1-4 白い光(1)
リンは短く報告を終わらせた。まず、輸送船の損害を端的に伝えたうえで、必要な修理を今日中に終わらせたいと言い、陳は即座に承認した。
なお、最後に御堂が乗る研究調査船を検査できていない旨を告げるも、御堂は窓から目を離さぬまま「心配ありません」とだけ言って拒絶した。子供艦長――ルイが密かに名付けた陳艦長の渾名――だけでなく、リンもそれ以上は何も言わなかったので報告は終了となった。
ルイは、リンの眉毛が少し中央に寄っているのを見て、少し不機嫌になっていることに感づく。表情の変化は非常に小さなもので、彼女を昔から知るものしか気づくことはできないものだった。
ルイはリンもまた大人になっていることを実感した。喧嘩を売れば必ず150%の値段で買ってくれた昔のリンならば「理由はなんですか? 航行に支障が出たら困るんですけど?」とでも言いそうなものだったからだ。
「次に水上。航路はどうか」
陳艦長に促され、ルイが報告を始める。
船団が到着したニクサヘル星系外縁の座標は、予定と10万kmしか違わず航行計画への影響は軽微であること。
次に主星ニクサヘルの活動は穏やかであること。それは、今後もニクサヘルがおとなしくしてくれることを保証するものではないが、星系の南端にある次のハイパーレーンまでの通常航行ルートを変える理由にもならないこと。よって、計画通りに航行を進めるべき。
それらをルイは若干緊張しながらではあったが、無難に説明した。
「分かった。黒岩、水上。共に上手く進めてくれていることに感謝する。特に水上は草薙ロジでの仕事は初めてなのに良くやってくれている。それで、だ。整備計画はこれでよい。ただ、星系内の移動経路は、主星の活動状況からするともう少し早く到着できるよう見直す余地があるように思える。検討してみて欲しい」
「分かりました」
内容がどうであれ、まず努力に感謝せよ。注文はその後で。これは、草薙ロジスティクスに限らず多くの企業が管理職全員に要請していることだ。ルイはそのことを勤務時間が長すぎて辞めた前職の上司から聞いていた。また、それが現場ではほとんど守られていないことも知っている。守られていないからこそ、会社が要請するのだ。要するに第一級社員は時に横暴なのだ。
しかし、見た目は小さな子どもである陳艦長の対応はまさしく管理職の教科書どおりであった。ルイはなんとも言えない感慨を覚えながら指示に同意した。
陳艦長が言っていることは、今は主星ニクサヘルから相当の距離を取って移動しようとしているが、活動が小康状態ならばもう少しニクサヘルへ近づく攻めた航路にして時間の短縮を狙っても良いのではないか、ということだ。
実際に、計画した航路は当局が設定している航行ガイドラインに比べるとかなりの安全マージンがある。主星ニクサヘルの活動が通常以上に激しいことを想定したからだ。だが、今は想定と良い意味で異なる。だから、ルイは同意した。早く到着することは良いことのはずだ。多少、航路修正のため追加燃料が必要になるだろうが、草薙グループが誇る知的労働者の生産性を僅かでも高めるのならば問題ないはずだ。
しかし、御堂の反応は意外なものだった。
「航路変更の必要はありません」
陳艦長が僅かに間をとって、相変わらず主星ニクサヘルの方向を眺め続ける御堂に確認する。
「よろしいのですか?」
「研究の観点から、変えないほうが色々と都合良いので」
「――承知しました」
陳艦長が淡々と受け答えする。ルイやリンも「何故都合がよいのですか?」などと聞いたりはしない。聞ける立場でもないし、教えてもらえる雰囲気でもないし、答えてもらったところで専門的で分からないと思ったからだ。それよりルイは、この会話から陳艦長より御堂のほうがずっと格上であることに気がつき内心驚いていた。草薙ロジスティクスにおいて、草薙総合研究所の御堂とはどれほどの重要人物なのか、ルイには想像もつかなかった。
ともあれ報告は終わりだ、別段難しいものでもなかったが航路の変更も行わないことになった。どうやら、ニクサヘル星系を出るまで楽できそうだ。そんなことを思っているルイに、御堂が窓の外から目を離して唐突に問いかけた。
「他に議題がなければ、航行士にいくつか質問をしたい。個人的なものだから、他の方は退室いただいても構わない」
[タマのメモリーノート] 眼鏡を装着することは、地球時代の懐古趣味として解釈される。ただ、稀に眼に生体機器を入れることが体質的に合わない人が身につけることもある。