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呪われ姫

13番目の呪われ姫とお人好しの暗殺者

作者: イチカ

 夜会の耳が痛くなるほどの喧騒に眉を顰め、会場を後にした彼の背中を追いかけてきた女性は息を切らして声をかける。


「落としましたよ」


 鈴が鳴るようなきれいな声でそう言われ、彼は足を止めた。


「あぁ、よかった。やっと追いついた」


 心底ほっとしたような笑顔で彼女が差し出してきたのは、鈍く光る1本のナイフ。


「……身に覚えがありませんね」


 青年はそっけなくそう返す。だが、彼女はこぼれるような笑顔で首を振った。


「いいえ、確かにあなたは昨日私の部屋にコレを忘れて行ったでしょう?」


 月の光を浴びて美しく輝く銀色の髪を風でなびかせながら、彼女は静かにそういった。


「もうご存知かと思いますが、私の名前はベロニカ・スタンフォード。この国の13番目の王女でございます。昨夜、私のことを殺しに来られたでしょう? ストラル伯爵」


 ああ、もう全てがばれている。月光の下でひときわ美しいベロニカが、伯爵の目には自分のことを断罪しに来た悪魔のように映った。


「そう身構えないでください、伯爵」


 ふふ、っと楽しそうに笑ったベロニカは、


「今日はお願いがあってきたのです」


 すぐそばまでやってきて、ナイフを鞘に納め伯爵の手の上に置いたベロニカは微笑んで、淑女らしくカーテシーをしてみせる。


「どうぞ、私のことを殺してはいただけませんか?」


 まるで、ダンスを一曲申し込むかのような軽やかさで、ベロニカは伯爵に依頼した。


◆◆◆◆◆◆◆


 通されたベロニカの住まう離宮は、昨日忍び込んだ時も思ったが、なかなかにボロボロだった。護衛はおろか、侍女の1人さえ見当たらない。


「一国の姫だと言うのに、我が家といい勝負だな」


 ぼそりとそう漏らす伯爵に、うれしそうにパチンと手を叩いたベロニカは、


「まぁ伯爵の家もこうなのですか! もし雨漏りでお困りでしたら、お声掛け下さい。私、こう見えても大工仕事は結構得意ですわ」


 ここもここも私が直しましたのと、胸を張ってベロニカは自慢げに話す。

 そんなベロニカを見ながら、割と自分も得意分野だとは言えず、まぁ機会があればとお茶を濁した。


「ごめんなさい、今お茶を切らしていて。代わりと言ってはなんですが、こちらをどうぞ。たんぽぽコーヒーと申しまして、まるでコーヒーっぽい飲み物なのですよ!」


 そう言って差し出された、黒い液体を伯爵は、どうするべきかじっと見る。

 一国の姫が手ずから用意し出されたものなのだから、たとえ毒が入っていたとしても、ここは飲むべきなのだろう。

 そう思って、おっかなびっくり口にする。


「あ、おいしい」


「気に入っていただけてよかったです」


 ほわっと花がほころぶように笑ったベロニカを見て、伯爵の緊張が緩む。


「裏庭でいっぱい取れますの。よろしければ持って帰ります? 作ったばかりなのでたくさんあるのですよ!」


 これも自分で作ったのかと、驚くと同時に、彼女の置かれている状況が、自分の家と重なって、大変失礼だと思いつつ、かなり親近感が湧いた。


「それで早速なのですけれど、伯爵に私のことを殺してほしいのです」


 と、ベロニカは先ほどと同じことを口にした。


「失礼ですが、姫。なぜ俺に?」


「だって、あなたは誰かを雇ったりせず、自分で殺しにきてくれたじゃないですか」


 ベロニカは自分の分のたんぽぽコーヒーを口にしながら、とてもうれしそうにそういった。


「こんなこと言っては失礼かもしれませんが、私、あんなにお粗末な暗殺、初めてでしたの」


「悪かったな、お粗末で」


 ふてくされたように伯爵はそう口にする。

 殺しなんて専門外だ。それに何よりやらずに済むのなら、姫の暗殺なんてやりたくなんてなかった。

 自らナイフを握り締めて、忍び込んだのだって、人を雇う金がなかったからだ。

 思わず粗野になってしまった伯爵の口調を咎める事もなく、ベロニカは申し訳なさそうに頭を垂れる。


「申し訳ございません、私のせいでお手間を取らせて」


「……姫は、別に悪くは無いだろ。ただ、13番目に生まれてきただけだ」


 そう、ぼそりと言った伯爵を見て、ベロニカは驚いたように猫のような金色の瞳を大きく見開き、パチパチと瞬かせる。


「そんなことを言われたのは、初めてです」


 ベロニカはきれいに微笑んで、


「ありがとうございます、伯爵。やはり私はあなたに殺されたいです」


 どうせ、誰かに殺されねばなりませんからと悲しそうにそういった。


 この国には、昔から呪いがかかっている。そしてその呪いが発揮されるのは13番目の子と決まっている。だから、この国の王はどんなに多くとも子は12人までしかもうけない。

 はず、だった。


「そもそもですよ! お手つきした女性の数を覚えてないってどういうことですか? 陛下は簡単な足し算もできないのですか。記憶力鳥ですか!!」


 運がなかったと言えばそれまでなのだろう。たまたま陛下が視察に赴いた際の催しで舞台に上がった踊り子。そのうちの1人が運悪く陛下の目に止まり、手がついた。

 宗教上の理由で堕胎は認められず、生まれて来た13番目の王女様、それがベロニカだ。

 ちなみに13番目を超えてしまえばもう関係ないとばかりに陛下の色欲は止まらず、ベロニカの下にも腹違いの弟妹がおり、この国史上最も子沢山な王家となっている。

 ベロニカが生まれてすぐ、陛下は御触れを出した。


『第13子呪われし姫を殺した者に褒賞を取らす』


 呪い子など国に置けないと言わんばかりの自分勝手な命令だが、陛下が黒と言えば白も黒になる世界だ。

 褒賞に目が眩んだ者、王家に取り入りたい者、国の憂いとなりうる呪いの芽を絶ちたい者、など様々な理由で赤子の頃からベロニカの暗殺を企てるものが後を絶たなかった。


「でも、残念ながら、私、今もこうして生きておりますの」


 数多の暗殺者が仕向けられ、数えられないほどの生命の危機にさらされながら、ベロニカは今日も生きている。


「あまりにも私が死なないもので、ついに陛下はしびれを切らしてしまいまして。伯爵家以上の貴族に最低一回、どんな手段を使っても構わないから、暗殺を企てるようにと命令を出されました」


 これが伯爵が昨日来られた理由ですよね? とベロニカは申し訳なさそうに謝る。

 ちなみにこの命令に背いたものは、家を取り潰すとまで言われている。

 非常にばかばかしい命令ではあるが、貴族として名を連ねている以上、そしてストラル領地に住まう多くの領民の命を預かる以上、この命令に背くわけにはいかなかった。


「私、死ねないんです。何せ呪われているもので」


 困りましたねぇと、どこか他人事のようにベロニカはそう漏らす。


「そもそも、その呪いとは何なんだ?」


「まぁ、伯爵ったら、私の呪いのことをお調べにもならないで殺しにこられたのです?」


 やはり少し変わった方ですねとベロニカはとても楽しそうにそう言って微笑むとすぐそばにあった果物ナイフを手に取る。


「"天寿の命"と言うものだそうです」


 そう言って、ベロニカは自分の手首にナイフをあてようとした。

 が、横に引くより早くそれは叩き落とされる。


「バカっ!! 死ぬ気か!?」


 伯爵にものすごい剣幕で怒られた。


「いえ、死にませんよ!? 見てもらった方が早いと思っただけで」


 慌てたようにそう弁解したベロニカは、落ちたナイフを手首にあて、伯爵があっと思う間もなく今度こそ横に引く。


「何やって……!!」

 

 そう怒鳴った伯爵は目を大きく見開く。

 ベロニカの血が触れた瞬間、ナイフはさびつき朽ちて折れ、ベロニカの切れたはずの手首は傷一つなく綺麗に元に戻っていた。


「これは……一体?」


「寿命以外では死なない呪いだそうです」


 うーん、また新しいナイフをどこかからくすねてこなくてはなりませんね、とボロボロになったナイフを拾い上げ、ベロニカは仕方なさそうにそうつぶやいた。


「呪いって、それだけか?」


「それだけです。が、十分脅威だと思いませんか?」


 確かに、それはヒトの理を外れているかもしれない。だが、それほどまでに警戒しないといけないようなことだろうか? と伯爵は首をひねる。


「例えば、だが。姫を幽閉しておくとかではダメだったのか? 何も殺さなくても」


「自国に呪い子がいる、と言うだけで陛下は耐えられないのですよ。ましてや殺しても死なないのです。かつて、何をやっても死なない呪い子は、どうしようもない王を討って玉座を取り上げてしまったことがあるのだとか」


 まぁ、色欲に溺れた王の自業自得な気もしますけどとベロニカはため息を漏らす。


「ちなみに姫にはそんな野心が?」


「あれば殺してくださいなどと言いません。正直もう疲れてしまったのです。呪い子と後ろ指をさされることにも、死ぬことを望まれ続けることにも」


 やはりどこか他人事のようにベロニカはそう言って、自作のコーヒーを飲みほした。


「伯爵、チャンスだと思いませんか?」


 失礼ですが、伯爵のことを調べさせていただきましたとベロニカは資料をテーブルの上に広げる。


「先代の散財のせいで、伯爵家は火の車のようですね。私を殺すことができたなら、借金を返せるだけでなく、領地も十分潤うのでは? まだ幼い、弟様にも十分な教育を受けさせることができるでしょう」


 ベロニカの言葉に息を飲む。確かにその通りなのだ。

 だが。


「その褒賞と引き換えに、俺は晴れて犯罪者か」


 褒賞は喉から手が出るほど欲しい。

 正直、今の蓄えでは冬をまともに超えられないかもしれない。


「いいえ、伯爵。呪い子を絶った英雄になれます。きっと私は、ヒトの皮をかぶった化け物なのでしょう。だからどうか、私を殺すことに罪悪感など覚えないで。あなたが殺すのはヒトではないのですから」


 ベロニカは淡々とそう告げる。伯爵が黙ったままでいると、ベロニカは静かに語り出した。


「伯爵。勝手なお願いで申し訳ないのですが、私はやはり可能ならあなたに殺されたいと思うのです。私が生きていても、正直何の役にも立ちません。でも、あなたが私を殺せたら、領地の人は助かるのでしょう?」


「……そんなに、死にたいのか?」


 まだ、ベロニカは16になったばかりのはずだ。本来なら花盛りで、とても楽しい年頃なのではないかと、他の王族や貴族達を見ていて思う。

 だが、伯爵の問いにベロニカは静かに頷くのだ。

 

「あなたがナイフを落として行った時、私、運命なんじゃないかと思ったんです」


 ふふっと楽しそうに笑ったベロニカは、昨夜の様子を語る。


「私の寝室まで辿り着けた方って、実は伯爵が初めてなんです。だいたいの方は、うちのドラゴンちゃんに食べられちゃうので」


 ベロニカはそういって護衛もいないような離宮のとんでもない秘密を暴露する。


「待った。はっ? ここドラゴンいるの?」


 そう言って慌てる伯爵に、


「私だって誰かの手を煩わせまいと努力したのですよ?」


 こてんと可愛らしく、ベロニカは小首を傾げて訴える。


「自殺を試みてみようとドラゴンの巣に行ったら懐かれちゃって」


 えへへっと連れて来ちゃったと笑うが、笑い事ではない。


「あとはぁ、服毒自殺を目指して育てた植物が、なぜか人喰い植物になっちゃったり」


 いやぁ、植物育てるって難しいですね! とベロニカは笑うが、人喰い植物に進化する原理が分からない。


「うっかり忘れたときに離宮内で事故死できないかなぁーって思って色々トラップ仕掛けてたら、暗殺者さん達がかかりまくったりとか?」


 後片付け毎回大変で、とベロニカは言うがなんの後片付けなのか具体的には知りたくない。


「ね? 私だって、いっぱい努力してるんですよ?」


「努力の方向性!!」


 思わずツッコミを入れる伯爵はコレも呪いの効果だろうかと脱力しつつ、ホント昨日よく無事だったなと背筋が今更冷たくなる。


「ふふ。私、こんなに誰かとお話したの初めてです。伯爵はお金が必要なんでしょう? 一度でいいから、私も誰かの役に立ってみたかったのです。どうか、私を殺していただけませんか?」


 そして、伯爵の手をぎゅっと握ってベロニカはとてもきれいに笑ってみせた。


「いや、でも、なぁ」


 うん、正直関わりたくない。後半、この離宮の秘密を聞いてから強くそう思った伯爵に、


「ちなみに、頷いてくれるまで帰しませんから。そろそろみんな活動してる時間だと思いますし」


 私のお見送り不要ならおかえりはあちらですとベロニカは今日一いい笑顔で、そう言い放った。

 伯爵は頭を抱える。

 ドラゴンがいて、人喰い植物が跋扈し、トラップ満載で、暗殺者うろつく屋敷からの脱出。


「私の事、殺していただけます?」


「ああ、もう。分かったよ。できる保証はないからな!!」


「何事もチャレンジ精神ですよ、伯爵!!」


 ありがとうございます♪ と非常に嬉しそうな口調で、


「じゃあ、明日から一緒に暗殺計画立てましょうね」


 本当に死ぬ気があるのだろうかと疑うほど元気にそう言った。


「やるからには全力だからな」


 ナイフ一本忘れたせいでとんでもない事になったとため息を漏らす伯爵と、


「ええ、もちろん。望むところです」


 やる気満々の死にたがりの呪われ姫。

 その2人の間で交わされた約束が成就される日が来るのは、果たしていつのことなのか。

 それは、まだ誰も知らない物語。



【あとがき】

エブリスタ様で開催している妄想コンテスト用に書きまして、優秀作品をいただきました。

小説家になろう様でも続き気になる方があれば連載版投稿しようかなーと思ってます。

こちらの作品は現在投稿準備中の「伯爵令嬢は稼ぎたい!〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜」の関連作品になっておりますので、そちらもどうぞよろしくお願いします!

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!

ぜひよろしくお願いします!

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