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願わくは幸せな結末を  作者: 五十鈴 りく


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18◇自分が招いたこと

 エミーリエは親切な老婆の家に招き入れられた。

 小さくて、少し腰の曲がった姿はどこか愛嬌がある。彼女はヨラナと名乗った。


「あんた、どこから来たんだい?」


 縁の欠けたカップの底が見えるくらい、ヨラナが淹れてくれた茶は薄かった。けれど、十分にあたたかくてエミーリエはそれを飲むとほっと息をついた。


「そんなに遠くからではないんですけど」


 ベルディフ領から来たと言えばいいのかもしれないが、ここが同じ領内だったら馬鹿な発言になってしまう。

 回答をぼかしたエミーリエに、ヨラナは小さく笑った。


「見るからにイイトコのお嬢さんだ。男ができて家出でもしてきたのかい?」

「男ができる?」

「駆け落ちってこと」

「いえ、わたしだけです。連れはいません」


 駆け落ちなんてできるように見えただろうか。エミーリエと一緒に、何もかも捨てて逃げてくれるような男性に心当たりはない。エミーリエにそんな値打ちはなかった。

 ヨラナは首を傾ける。


「そうなのかい? あんたがここにいることを誰か知っているのなら、迎えに来てくれるだろうけど」

「迎えに来るような人はいません。わたし、仕事を探しているんです」


 思いきって言ってみたら、ヨラナはまぶたの垂れ下がった目で瞬いた。


「仕事! そりゃあ丁度良かった。あんたみたいな子にぴったりの仕事がある」


 それを聞いた時、エミーリエは天に感謝した。まさかこんな幸運があるとは思いもしなかったのだ。

 喜びのあまり腰を浮かせかけ、留まった。


「わたし、精いっぱい頑張ります! どうか雇ってください!」


 ヨラナは優しい目をしてうんうん、とうなずいた。


「じゃあ、明日から働いてもらおうかね。今日は疲れているだろうから、ゆっくり休むといい。ええと――」

「エミーリエです。ヨラナさん」

「じゃあエミーリエ、こっちの部屋を使いな」


 ヨラナが通してくれた部屋は窓がなくて湿気臭かったが、文句を言う気などさらさらなかった。明日から初めての仕事が始まるのだ。明日に備えて早めに休ませてもらおう。


 夕食を取っていないので空腹感はあったけれど、無一文なので仕方がない。

 エミーリエは部屋にあったソファーベッドで横になると、なるべく頭を空っぽにして目を閉じた。


 そうしていると、どうしてもパヴェルのことを考えてしまう。

 パヴェルは、エミーリエが出ていったと知って満足してくれただろうか。最後にちゃんとした詫びと礼を述べなかったことを不敬だと感じていないといい。


 怒らせてしまったけれど、優しくしてもらったことをすべて忘れたわけではないから、これからもパヴェルが健やかに過ごしていけるように祈ろう。

 パヴェルはもう、エミーリエのことなど忘れたかもしれないけれど。



 ――夜中に目が覚めた。

 夜中だと思っただけで、本当はそれほど遅い時間ではなかったのかもしれない。


 その話声はヨラナと男の人だった。もしかするとここはヨラナの息子の部屋で、そこをエミーリエが占拠してしまったのだろうか。

 申し訳なくなって、エミーリエはソファーベッドから起き上がって扉のノブに手をかけた。しかし、扉は開かなかった。


 どうしたことかと混乱していると、会話の内容が聞こえてくる。


「ばあさんの見立てじゃかなりの掘り出し物なんだろ?」

「ああ。あんな綺麗な娘はなかなかいないよ」

「そんなのが都合よく捕まるなんてな。あんたみてぇな業突張りの日頃の行いがいいわけもねぇし」

「はぁん? あんた、あたしに散々儲けさせてもらったってのに、なんて口の利き方だろうねぇ」


 ヨラナの口調は、エミーリエと話していた時よりも荒い。それは気心が知れているからかもしれないが、あまりいい印象を受けなかった。

 パヴェルも時々きつい物言いをしたけれど、それとは明らかに違う。


「で、どうすんだ? どこにする?」

「マルタの店には勿体ないし、かといってネラも買い叩くだろうからね。いっそお大尽に売りつけようか」

「そりゃあ強気に出たな? よっぽどじゃねぇと無理だぞ」

「美少女で男を知らない、いかにも深窓の令嬢だよ。あれならいくらだって払うさ」

「そんなのがジジイの囲い者になるなんて勿体ねぇなぁ」


 二人の話している内容のすべてが呑み込めたわけではないけれど、ひどく恐ろしい話をされている気がした。

 どうやら二人はエミーリエを売り飛ばす計画を立てているらしい。今のエミーリエの状況を知ったら、ラドミラは手を叩いて喜ぶだろう。


 相手が男性だったらもっと警戒した。けれど、ヨラナは老婆だ。女性が人身販売に加担しているなんて少しも疑わなかった。

 いや、ラドミラの時だってそうだ。エミーリエは何も疑わなかった。


 この結末も自分の愚かさが招いたことなのだろうか。

 涙に暮れるよりも虚しい気持ちでいっぱいだった。


「ちょっと顔だけ覗いてくるな」

「起こすんじゃないよ」


 そんなやり取りがあって、エミーリエはハッとした。

 この部屋には窓がないと思ったけれど、天窓があった。ただし動かせる椅子などもなく、とても手が届かない。あそこから抜け出すのは無理だ。


 足音を忍ばせ、男が近づいてくる。エミーリエは可能な限り扉から離れると、小さな声で助けを求めた。


「お願い、ここから出して」


 あの時の不思議な少年の声が答えてくれるかもしれないと、僅かな希望にすがった。

 相手が誰なのか、そもそも人間なのかどうかもわからないのに。


 それでも、エミーリエの体は暗いだけの部屋から消えていた。


 その代わり、エミーリエが辿り着いた場所が木の上だというのがひどい。

 自分一人では到底下りられないような高さの太い枝の上にいたのだ。


「えっ、こ、ここはちょっと……」


 木から降ろしてほしいと頼んだが、今度はなんの反応もなかった。

 もしかすると、朝までここにいろというのだろうか。ヨラナたちが捜しに来た時、ここなら確かに見つからないかもしれないが、落ちたら痛い。


 しかも、履いていた靴が片方だけ地面に落ちた。

 いつまでこうしていればいいのだろうかと、エミーリエは途方に暮れた。


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