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3-6 戦士ではないもの(1)

 ルイはここ数日、暇だった。蒸留酒を挟んで語った夜はそれなりに刺激的であったが、翌日からは彼らに会うことはほとんどなかった。

 サクヤは外交で色々用事があるらしく、顔を合わせるのは一日に一度か二度、食事の時の僅かな間だけだ。

 ヤグラに至っては、これまでの報告に加え、かつて赴任していた隊にも用事があるとの言伝だけを残して姿も現さない。


 ただ、例外が一人いた。


「あのさ、いまさらだけど、僕はあんまり丁寧な話し方に詳しくないんだ」

「そのようだね。その割には古い言葉を知っているようだけども。構わないよ。それで?」

「ジャミールは暇っぽく見えるけど、それでいいの?」

「面白い!」


 目の前で爆笑するジャミールを見て、何が面白いのか分からないルイは少し不承不承とした表情をする。


「仕事とかしなくていいの? ジャミールは王子なんでしょ? だったら仕事が色々あるんじゃないの?」

「え? ああ、サクヤ君みたいにか? 君は少々森羅に毒されているようだね。何故、王子だから仕事すべきだと思うんだい? 王族であるからこそ仕事がなく、それでいい、とは考えないのか」

「……どういうこと?」

「やれやれ、根が深いな。権利と義務を何故貨幣の裏表のように一緒と考えるのか。権力があるからこそ自分の責任は無くしつつ権利だけを残せる、という風には考えないのかい?」

「あー……なるほど」


 やりたいことだけをやって、やりたくないことはやらない。そんな生き方を生まれ持っての権力で獲得しているジャミールにルイは若干呆れた視線を向ける。ただ、そんなことでニヤリと笑うジャミールの表情を崩すことはできない。むしろ、その反応は予想していた、と言わんばかりだ。


「森羅やゴラムは真面目だから理解してもらえないが、連合帝国の貴族連中には通じるぞ。もしかして、君の生まれもどっちかというと森羅やゴラムのようなところなのかな?」

「……まあ、そうかもな」


 上級市民は死ぬほど働くのが当然。ルイのような二級市民も楽ではないが、上級市民は自発的に喜んで激務に身を捧げるもの。そんな社会に育ったせいで反射的に答えてしまったルイに向けてジャミールはさらに爆笑する。


「なるほど! そんなところか。おおっと。答えなくていいと付け加えるつもりだったが、先に答えられてしまったな。悪気はなかったんだ。サクヤ君には内緒にしてくれ給えよ。だがサクヤ君やヤグラと仲が良さそうなのも、そこらへんの波長が合うからなのかもしれないな」

『……ルイを茶化すのは私の役なんですけど』


 ぼやくタマを無視して、ルイは改めてジャミールを見る。赤い(たてがみ)のような髪に、同じ色の翼。態度は軽薄そのものだが、顔や所作の上品さが際立っているからなのか嫌みは一切感じない。


「いや面白かった。おっと話を変えよう。そうだ、先程は見事だったな。ヤグラが褒めるだけのことはある。あいつ、滅多に他人を誉めないからな」


 ジャミールが言っているのは午前に行われた岩肌族との戦闘訓練のことだ。

 ルイはそこに木剣を持って参加した。ヤグラからの推薦があったからか、女王の前でヤグラが褒めたからか、その後の余興の影響か。ともかくルイは大変な人気だった。誰もが不敵な笑みを浮かべてルイと戦いたがった。そして多くの岩肌族の戦士が挑み、ルイはその打ち込みをひたすら捌いてまわる羽目になった。


「岩肌族の技は、化け物相手に磨いてきたところがあるからな。ルイ君の人相手に磨かれた戦い方は新鮮だっただろう。最近、神聖法廷との戦いも増えているから、きっと良い経験になる」


 ジャミールは見学すると言いながらにやにや笑って野次を飛ばしていただけに見えた。だが良く見ているな、とその言葉にルイは内心見直した。


 黒岩流は、対人戦に焦点を絞った武芸全般の常として構えや所作に派手さはない。相手に自分の意図を悟らせないようにするためだ。

 一方、岩肌族の技は大きく異なる。どの攻撃もすべてが大振りで、攻撃の意図は常に丸わかりだ。その代わり、破壊力とスピードには猛烈なものがあり、どの攻撃も来るのが読めていても避けることはおろか防御することすら難しいものばかりだ。おそらくジャミールが言うような化け物――連想されるのは血蜘蛛――を相手にするには完璧な技に違いない。


 ただ、それで対人戦に特化した黒岩流を相手にするには無理がある。というより相性が悪い。人体の構造上、繰り出せる技の軌道というものは概ね決まっており、黒岩流はそのすべてを研究している。岩肌族も外見こそ違うが骨格は葦原人類と大差ない。であるから、予期したとおりに来る技は黒岩流ならば、よほどのことがなければ――ヤグラの斬り込みはよほどを超えるものばかりだが――受け流すことができる。

 この説明は、戦いながらタマがルイにしたもので、そのとおりにルイは岩肌族が繰り出す攻撃を概ね機動戦闘服の自動防御で捌き切ることができた。そして、ほとんどの岩肌族の戦士は、何合も撃ち合った後に首元へ木剣を突き付けられることになった。


「神聖法廷も人相手の剣技を得意とするから、君の戦い方を学べば今の一進一退の戦況も変わるかもしれないな。まあ、それはそれとしてだ。先ほどの質問に答えていなかったな」


 そういうとジャミールは大通りの真ん中にて立ち止まり大声で言い放つ。


「俺は暇だ! 暇で暇で堪らないが、実は君もそうなのではないか? そうだろう、ならゆっくりと茶でも飲もうじゃないか」

「……」

「外れていたかな? やるべきことがあるなら邪魔はしないつもりだが」

「……まあ、いいけど」

「やっぱりな! では行こう」


 大仰に腰に手を当てて尊大に構えて言うことが「自分は暇」かと内心で突っ込むが、ルイも暇だったのは事実であったので口に出すことはできず、渋々ジャミールの後に付いていくことになった。

 そして、タマは『私の出番が……』と呟いたのだった。

 

 *


 入った店は、先日の広い場所とはだいぶ異なる酒場だった。石造りの店構えは小さいうえに古く、良く言えば味があり、歯に布着せず言えばうらぶれている。


「先日の場所は戦士しか来ないから安全なんだが、どうも俺には居心地が悪くってね。まだ昼だし、君ほど腕前があるものなら何の問題はないだろう」


 そう言って、ジャミールは店に大股で入っていくと半個室のようになっている部屋に進み、笑みを絶やさぬまま「茶をふたつ」と店の者に伝えた。


「戦士しか来ないってどういう……」

「おっと、その話はもう少しだけ後にしよう」


 ルイは戸のない部屋の中に入り、椅子に座りながら尋ねるが、ジャミールは話をすぐに遮った。それからしばらく意味あり気な表情のまま無言を貫いた。

 彼が再び口を開いたのは、少し虚ろな目をしたスレンダーな岩肌族の女が茶を運んで去っていったのを目で追った後のことだった。

 ジャミールは座りながら少し前のめりになって囁く。


「これぐらいの小声で話そう」

「……なんでここに? 前のところでいいじゃないか」

「ヤグラ無しで少し突っ込んだ話をするなら、先日のところよりマシなのさ。いや、武芸や戦術の話で盛り上がろうというのなら別に構わないのだがね。戦士でない者達の話をしようとすると、変に勘繰られかねないからな。岩肌族の戦士は無闇に戦いではないことを話すことを好まないんだ」


 ルイはどうも要領を得ないという顔をする。昨日より安全な場所であると口では言っているのに、ジャミールの警戒心が先日より和らぐどころか、むしろ高まっているように感じだからだ。


「いやなに、あの女の目を見たか。あれは相当疲れているか、薬でもやっているようだからね」

「!」

「この茶は……うん、心配いらない。ああ、一応言っておくと、そんなことはまず起きない。が、万が一に備えるのは大事なことだな」


 茶の匂いを嗅いだジャミールは、そう言って神妙な顔を崩してニヤリと笑った。

 確かに、ルイは瞬間的に飲んでも大丈夫かと心配になった。それをジャミールは的確に察した。この男にはこういう頭の良さがある。そう思いながら窓際に漂うタマへ僅かに視線を向けると、タマは『もう調べていますとも』とばかりに得意げに頷く。


『先ほどの女性の他、町の者の何人かには麻薬の症状が見られます。葦原人類と同じ薬物反応なら、という前提条件付きですけど。ただ、この注釈もこれからはあんまりしなくてもよさそうですね』

「……ここもか」


 思わず呟いたルイに、ジャミールが反応する。


「ふむ」


 ジャミールは、姿勢はそのままに少し表情を真面目なものに戻して、ルイの顔を覗き込んだ。


「もしかして、アズマ府のことかい?」

「……有名なのか?」

「まあ有名だね」


 そう言って、僅かな独り言から思考を読まれ驚くルイを気にすることなく、ジャミールは周囲を見渡す。その表情に先ほどまでの軽薄さはもう無い。


「連合帝国で麻薬が厳禁となって久しい。ここゴラムでも薬物の製造から販売まで、そのすべてが禁止されている。しかし、見ての通り根絶には程遠い。どこ流通元か知っているかい?」

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど!ジャミールは王族ニートだったのだな!(早計) つまりジャミール・ニートか(風評被害)
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