2-16 サイコロ(2)
タマが解説したとおり、第三射の着弾点は門から少し離れた石造りの物見の塔だった。ルイは正直、奇跡だと思った。タマが監視塔と呼んだそれは、ここから見れば城壁から上に細く伸びた小さな柱のようなものだ。つまり、当てやすい面ではなく精密射撃が必要な点のような標的だ。本来は門に当てるはずだった射撃が大きく外れて、そんな場所に当たった。
門や外壁とは違って耐久性に配慮された構造ではなかったようで、塔は木端微塵に吹き飛んだ。監視していた兵士たちも同様で城壁の内外に落ちていく。到底助かるとは思えない高さだ。
「門は壊れなかった。けど、いくらか人的損害が出たようだよ」
ルイがそう伝えると、サクヤは少し険しい表情をする。
「…………。ありがとうございます、ひとまず向こうの出方を待つのが良さそうですね。私からも意見として出しておきます。首尾よく出てきてくれると良いのですが」
そういうとサクヤは振り返り小走りに去ってゆく。その先には手旗を持った連絡係らしき兵士がいる。いまサクヤは前線からは一歩引いた高台にいるせいで前線基地ローディス全体を見渡しやすい状況にあるから、その視点からの情報を伝える役目を持っているようだった。ルイはサクヤの後ろ姿を黙ってみていたが、続くタマからの速報を聞いて考えを変える。
「サクヤ! ちょっと……えーと、ちょっと待って。その意見は変えたほうがいいかもしれない」
「え、どういうことです……!? 門が開きそうなのですか?」
サクヤは楽観的な問いをするが、ルイが首を振る。
「ある意味ではそうなんだけど、壊れるって意味じゃない」
「! ……つまり待つ必要なく、もう」
状況を理解したサクヤが表情を真剣なものにする。
「ああ、向こうが打って出る」
ゴーグルを付けたルイの視界には、タマの索敵支援により門の裏側に数多くの人とみられる反応が集結しているのが見えていた。
門が開き、神聖法廷の兵士たちが雪崩を打って出てきたのはサクヤが本隊に警告を発してから少し後のことだった。門は内開きになっており、最初に開いたのは攻め手側から見て右の門で、すぐに勢いよく開き騎士たちが現われて門の前で隊列を組んでいく。続けて破損した左の門もぎこちなく開き、さらに騎士たちが現われて同じく順次駆け出していく。
そして、最前列の騎士は身を低くして盾を前にし、続くものたちも同じく身を低く構えた。
「先ほど、向こうから攻めてくると本隊には伝えておきました。なんとか間に合ったようです」
伝令から戻ってきたサクヤが前線から目を離さず呟くように言う。手前の櫛稲田と連合帝国の隊列を見てみれば、既に砲の射線を塞がないようしつつ兵たちが前線を埋め尽くしていた。一方で、砲は急いで後退させられているようだった。
眼下の神聖法廷の騎士たちが、次第に横に薄く広がっていく。また、城壁の左右からも騎士たちが出てくる。裏口から回ってきたのだろう。そうして、ある程度の厚さになったところで神聖法廷の騎士達は前進を始めた。ただし、一気に突撃するような雰囲気はない。
「私は後詰の指揮のため、少し前にできます。ルイ殿もお気をつけて」
「ああ」
ルイはそう言ってサクヤを見送った後、改めて戦場全体を俯瞰する。
「城門は壊せなかったけど、向こうから出てきたってことは、櫛稲田が有利になるってことでいいのかな。一応、狙い通りなんだし」
『うーん、悩ましいところですが、そうかもしれませんね。櫛稲田が得意とする武器は遠距離の弓、そして中距離の魔法ということですから、突破力の低い陣形相手だと与し易そうではあります。連合帝国が接近戦を引き受けてくれたとしても主力は櫛稲田ですからね。槍型の陣形で強引に中央突破を狙われるよりはずっと良いでしょう』
ルイは頷きながらも感じていた疑問を口にだす。
「それを神聖法廷も分かっているなら、わざわざ不利な陣形を選んだってことにならないか? というか、そもそも出てくる必要はあったのか?」
『砲が撤去されていませんからね。あれはまだ撃ってくる、そういう前提に立てば、神聖法廷の動きと布陣が変とは言えないでしょう。なにしろ、結果だけ見れば三回撃って三回命中。特に最後は、監視塔への直撃ですからね。偶然のせいで、向こうからすれば射撃の意図が分からず不気味です』
続けてタマは『あの布陣なら撃たれれば必ずどこかに損害が生じるでしょうが大きな損害が出ることもないから合理的です』と神聖法廷の動きに一定の理解を示すも、ルイはどうも納得がいかなかった。
「なんか引っかかるな。あの攻め方だと、時間がかかる。砲には驚いた。砲はまだ撃てると考えている。なのに最優先で排除しない。なんか矛盾している気がする。考えすぎなのかな、タマ、どう思う?」
『なるほど、別の狙いがあると言うことですか。その筋で再計算しますと………………うーむ、もしそれが正しいとしたら想定外の状況になっていますね』
タマの意外な反応に、ルイが視線を戦場から外して立体映像に向ける。
「想定外?」
『想定外は想定外なので、分かっていない何か、ですよ』
「……ふーん、そうか」
ルイはふと「無能で十分説明されることに悪意を見出すな」という昔からある言葉を思い出していた。いつ誰が作った言葉かは不明だが、いまでも陰謀論が唱えられる度に良く出される警句だ。いまの状況に陥っている理由を、有能な詐欺師が組んだ計画のせいと仮定するより、相手もまた不完全な存在だと考える方がほとんどの場合において自然という意味だ。例えば、政府の薄給で多忙な小役人がミスしたことで生じた単純な事件を、政府高官が仕組んだ陰謀だと解釈するようなことはするな、といった具合に。
確かに、神聖法廷は必ず合理的に行動する、という前提を置く方が変だ。むしろ、戦時においては合理的な行動こそが困難。そうだとして、前進を続ける神聖法廷に対して、そういえば連合帝国はどう出るのだろうか。そうルイが考えながら前線に改めて目を向けた時、タマが盛大に呆れたような顔をして睨みつけてくる。
「ど、どうした」
『私の話をちゃんと聞いてました?』
「え、だから具体的には分からないって話だろ」
『はーあ』
タマが盛大に溜息をつく。それを聞いたルイは少し不機嫌になる。
「なんだよ、違うのかよ」
『まあ、ルイは良い指摘をしました。神聖法廷の陣形は最善ではないとはいえ、不自然とも言えない。だから私も、そこで計算を止めていました。しかしですよ、ルイの予感を踏まえてもう一歩計算を進めてみれば想定外があると言ったのですから、そこには反応してください。想定外、という言葉を軽く見ていますね?』
そう言いながらタマは片手を腰を手に当てて、ここからが本番、とばかりに人差し指を立てて見せた。
『想定外には、いいですか、ルイの死が含まれるのですよ。でね、神聖法廷には別の狙いがあるなら、想定外の結果になると言っているのです。あっ、言葉遊びだと思いましたね? 違います。戦況判断モジュールで深く判定すると、明確に櫛稲田が不利だと出るのです。このモジュールは判断理由を示しませんが、なかなか精度が高く信頼できるものです。いいですか、分からないではなく、不利、です』
そこまで一気に捲し立てると、タマは一瞬姿を消し、ルイの眼の前に現れる。
「うわっ」
『いいですか? もう一度言います。ルイが死にかねない状況だと言っています』
そういうとタマは、掌の上にサイコロを浮かべた。それは空中でぐるぐると回っていて、どんな目が出るのか分からない状態だ。
『私は何度も、生き延びることを第一に行動してくださいって言いました。そして、今の状況はサイコロを振って1が出なければ何事もなく平穏なまま明日を迎えられる。しかし、もしも1が出たのならば生死を問われる状況に一気に追い込まれる。ゲームの盤面はそういう状況にある。そう前提で、決して臨戦態勢を解かず情報収集を進めてください。よろしいですね?』
タマが立体映像のサイコロを投げると、ルイの目の前に止まった。出目は1だ。
「わ、わかった」
あまりの迫力にルイはそう答えるのが精一杯だった。
[タマのメモリーノート] 光学野戦砲が十分な性能を発揮した場合、神聖法廷に対する一方的な虐殺になっただろう。





