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のね。

作者: 風守羊

ふと、窓の方をみると少女が一人立っていた。


「久しぶり。」


彼女には絵本からこの世界へ飛び出してきたかのような雰囲気があった。


「あぁ、君か。」


「どう?気分は。」


「身体は元気だよ。でも、外に出たいとはまだ思わないかな。」


「そうか〜」


彼女はワンテンポ置いて再び話し出す。


「まだわからないことだらけ?」


「まぁ、そうだね。色んなことを忘れてる。」


彼女は微笑む。


「じゃあ色々思い出させてあげる。」


彼女は微笑みながらそう言うと、ベッドの横にある丸椅子に腰掛ける。人生に諦めがついた自分にとって、話を聞いてもらうのは誰でもよかった。


「そう、だな。何から話そう。」


「今どんな気持ちなのか。これならどう?」


「いいね。そうしよう。でもこれをどういう言葉で表すのか忘れた。」


「ぴったりじゃん。話して。」


彼女は楽しそうに催促する。


「そう、雪か何かが降ってるみたい。桜の花びらなんかも。人によっては綺麗なんて言葉でも形容すると思う。」


彼女は優しく


「憂鬱?それを言いたかったのね。」


そう答えた。


「あぁ、それだ。思い出した。憂鬱。すごいね、君。」


「なんでも知ってるからね。」


彼女ははにかんだ。そしてもっと楽しそうに


「さぁ、どんどん話して。なんでも答えてあげる。」


「そうだな、今飲みたいものがあるんだけどそれが思い出せない。」


「それにしましょう。」


僕はゆっくりと話し始める。


「そう、なんだか懐かしい感じ。でも脆いからすぐ崩れそうで、気を抜いたら一瞬で忘れてしまいそうな感じがする。そんな感覚に似てるんだ。」


「んー」


彼女は頬に手を当てて目線を上に向ける。なんだか変に懐かしさを覚えた。


「ごめんね、こんな言葉でしか言い表せなくて。なんだか恥ずかしくなってきた…」


するとハッとした顔で


「わかった。ラムネでしょ?それを言いたかったのね。」


「そう、それだ。初めてここで会った時から思ってたけどほんとすごいよ君。エスパーみたいだ。」


そう言うと彼女は一瞬悲しそうな顔をした気がする。でも表情はいつも通りで、持っていたバッグの中を探り始めた。


「はい。ラムネ。」


そして彼女は持ってきたことが当たり前かのようにそれを渡してきた。


「えっ、どうして?」


「今日は暑いからね。」


理由はそれだけで充分だと言うように、彼女はそれ以上何も発さなかった。


「今飲みたい?」


「いや、今はやっぱりいいや。冷蔵庫に入れておいてよ。」


彼女はベッドの隣に置いてある小さな冷蔵庫にラムネ瓶をしまった。


「じゃあ次は、」


彼女はそう言いながら丸椅子に座り直す。


「今欲しいもの。」


それだけ言って僕に答えるよう促す。


「今、欲しいもの…か。」


僕は長考した。欲しいものは何かと問われてもすぐに出るものではない。物欲が強い人に同じことを聞いても今欲しいものと聞かれて悩む人は多いだろう。


「んー…何か見てて飽きないものがいいな…。」


「何か表現してみてよ。」


「えっと、見ていて飽きないのは勿論そうなんだけど、何処か笑ってる感じもすれば、悲しんでいる感じもする。そう、誰かが悲しんでいてそのおかげで笑ってるみたいな。例えるなら、強盗だな。」


彼女は僕のそれを聞いて、小さく息を吸ってこう言った。


「花束のこと?それを言いたかったのね。」


僕は彼女の顔を見つめた。


「君は本当になんでも知っているんだな…。」


心底そう思った。彼女には人の心を読める力があって、この世界の住民ではないという印象さえ抱いた。


「…どうして花束が欲しいの?」


彼女はどこか理由がわかってそうな感じで僕に問うた。


「いや、ごめん。そうだよな。えっと、この病室何もないし、見ていて飽きないものが欲しいなって。それに、」


「それに?」


「なんか…渡した気がするんだ。だいぶ昔かそうじゃないか忘れたけど、凄く大切な人に。心の底から喜んでくれた記憶がある。それを思い出して僕も欲しいなって思った。けど表情は思い出せないし、なんて言っていたかも、声さえも思い出せない。」


彼女は黙って聞いていた。


「ほんとおかしいよな。こんなことさえも忘れちゃうなんて。生まれてくる世界を間違えた気分だ。君がこうやって色々教えてくれなきゃ今頃どうなってたかわからない。ありがとう。」


彼女は少しだけ笑って


「私は君が困ってたから少しだけ助け舟を出してるだけだよ。君は自分の力で思い出せてる。」


「君は優しいな。医者や周りの人は僕に冷たい。たぶんこうやって意味のわからない表現でしか思い出すしかできない僕に呆れてるんだよきっと。」


「そんなことない。」


「実を言うとついこないだ全てを思い出しそうだった。でも無理だった。今までも何度かあったんだそういうこと。でも、記憶の片っ端から手をつけていってもダメ。ワクワクして割った貯金箱。でもそこには思ったより少なくて、最悪何もない。さっきまで豚の形をしていたそれが、ただそこにあるだけなんだ。」


「この世界みたいね。」


「さっき言った昔花束を渡した人だって思い出せそうだった。実はもうそこまできているんだよ。肌が白くて冬が本当に似合う子だった。確か優しい目をしていて金木犀の香水をつけていた。色んな記憶があるはずなのに花束あげた記憶しかない。記憶が根こそぎイカれてるんだよ。あぁ….馬の糞でも脳に詰まってる気分だ。」


彼女は黙って聞く。


「ごめんな。こんな話しちゃって、もう大丈夫だよ。君からはだいぶ色んなことを教えてもらった。ありがとう。」


「そう、それ、」


僕は彼女と目が合った。泣いている。


「私。」


瞬きをしたら彼女は居なくなっていた。


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