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3-8 迷い人(2)

 周囲は既に暗い。太陽は既に沈み、月はひとつしか出ていない。だが、お互いの顔は良く見えている。焚火(たきび)が、全員の顔を朱く陰影深く闇に浮かび上がらせていた。


 ここまで一行は、ゴラム国にあるドヤマング砦を出発してゴラムとバルタンが共同で統治する地方都市ゲルゼに立ち寄った後は、巨大な湿地帯の北側を辿(たど)るように歩き、道の駅と呼ばれる場所に到着していた。

 道の駅とは旅人向けの簡易的な宿泊所であり、この世界の交通の要所に設置されている。


 いまサクヤ、ヤグラ、そしてルイは、小さな広場を囲んでいた。広場の中央には鉄の格子箱があり、雑多な木材が炎を宿していて、皮膚へ心地よい熱気を届けている。

 一行は寛ぎながらも、道具を手入れしたり靴の土汚れを落とすなど、これからも続く旅の準備をしている。


 少し離れたところには、背中に荷鞍(にくら)をつけた長い角を持った俊敏な雄牛のような動物が横たわり寛いでいる。ブルと呼ばれる一般的な家畜で、背に乗ることはできないが皮膚の一部が岩肌族と同じように岩に覆われているだけあって頑丈、そして持久力もあるとのことで、荷物持ちとしては最適であるらしく今回の旅に同行していた。


 タマも近くにいるが、アバターは仮想現実であるため光源の影響を受けず、静かに淡く輝きながら空中でルイに背を向けて寝ている。少し機嫌を損ねすぎたと感じたルイは、後で謝ろうかなと思う。常識的には、主人がソフォンのご機嫌を伺うというのは本末転倒であり、普通は無視するどころか機嫌を直せと命令しても良いところだ。だが、ルイはどうもそういう気にはなれなかった。


 静かな夕べだった。


 ふと、ルイが顔を上げるとジャミールが近づいてくるのが見えた。その半歩後ろに、禿げあがった一人の体格の大きい中年男を連れている。その男は、両手に大きな袋を抱えていた。


「やあ、なんとかなったよ」


 ジャミールが一行に声を掛けると、中年男が荷物を下ろしながら、愛想笑いを浮かべてジャミールへ話し掛ける。


「こちらで。他に御用はございやせんか、ダンナ」

「ああ、十分だ。そうだ、これからは殿下と呼べ。王族を呼ぶに由緒正しき言葉だ」


 ジャミールは上機嫌にそう言って、(ふだ)のようなものを男に手渡す。受け取った男は、野卑ながら恭しく頭を下げた。


「へえ、確かに。ええと、デンカ、ですか? また御用があればなんなりと」

「よかろう。もう下がってよい」


 こちらを伺いながら去っていく中年男に目もくれず、ジャミールが、十分な食料が手に入った、と一行に告げる。


「王子。こんなことまでしていただき、なんとも言葉もございません」

「いやいや。ここは勝手知ったるところだからね。俺が適役ってものさ。流石に十日分は無理だったがね」


 立ち上がったサクヤが頭を下げるが、ジャミールは手をひらひらと振って軽く応える。


「あー、ジャミール。もしかして、高かった?」

「ん? 気にしないでくれたまえ。確かに、何人かには旅程を変更してもらうことを納得させる金額が必要だったがね。ルイ君、俺はこれでも少し金は持っているんだ」


 一応は殿下、王族だからね、と続けて言ってから、ジャミールは明るく笑う。ルイは、タマが自分にジト目を向けているのを見て、王族の財布を心配してしまった、と自分の小市民さを少し気恥ずかしく思った。


 ジャミールが行ったことは、食料の確保だった。道の駅にある余剰分を買い上げること。さらに、宿の主人の協力を得て、他の旅人の所持食料も買い取ることだった。基本的に食料は利用する旅人が持参することになっている施設であるから目標の10日分には届かなかったが、最低水準としていた5日分は越えていた。狩りや採取もしつつ、節約して進めば双子の塔まで往復できる計算らしい。


「これで寄り道は不要だ。明日からまたしばらく野宿だから早く休もう」


 ジャミールは就寝を促し、一行は頷く。計画では、ここで最低でも五日分の食料を得られなければ、北上して山の上にあるバルタンの首都に向かう手はずとなっていた。いま一行は七日分の食料を得た。そのため、これから歩む道筋は決まった。双子の塔に直行するのだ。


 一行は、おそらく相場を大きく越えた金額で買い取った食料を、ブルと自らの背負い袋に詰め込む。それから、ジャミールに続いて集落の中で最も大きい建物である宿に向かう。宿といっても、木製の敷き()()が並ぶだけの場所だ。布団などあるはずがないが、ルイは流石にもう慣れていた。


 ブルを専用の家屋に繋ぎとめたのち、みな宿に入っていく。だが、最後尾にいたルイは宿に足を踏み入れる直前に立ち止まり、振り向き宿の外を見つめる。


 焚火(たきび)はもう消されていて、闇だけがそこにあった。


「――どうした、あっちの酒場で軽く一杯やるかい?」

「へへっ、デンカ。酒は帝国産の良いものがありやすぜ」


 ジャミールが軽口を言い、ひと稼ぎする良い機会だと宿の主人らしき中年男が話に乗っかったところで、ルイが無邪気に声を掛ける。


()()()()、到着したみたいだけど、門を開けなくていい?」

「――!」


 言葉を発した直後、ルイは周囲の空気が突然冷えたような感覚を覚えた。目の前にいるジャミールと中年男だけではない。サクヤとヤグラだけでもない。灯が小さく朧気にしか見えない宿の中の旅人たちも次々に動き出し、各々が自然な仕草で荷物から武器を取り出し始めた。獲物は曲刀、短弓、鉄棒と様々だが、全員がその眼に殺意を宿らせていた。


()()()()()()()、確かなのか、ダンナ」


 声を掛けたのは、先程までジャミールに愛想笑いを浮かべ揉み手をしていた中年男だ。既にその手には棘の多い鉄棍棒を握っており、殺意の溢れる表情で門があるはずの闇の先に目を向けている。

 

「ルイ君。確かかい?」

「ああ、絶対とは言えないけど、たぶん一人だけだ。ブルとかの家畜もいない。半刻ほど宿から歩ける範囲にも多分誰もいない」


 ジャミールの問いに、既に冗談は許されていない状況だと理解しているルイが精一杯の観測結果を返す。


「半刻ほど、ってダンナ。この暗さで分かるんですかい? こんな時間に来る客は賊以外にありえねえ。それが一人ってえのは流石に……」

「この方を信じてください。私が保証します」


 疑問を挟み込む中年男の話に割って入ったのは、サクヤだ。


「君、このお嬢さんはな、櫛稲田の姫君だよ。俺も信用している」


 続けてジャミールが補足すると、男は一瞬沈黙した後、頭を下げた。


「大変な失礼を……櫛稲田の姫と、デンカのお言葉ならば」

「よし」


 ジャミールの許しを得て男は頭を上げるが、顔は変わらず外への警戒による緊張で張り詰めている。


「あっしはこの駅に対してそれなりに責任もありやしてね。夜目の利くダンナ。外のはどんな奴で? 怪しい奴なら捕まえて拷問したいんですがね」

「う、うーん」


 ルイは男の率直(ストレート)すぎる物言いに少し引きながらも、答えを濁す。それを見たジャミールが少し首を傾げた。


「ルイ君、賊ならどうせ死罪だから、少々手荒でも構わないのだが」

「あ、えーと、そうじゃなくて。なんていうのかな。盗賊って、堂々と門の正面から中を見たりするもんなのか?」


 再度、言い淀みながら説明するルイに、今度はサクラやヤグラ、さらに宿泊客たちが「どういうことか」と顔を見合わせる。


「隠れるそぶりはないのですか?」


 サクヤの問いに頷くルイを見て、ルイ以外の者たちは顔に困惑を浮かべる。そんな中、駅の主人だけは即座にジャミールへお伺いを立てる。


「だが、単なる迷い人とは考えにくいですぜ。とんでもない間抜け野郎か、なんかの罠かもしれねえ。デンカ、どうされやすか?」

「少人数で行こう。ルイ君、俺、あとお前はこの駅の主ならば共に見届けよ。――そこの短弓を持った君もどうだ? サクヤ君とヤグラはここで念のため周囲を警戒ということでどうだろう」

「デンカが出張るんですかい……?」


 ここの主、と言われても否定しない中年男が疑問を差し込む。


「こういうのには首を突っ込まずにはいられない性格でね。駄目か?」

「いえ……逃げられないうちに行きやしょう」


 ジャミールは少し強引に話を仕切り、全員が無言にて同意したのを見て満足げに頷いた。それから、一行は宿の裏口から出て奇妙な訪問客の側面に回り込むように、道の駅を取り囲む柵の内側を、音も立てずに移動していった。






 [タマのメモリーノート] ここにある旅人向けの施設は宿、それと小さな小屋のような酒場だけだ。どちらも屋上があり、そこにはクロスボウが備え付けられている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 道の駅の様子にkenshiを思い起こしました
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