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1-4 白い光(2)

 御堂はしばらく、主星ニクサヘルの活動と太陽風の関係、それが航路に与える影響についてやや詳細に質問した。


 通常のニクサヘルの活動とは、どのような状況だと定義されているのか。今は穏やかというが、通常と比べて何がどれだけ違うのか。活動が穏やかだと太陽風はどう変わるのか。穏やかでなくなる兆候はあるのか。兆候が見えてから実際に天体の活動が活発化して船が影響を受けるまでの時間的猶予はどれぐらいか。その時、どう対処するのか。

 一部かなり専門的な質問も含まれていたが、幸運にも過去にニクサヘル星系を通ったときの上司に詳しく習っていたので、ルイはそれなりに答えることができた。少なくとも、御堂は納得しているようにルイには見えた。


 ただ、ルイには気になることがあった。御堂は色々質問をしてくるのだが、どうもその答えを予め知っているように感じられたことだ。ルイが回答した次の瞬間には、より深く考えられた質問が飛んできた。

 

 既に調べ尽くしていて答えは分かっている。ただ、念の為に確認してみただけ。


 あまりに会話が円滑に進むものだから、ルイはそう思えてならなかった。結局、最後まで御堂はただの一度もピントを外した質問をしなかった。どうやら御堂はニクサヘル星系にもともと興味を持っていたらしい。

 ルイにはその理由が想像できない。氷の小惑星帯を持つ主星ニクサヘルは美しいが、学術的な視点では特段珍しいものではない――らしい、教科書にはそう書いてある。様々な研究対象となっている東ルートのキャロバン星系のほうが、ずっと面白いだろうに。そこまで思ったところで、ルイは考えるのを止めた。御堂がニクサヘル星系に興味を持つ理由も、また高度に専門的だろうと思ったからだ。


 ルイと御堂の会話は短時間で終わり、御堂は「参考になった」とだけ言って返答を待たずに一方的に姿を消した。通信会議室との接続を切ったのだ。典型的な第一級社員の態度であるから、ルイも特段気にすることはない。その後、ルイも通信を切り、暫く見ていない地球時代の資料――当時マンガとかテレビゲームとか映画とかと呼ばれていた非常に古い形式の娯楽作品――でも見ようかと思いつつ歩き出した。


(前の続きにしよう……って前に見たのは何だっけ)


 ルイは、つい数日前に見ていた作品名を思い出すのに少し時間を要した。御堂が質問する時、主星ニクサヘルの方向に時折向けていた視線がどうも心にひっかかっていたからだ。その視線は、研究者特有の冷たい分析的思考というよりは、感傷や不安に満ちていたように見えたことが強く印象に残っていた。


 *


「ルイ、なにしてる? 忙しい? あっ、へええ、これルイのソフォン?」

『はじめまして、黒岩リンさん。わたしはタマ。ルイの第三種支援ソフォンです。お会いできて光栄です』

「猫型かあ、かわいいね」

『ありがとうございます、恐れ入ります』

「お前、僕以外には礼儀正しいのな」


 ルイが船の自室でくつろいでいると「少し暇だから話さない?」とリンから通信が入った。ルイは話のネタになるかと思い、タマを他者にも知覚できるよう設定を変えた。そのため、カメラ越しのリンにもルイの横に浮かぶ黒猫が見えている。


「整備は終わったの?」

「うん、それで少し体を動かし終わったところ」


 リンは機動戦闘服を着ており、軽く汗ばんでいるようだった。武術の型か、立体映像を使った模擬戦闘でもしていたのだろう。すっきりした表情をしている。リンも、こうして航行中に自分の時間を持てるから今の仕事を選んだのだろうか。そんなことを考えながら他愛もない話を続けていく。


「御堂上級研究員の質問ってなんだったの? あ、聞いてよければだけど」

「ニクサヘルの活動に興味があるみたいで。色々と聞かれたよ」

「へー。草薙研の人なのに、なんで聞くんだろうね。あたしたちよりずっと頭いいんだし。恒星のことなんて研究用ソフォンに聞けばだいたい分かるんじゃない?」

「そうなんだよね。ニクサヘルの活動が活発化したら、航路はどう変わるのか気にしていたみたいだったけど、自分で調べられるはずなんだよな。それにしても、なんとなく研究や仕事というより、うーん、うまく言えないけど個人的な興味って感じもしたなあ」

「航路は変えなくていい、って言ってたよね。ニクサヘルが動き出しちゃったら変えるの?」

「活動の激しさ次第かな。変えるときは、自動でうまくやるよう船の人工知能に登録している。でも、たぶん変わらないと思うよ。活発化する兆候が全然ないから」


 そう言いながらも、ルイは万が一の時のことについて説明する。ニクサヘルが突如活発化すれば、光学センサーですぐに感知できること。太陽風は強まるが、船に届くまで十分な時間があるので、どうするか艦長と話して決めればよいこと。

 リンは「ふーん」と、あまり興味があるわけではなさそうだったが話を最後まで聞いていた。


「そういや、なんであたし達こんな急いで出発したのか説明あった?」

「全然」

「……ま、あたし達に説明する必要があるってほうが驚きだよね」


 それから雑談はほどなくして終わり、ふたりとも仕事に戻っていった。


 *


 翌日、陳艦長がハイパーレーン突入の最終確認をしたいとリンとルイを再び通信会議室に召集した。


「水上、状況はどうか?」

「はい。もう少しでハイパーレーンへ突入します。入り口付近に特段の異常は見られません。調査船の人工知能も同様に判断しています」

「よろしい。では黒岩」

「大丈夫です。修理は終わっています。船体に異常はありません」


 御堂は出席していない。陳艦長も御堂になにか連絡を取る仕草もしていない。御堂の不在については、子供艦長が事前に十分な情報共有をしたのだろうとルイは考えた。そして、出発時は大変だったものの、草薙ロジスティクスでの初仕事が大きなトラブルなく終盤に向かっていることに少し安堵していた。

 そしてニクサヘルの活動は静かなままだ。次のハイパーレーンを抜ければゴソック星系全域を管理する交通局の管制に従えばよいだけなので仕事はかなり楽になる。


 ゴソック星系には、人類の知る唯一の準居住可能惑星がある。現時点では極寒で到底住めたものではないが、惑星規模での開発が進んでいる。葦原政府はいくら労力が掛かろうと、抜本的な環境改善を完遂することを約束している。既に大量のメタンガスによる温暖化が進行中であることは、再三に渡ってニュースで伝えられている。

 居住可能な惑星の獲得は、葦原人類の悲願だ。紀ノ国にも住めるが巨大ガス惑星の衛星であるため、一日の間隔が短すぎて生理的に合わない。葦原人類の本能は、遠く離れた地球への望郷と共に、惑星への移住を渇望していた。


 船の遠距離光学センサーが、星系の端にあるハイパーレーン進入路を捉え始めていた。ハイパーレーンの入り口は丸く、シャボン玉の膜のように透明でありつつ様々な色がゆらゆらと揺らめいている。だが、まだ遠いので極小の輪がモニターに映し出されているだけだ。突入まで約3時間とのカウントダウンも表示されている。


 別の光学センサーが主星ニクサヘル表面における突然の大規模フレア発生を捉えたのは、その直後のことだった。船団の人工知能は、航行計画および規定に沿って各船の位置を調整することを音声とメッセージで全員に伝えた。そして、船内アナウンスが終わると同時にすべてのモニターや窓から光の奔流が溢れ出した。






 [タマのメモリーノート]第三種支援ソフォンとは、民間個人の日常生活を支援するためのソフォンに与えられた規格である。企業などでは専門業務を扱う第二種が、政府や軍事においては第一種が使われている。

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