたのがわかった。


「可能な限りでならな」

「では、ダンスを一曲踊って頂けますか?」


 ――言ってしまった。

 何を言っているんだろう、こいつは、と変な目を向けられているかもしれない。


 それでも、エミーリエにとっては積年の夢である。

 部屋に閉じこもっていたエミーリエなのだ。誰かと手を取り合うダンスなどもってのほかだった。手ほどきを受けたこともなければ、舞踏会など本の中での出来事でしかない。


 パヴェルは王子様で、その王子様と一曲でも踊れたら一生の思い出にできるだろう。

 そう思ったのだが、呆れられただろうか。


「それだけか?」


 やはり、パヴェルの声は拍子抜けしたようだった。突拍子もないことを言ってしまったらしい。


「す、すいません、変なことを口走りました。ご迷惑ですよね」

「いや、そんなことでいいのかと思っただけだ」

「わたし、多分きっととても下手なので、その一曲がとんでもないことになるかもしれません」

「それは楽しみだな」


 逆に面白がられたのか、パヴェルが笑っているのがわかった。

 やっぱり、変なことを言ってしまったのかもしれない。


 それでも、パカパカと馬の蹄鉄の音が響く中、あたたかな日差しとパヴェルの体温とがとても心地よく、いつまでも着かなくていいような気分だった。


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