頭文字G~歩道最速伝説~
時に西暦20XX年……。
歩道は違法改造シニアカーで氾濫していた……。
人ゴミに向かって石を投げれば、高確率で高齢者にhitするこの時代……ワシらはチューニングシニアマシンで歩道を爆走していた……それは、若い頃を偲ぶためでも……世間に対する反逆でもない……。
ただ、surviveするため……。
20年ほど前のこと……高齢者による交通事故が余りにも多発した為……政府は「高齢者免許返納法」を成立させた……。
若者と移民らはこの法を歓迎したが……ワシらにとってコレほどの悪法はなかった……国に殆ど老人しかいない以上、大規模な移民受け入れは当然の流れだったが……それによるtroubleも当然の結果だった。
この国は、一人でちんたらシニアカーをdriveさせる老人の、命の保証をしてくれない……。
何故なら、雀のtearsほどの年金を狙った『年金強盗団』が街に横行しているからさ……。若者の中にはコレを支持する者もいる……。bull shitなこの世の中……。
車はいわばワシらの安全を保証するguardianだった……それを法により奪われたワシらは、言うなれば翼をもがれたangel……後は地に落ちるのみ……。
……なんてのは……冗談じゃねぇのさ……座して死を待つなんて行為は……人生に対する侮辱……。
ここに一つのビジネスが誕生した……。
そう……違法改造シニアカー……法律の抜け穴……ワシらが唯一生きる術……。
強盗も悪漢も……ぶっちぎれば問題ねぇ……。
全く、どうしてこんな羽目になっちまったんだ……。
どこかで止める事は出来なかったのか……?
……なんてな。弱音なんて冗談じゃねぇ……。
後ろ向きな考え方はナンセンス……後方確認は、曲がる時と駐車する時だけで十分……。
ドライビングに最も重要なテクニック……それは前を見て走ること……。よそ見運転はtoo dangerous……。
このcrazy world……皆、それぞれの走りを魅せるだけさ……そう……top gearでな……。
ーー
chapter zero
『point of no return』
ーー
イグニッションキーをシニアカーに差し込む時、リウマチで膨らんだ関節が叫びをあげた。
鈍痛が手の中で弾けるこの感覚……ワシはまだ生きている、と体の底から湧き上がる声……。
……悪くねぇ……。
キーを回すとエンジンが唸りをあげた。
『C+++work sss+』……ワシの愛車……。アクセルレバーを押せば進み、離せば止まる、シンプルな操作性……。ステアリングの反応は、ウブな生娘さながらに、段差一つでジャジャ馬へと変貌する……そう、シニアカーは段差に弱い……ごましお程度に覚えておくことさ。
フルカスタムしてあるので最高時速は50キロを上回る……。はやい……。
脳内ナノマシンを操作し、ガレージ壁面にあるスイッチに信号を送ると、シャッターがガタガタ音を鳴らして開いていく……室内に朝日が差し込む……。
……ピーカンの日照り……絶好のドライビング日和……。
「さぁ……いくゼ……」
レバーを強く押し込むと、轟音と共に車体が大きくウィリーした。
「うわっ!?」
老体に鞭打って、その勢いを無理矢理制御する……全体重を車体の前に乗せ、なんとか上手いことやる。
……上手いこといった。
無事、ワシはガレージを飛び出し、爆音と共に歩道を爆走する。
20XX年になっても、晴れた日は心地よい……。
早朝なので歩行者もほぼおらず、頬を流れる風が眠気を覚ましていく……。
気分が乗ってきたので、戯れにドリフトを試みる。
ガードレールへ直進……コーナリングラインを脳内でシミュレートし……今だ!
両腕、両足に全神経を込めて跳躍……!
シニアカーは数センチ浮き上がり、着地と同時に車体は理想の傾きを得る……いいぞ、理想のコーナリングライン……。
爆音と共に歩道にタイヤ痕を残しながら……車体後部からEにも見える煙を上げて……ワシはコーナーを曲がる……。
……これがドリフト……。
ドライビングプレジャーが脳髄からほとばしる……。
曲がり際、シニアカーの爆音を察したのか、路肩に待避している通行人が目端に写った……。
呆れたような、小馬鹿にしたような表情だった……。
フン、ドンマイさ……。
嘲笑されようと、馬鹿にされようと、ワシは今の時代を走り抜く……。
少子高齢化に帰り道はねぇ……。引き返せない所まで来てるんだ……誰もがそれに気付いちゃいるが、誰もがそれを諦めている……これはいっそホラーと呼べる……。
フ、だったら突き進むだけよ……。
ワシは病院へと続く歩道を駆け抜けた……そう……top gearでな……!
終