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3-8 迷い人(1)

 天気は晴れ。景色は良好。歩きやすい下り道ということもあり、ルイの足取りは心なしか軽い。ジャミールも同様で、機嫌良くルイと並んで歩いている。少し後ろにいるヤグラは、いつもの通り冷静に悠然と大股だ。


「ルイ君、見えてきたぞ」

「おー、あれか」


 ルイはジャミールが指さす方向、ゆるやかな丘の下を見て声を上げる。そこには十軒弱の木造の家が建っていた。


「ジャミールの道案内は正確だな」

「任せてくれたまえ。子供のころから大地からだけじゃなく大空からも、このあたりは良く見てきたからな」


 二人の声は生気に満ちている。ルイは離れ離れとなった仲間に会えることを、ジャミールは実のところ自身の悲願であった双子の塔の道の開通を、それぞれ希望としているからだ。


 しかし、機嫌が良好ではないものが二人、いや一人と一体いた。サクヤとタマだ。


「サクヤ君、休憩は必要かな?」

「い、いえ。大丈夫です。このまま道の駅まで向かいましょう」


 ジャミールに笑顔で声を掛けられたサクヤは、ややぎこちない笑顔で返答する。実のところサクヤは、整理したはずの困惑の残滓をその笑顔の裏に押し隠していた。そのせいで若干顔色が悪いのをジャミールは見抜いたのだ。




 ドヤマング砦を出発するまでの数日、サクヤは多忙を極めていた。なにせ、自分が主軸となってゴラムの有力者から女王への進言をまとめていたのだ。それを、突然放棄するというのだから誇り高い戦士たちへの説明と謝罪は欠かせなかった。


 ただ、結果としてサクヤが恐れていたように、罵声を浴びせられることは無かった。

 新たな交易路の可能性を説明すると、刻一刻と変化する戦いの中で意思決定をしてきた戦士たちの頭の切り替えは早く「まずはその可能性を見てみようじゃないか」と前向きな回答ばかりが得られた。過去の説明との連続性に固執する官僚的な櫛稲田の体質に苦労してきたサクヤは、戦える組織というのはこういうものか、と内心で感嘆した。


 また、誰の発案か、と問われたサクヤがジャミール王子の名を出すと、どの戦士たちも同情と憐みの表情を浮かべた。ある有力者は「難物が一人から二人に増えると、苦労は四倍になる」と言った。サクヤはただ苦笑いするしかなかった。


 また、同行の人数を極力絞りたいとジャミールが主張したのも、問題の種となった。ジャミール自身も伴を連れて行かないという。

 ジャミールは王族とはいえ順列としては末席もよいところだし、もともと単独行動ばかりしてきたからバルタンとしては許容できるかもしれない。

 ただ、サクヤの立場だとそう簡単ではない。いずれは櫛稲田の領主になる可能性も残っている立場だし、今はなにより櫛稲田の大使である。そう簡単に自由行動できるわけではない。


 だが、大人数で移動する旅人は怪しいし、なにより平均的な水準を遥かに超えた魔力が無ければ足手まといになるだけ、というジャミールの主張に抗うのは難しかった。今回の旅は、騎乗する動物がないので徒歩になる。そうなれば、高い水準の魔力が無ければ道中の疲れを補いきれず、休憩の回数が大きく増えてしまうのだ。結果として、ルイが望む急ぎの旅にはならない。集団の歩む速さは、最も足の遅いものに合わせなくてはならない。


 サクヤ、ヤグラ、そしてジャミールも、それぞれ有する魔力が高いことで知られている。ルイも、何度訓練しても初歩的な魔法すら使えるようにならないのは不可解であるものの、高魔力保持者と同様に体力そのものは異常なほど高い。この四人の歩みに付いていけるものなど、簡単に見つかりはしない。

 結果として、普通ではなかなか無いことに4人で行動せざるを得ないことになり、その説明にもサクヤは難儀した。結局、今回の旅路はルイとジャミールの発案に基づく極秘作戦行動であり同行せねばルイを見失いかねない、という理由でゴリ押しせざるを得なかった。


 無事に今回の旅が成功したとして、本国にいったいどう説明したらよいのだろうか。もうちょっとルイとジャミールを説得するとか出来なかったのか、と言われるに決まってる。

 そんなことを思いつつも、いまさら考えても仕方ない、とサクヤは人知れず気合を入れ直して、ルイとジャミールに歩調を合わせて丘を下っていく。一行の歩みは速く、気を抜いてなどいられない。サクヤは人知れず、それなりに必死だった。


 そんなサクヤの様子を見て、ジャミールは僅かに口角を上げる。実のところルイはそこまで特急の旅を求めてはいなかったのだが、細かな調整をジャミールが行ったため、そのあたりの機微が正しく伝わることはなかった。ジャミールはそのことを自覚しているが、すべてを言うつもりはない。ルイの気が変わらぬうちに、勢いで巻き込んで進めていきたかったからだ。

 今、この機会に動かねばならない、という強い思いをジャミールは笑みの後ろに隠していた。


『ルイ。どっかで、サクヤに謝ったほうがいいですよー』

「え? いや、ヤグラと同行してくれたことには凄く感謝したつもりだったんだけど……」

『はー、組織のしがらみを背負うサクヤの苦労が分かっていませんねー。あー、サクヤが可哀そー』

「……どーせ、僕は一介の労働者だよ」


 ルイが不貞腐れた表情して、管理職の苦労なんて分かるものか、と不平を言う。このルイの感覚は葦原において責められるものではない。実行を司る第二級社員は、判断と統率を担うエリート第一級社員の苦労を理解することは難しい。


 だが、タマはそんなことを歯牙にもかけない。


『あのですねー。今やルイが皆の向かう方向を決めているのですよ。そんなんじゃ困りますね。そろそろルイも少しは――』

「最近、説教が多くない……?」


 少し小さい声でルイはタマの話を遮る。だが、それは元々悪かったタマの機嫌に火を着ける結果にしかならなかった。


『気のせいな訳無いじゃないですか、あったりまえです!』

「えぇ……なんで」

『はーあ』


 困惑する主人に向けて、タマが遠慮の欠片もなく溜息を吐く。


『遭難時から煙の谷を抜けるまで、概ねルイは私の指示に従ってくれました。ルイは危機における判断の専門家ではないですからね。高度な推奨機能を持つ特定第二種ソフォンの私が決めていくというのは、ルイの安全を考えると大いにアリなのです。ですがね、最近は私の推奨に従わないじゃないですか』

「あー、そうだっけ?」

『そ、う、で、す!』


 ルイは、ヒートアップするタマを見て、また余計な事を言ってしまったと少し後悔するが、手遅れもいいところであった。


『十歩ぐらい譲って、牽制的軌道爆撃のことは良しとしましょう。そういう方法もあると言ったのはタマですし、最善とは言えずとも悪くもない手ではありました。ですけどね、どうして岩肌族の前で大立ち回りをやっちゃいますかね。さらには、わざわざ! なんで! 危険を冒して双子の塔ってやつを通るんですか。いや、従いますよ? 従いますけども、理由ぐらいは明確に示してもらいませんと!』


 ルイは黙って反省したフリをしつつ、いつも冷静なタマの眉間に皺が寄っているな、と別なことを考えながらタマの不平を受け流す。


 タマは、死の砂漠に向かうことについては同意していた。


 黒岩リンと陳シェリーが船に留まった所で何もできることはないから、高天原プライムに降下する可能性がある。既にルイが降下していて、船からの物資に頼らず生活できている現状なら、なおさらだ。そして、合流できるなら合流したほうがいいに決まっている。リンの戦闘力は高いし、陳シェリーは判断と統率の専門家だ。


 それがタマの考えだった。だが、死の砂漠までの道順についてのタマの推奨は、往路と同じく森羅経由の船で戻るか、ぐるっと大陸の南を回り回って連合帝国領を通って死の砂漠に向かえばいいというものだった。一刻を争って合流する理由はない。だから、時間は掛かっても安全な道を選ぶべき。命を危険に晒すことはない。身の安全こそが第一。


 これに対してルイの考えは少し違った。ルイの動機には、単に生き抜くだけでなく、周囲の期待に応えつつ自分が盤面を動かしていきたいというものが混じり始めていた。

 双子の塔を通る道が開通すれば、バルタンの存在感は格段に向上する。さらに、櫛稲田を含む森羅、連合帝国、バルタン、ゴラムが円を描くように結びつくことになり、神聖法廷を半包囲することになる価値は計り知れない。

 つまり、双子の塔の攻略は、この大陸の勢力図を変える可能性を秘めており、ルイはそこにも魅力を感じていた。


 それは、下層社会に生まれ、エリート層の言うことを上手く聞くことで安定的に生きることを中心に考えてきたルイに生まれた小さな自立心、あるいは功名心だった。高天原を旅する中で、ルイの内心は少し変化し始めていた。


 ただし、今はまだ小さな芽にすぎない。だからルイは、自身の想いを上手く説明できなかった。それが原因かでタマに連日説教されている。リンに早く会いたいだけじゃないんですか? と問うタマに、それはそれで当たっているので反論できなかった。


 それでも、ルイは決定を変えなかった。


『もう、こうなったらルイがうまく判断できるようにするしかない……。いいですか、まず人の先導者たらんとするもの、志の高い夢を掲げて――』

「あ、ジャミール、あの建物が宿で、あっちは酒場かな?」

『……』


 ルイ以外に声を届けられないタマは、ルイが聞く耳を持たなければ、それ以上のことはできない。ルイは、目的地が近づいてきたことをよいことに、突然始まった講義から抜け出した。


 だが、いずれ聞かないといけないかもしれない、と心のどこかが納得しているのを感じていた。そして、何故聞きたいと思うのか、そのことが自分でも分からないことに気付き、少し戸惑うことになった。

[双子の塔への道]

挿絵(By みてみん)


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