◇プロローグ
ポツン、と雨のように一滴。
あどけない娘の指から流れた血が水面に落ちる。
「このお嬢様は――」
無事五歳を迎え、洗礼の儀を執り行う際、神殿に仕える巫女である老婆が水鏡を前に言い淀んだ。
五歳のエミーリエにはその意味など、到底わかろうはずもない。
ただ、エミーリエを掻き抱く母が何かを察知し震え出していた。
父はこのタロン公国の主である。取り乱すことなく、落ち着いた低い声音で問いかけた。
「エミーリエは、なんと?」
巫女は、ため息とともに気力をも吐き出し、今にも息絶えそうな弱々しさで告げる。
「このお嬢様は〈ウィルド〉とあります。わたくしの知る限りで、女児には初めてのことにございます」
「それは、つまり……」
ごくり、と唾をのむ音だけが聞こえた。無数の蠟燭の青い炎が静かに見守っている。
「このお嬢様は禍を呼びます。ご当人の気質に関わりなく難を引き寄せ、他人を巻き込んでしまうでしょう。でき得る限り、人に直に触れることはなさいませんように。表に出られるのも極力避けた方がよろしいかと」
母が何かを叫んでいたけれど、なんと言ったかエミーリエは覚えていない。
それは、覚えていない方がよいと幼い自分が判断したからなのかもしれない。
洗礼の儀に、タロン公国の民は行く末を占う。
二十四種のルーナと呼ばれる古代文字がその子の未来を示す。
その占いは予言であり、外れることはないのだという。
だだし、エミーリエはその二十四つのどれでもなかったのだ。水鏡には何も映らなかった。
稀に、先の見通せない二十五番目の〈ウィルド型〉と呼ばれる子供がいて、その子供は突然発狂してしまったり、人を傷つけたり、そんな事例があった。
エミーリエは危険を孕んだ出来損ないの子供だと、五歳にして烙印を押された。




